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週刊武春 中南米

ペルーのミイラがムンクの「叫び」にそっくりな件

更新日:

こ、これは某方面のロゴ疑惑をしのぐ、歴史的なスキャンダルかも? 有名なムンクの「叫び」のポーズにソックリなミイラがペルーから出土しております。さては、これを見て盗作したのでせうか(冗談です脂汗)。

 

 

ABCネットというサイトが報じています(2015年9月22日付け)。写真を引用させて頂きます。

いや〜、ポーズと言い、その迫力と言い、ムンクのそれにソックリ。

ウィキペディア日本語版より)

 

出土したのはラグーナ・デ・ラス・モミアスという場所。「もう1つのマチュピチュ」と呼ばれるほど、様々な遺跡があるところなのですって。で、これはそのモアミス(長いので略させて下さい)のクエラップという場所で見つかったミイラ。

 

「いけませんなぁ、盗作は」と言いたくなるほどですが…実はこれ、1997年の出土でした。ムンクの「叫び」は1893年の作品です。すんません、読んでもらいたい為に角度をつけた報道をしてしまいまして(懺悔涙)。でも、「ホンマ、何でここまで?」と言いたくなるような偶然ですわな。

 

「もう1つのマチュピチュ」と言いたくなるような僻地

 

さて、ここで簡単なガイドをば。このクエラップや、モアミスがある地域はチャチャポヤス地方と呼ばれています。アンデス山脈の東側(つまり、海岸側では無く、ブラジルなどと国境を接する側)にありまして、ぶっちゃけ、僻地です。「もう1つのマチュピチュ」と言っても良いぐらい。

とは言え、それは今から見た位置づけ。かつては文明が栄えた時代もあったのです。サイトによりますと、紀元700年頃から1470年にかけて様々な建物が作られ、現在までに分かっている限りでは、遺跡が12箇所、円形の建物が400軒も見つかっています。また、頭皮を剥ぐ習慣があったようですが。これは古代の中南米で唯一なのだとか。

 

ただ、インカ帝国からは独立していました。不仲だったらしく、東西の交易ルートであるチャチャポヤス地方を抑えようと、インカ側は60年間に渡って干渉したそうです。そういう経緯があったものですから、スペイン人がインカ帝国を攻めると、手助けして一緒に戦っていたぐらいでした。

 

ところが、そのスペイン人がもたらした病気によって、滅亡してしまいます。最盛期には50万人を数えたのに、1750年の調査では1万人にまで減っていた事が確認されています。

 

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ペルー政府としては、観光の目玉にしたい

サイトから、また写真を引用させていただきます。

イースター島のモアイを想像させる石像(しかも、あっちと同じく刺青があるし)や、崖っぷちの建物とか、この方(地元の旅行代理店の代表さんだそうです)の背後の壁の高さとか見ると、驚きの連続ですね。非常に高いレベルの文明だった事がわかります。この武将ジャパンの読者の皆様にしても、初めて知ったのでは。

ペルー政府にしたら、もう1つのマチュピチュとして観光資源としたいようです。これまでは、現地までの交通インフラが貧弱だったそうです。だから、余り知られていなかったのでしょうね。

 

それがこのほど、地元の空港が整備され、空路で行きやすくなりました。そして、現地とを結ぶケーブルカーも開通予定。2100万ドルもかけて作ったそうですから、気合入りまくりですね(笑)。グッと近くになったので、地元もペルー政府も目の色を変えて観光客誘致のPR中。しかも、とって置きのキラー・トークが。

「まだ見つかっていない遺跡が、約90%あるものと思われます。だから毎週新しい出土があり、皆さんも新発見がありますよ」と、チャチャポヤス州の元知事で、歴史家でもあるペテル・レルチェ氏が発言なさっているのです。

「話半分じゃあないの?」と思われる向きもありましょう。ですが、これを裏書する発言もあります。ペルーの生物人類学者で、同国のミイラ研究の権威であるソニア・ギレン博士は、チャチャポヤスの遺跡群を過小評価するべきではないと釘をさしているからです。

「ミイラは生物学的な痕跡の調査に役立ちます。そうした痕跡は、他には土器や建物跡などわずかしかありません。頭蓋骨だけでなく、ミイラを研究すれば、我々の先祖が辿った病の痕跡をトレースできます」。ちなみに、現在までにミイラが219体、クエラップ南部のレイメンバンバ博物館に収蔵されています。この博物館には、あの大英博物館が出資しているとの事ですから、世界的に重視されている訳です。話半分どころか、大英博物館のお墨付きですな。

 

そういや、ムンクのミイラの他に、こういうのも出土しています。再びサイトから引用させていただきます。

 

恒例となっている9月の失速に悲鳴を上げる阪神ファンみたいな形相ですね。頭皮を剥がれたからなのかと思っておりましたが、そうか、病気だった可能性もあるのか。

 

なお、こうしたミイラ化の習慣は、インカ帝国の侵略とともに途絶えてしまったとの事。その辺の詳しい経緯も、知りたいですね。

 

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「皆様の観光による収入が、今後の調査の資金源になります」

 

地元では、ケーブルカーの開通で、今年の3万人から倍以上になると予測しています。また、ホテルの建設ラッシュが起きているそうです。

レルチェ氏にしたら、観光客が来て欲しい理由は他にもあります。遺跡の保存問題が浮上しているからです。余り知られていないのを良い事に、略奪が起きているからです。「幾つかの場所は危険な事になっているんです。また、発掘や出土した遺跡の、たった5%分の修復や整備などの資金調達の目途すら立っていません」。そら深刻でんな。

 

ギレン博士も、観光収入が増えれば考古学上の調査の資金源になるとしています。4年前に、新しい遺跡が見つかったので、心躍らせる一方、焦りもあるようですね。「たくさんの棺が見つかっているのです。調査をするのに必要な資金調達に奔走しています。その為にも大勢の観光客に来てもらいたい。それが調査の資金源にもなりますし、私達の生活を維持出来ますので」

 

ちなみに、空港の整備とケーブルカーの開通によって、リマからは3時間で現地入り可能になるとの事。今までは12時間かかっていたそうです。そりゃあ、二の足を踏む観光客も多かったでしょう(苦笑)。ともあれ、観光で遺跡発掘と歴史研究が進むというのなら、我らが武将ジャパンの賢明で金満な読者の皆様方に於かれましても、ここは一肌脱ぐしかない?

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