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週刊武春 WWⅠ

100年前の第一次世界大戦でも、大量の難民がヨーロッパに!

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このところ、シリア難民がヨーロッパに押し寄せて社会問題化しています。当事国となっているヨーロッパ諸国では目下こうした難民の受け入れの是非を巡って大論争となっています。そして、積極的な姿勢を見せていない英国のキャメロン首相に、地元のインディペンデント紙が「100年前を思い出せ」と、当時のアーカイブから歴史的な事実を突きつけています。

第一次世界大戦勃発で「永世中立国」ベルギーから大量の難民が

サイトより写真をヘッダーに引用させていただきます。モノクロの写真の中で、「とりあえず助かったが、これからどうなっていくのだろう」と不安気な顔がずらりと並んでいますね。これらはいずれもベルギーの難民。永世中立を宣言していたのに、フランスへの軍事侵攻ルートに当たるからと、ドイツ側に踏みにじられてしまった同国から、大量の難民が発生していたのです。

ちなみに、今回キャメロン政権は1万人の受け入れを表明すると考えられています。「英国のモラルは壊れたのか」と、各方面から雨あられとばかりに非難が寄せられ、それに政権側が譲歩した格好なのだそうですが、インディペンデント紙に言わせると生ぬるいらしく、様々な数字を挙げて論難しています。

まず、この1万人は人口の0.015625%でしかないし、もっと大量に受け入れ可能ではないかと指摘。次に17世紀にはフランスからユグノー教徒を受け入れたし、第二次世界大戦でもユダヤ人難民を受け入れてきたではないかと。そして、こうした難民は今と同様に、様々な偏見に直面してきたが、それでも英国はこうした戦争による被害者や迫害されてきた人を歓迎してきたでは無いかと、商売敵のガーディアン紙の記事まで引用しています。そして、トドメの一撃としているのが、ちょうど100年前の第一次世界大戦でのベルギー人の受け入れの故事を引き合いに出しています。

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当時は25万人も受け入れていたんだぞ!

インディペンデント紙によると、第一次世界大戦の勃発で、最初だけでも25万人ものベルギーの難民が英国を頼りにしてきたそうです。それまでの英国の歴史上では最大の数字。1914年の10月14日には、この日だけで1万6000人もの難民が上陸していたとの記録があると、同紙では指摘しています。

また、インディペンデント紙とは別に、BBCでも昨年になってこうしたベルギー難民の歴史を紹介していました。それによると、「当時の英国社会で、難民の影響を受けなかった地域はなく、全土で4カ国の難民の住まいを世話していた」との事です。つまり、難民はベルギーだけでは無かったのですね。

もっとも、こうした歴史は今日では忘れ去られています。世論調査会社のYouGovが今年6月に行ったアンケートでは、英国の歴史上での難民流入例を多い順に7つ挙げてくださいと尋ねた所、このベルギー難民について言及した人が一桁しかいなかったそうです。20%の回答者が、1970年代のウガンダのアミン政権の独裁体制から逃れてきたウガンダ人難民がナンバーワンだろうと考えていたそうです。また、17%の人が第二次世界大戦中に逃れてきたユダヤ人だろうと思っていたとの事です。

薄情な風に聞こえなくもありませんが、これは当時のベルギー難民の90%が、戦争終結とともに1年以内に祖国に帰還したからです。つまり、ほとんど痕跡が残っていないのです。

その点、今回はどうなっていくのでしょうか。シリアの難民とて、やはり出来るものなら住み慣れた祖国に戻れた方が良いでしょう。また、そういう日が来るのを祈らずにはおられません。

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