一般家庭から激レア古文書出現! 豊臣秀吉・秀次の朱印状に織田信長の天下布武!

 

神戸市の一般の家庭が持っていた古文書に、織田信長、豊臣秀吉、豊臣秀次(2通)の計4通の書状(安土桃山時代)があることが分かり、12月8日、調査した神戸大が発表(リリース)しました。
信長は天下布武の黒印、秀吉と秀次は朱印状(つまり自筆ではないです)。

神戸大学の発表より

東大史料編纂所の研究者が作る織田信長発給文書一覧によると、信長の文書は1383通あり、そのうち黒印がおされたものは248通です。

今回の九鬼氏へ発給した文書1通がこのラインナップにつらなるわけです。

信長の天下布武の印がおされた書状は、九鬼嘉隆に送られたもので、<革衣とはかまが届いた。格別喜ばしく思う>(神戸新聞)と、献上した贈り物に対する信長の返礼のお手紙でした。

九鬼嘉隆(1542~1600)は、志摩(三重県)出身の戦国武将。信長の「九鬼水軍」として、長島一向一揆や石山本願寺(大坂)との戦いで活躍し、その中でも有名なのが、織田軍が包囲した石山本願寺の救援に来た毛利水軍を「鉄甲船」で撃退したことで知られています。
信長死後も秀吉の水軍大将として、九州征伐、小田原攻め、朝鮮出兵と休む間もなく海を駆けめぐりました。関ヶ原では、嫡男は家康につき、自身は西軍になりましたが、西軍の敗北を知り、1600年、自刃しました。

 

(絵・くらたにゆきこ)

秀吉の朱印状は、文禄2年(1593)。文禄の役(第一次朝鮮出兵)に参加している嘉隆の息子の成隆に、「着物を贈るからがんばれ」と激励する内容でした。九鬼成隆は側室の子だったために嫡男ではなく、関ヶ原では父とともに西軍につきましたが、このときに秀吉からもらった贈り物の「おかげ」なんてこともあったのかもしれませんね。

同じ年の秀次の書状はなかなか面白い内容で、父・嘉隆が朝鮮で敵船2隻を乗っ取ったことを見事と激賞する内容です。嘉隆は朝鮮の英雄で水軍の将・李舜臣と海で渡り合ったライバルですから、こうしたことが書状でも裏付けられるとは非常に貴重です。

この文書はいずれ一般公開されるそうです。楽しみですね。

 

川和二十六・記

参考:神戸大

神戸新聞 

 

 


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