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週刊武春 キリスト教

聖マタイはイタリアに眠らず?中央アジアでキリスト教史をひっくり返す水中考古学の成果

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シベリアの学者が、中央アジアのキルギスタンのイシク湖の湖底23メートルで、200近い瓶の破片などを発見しました。この湖には様々な古代文明の遺品が出土しており、2500年前と推定される陶器なども見つかっています。で、この遺品の中身次第でキリスト教徒を仰天させる結果になりそうなのだとか。

シベリアン・タイムズが報じています(2015年9月1日付け)。

2500年前の未発見の文化?

サイトより写真を引用させて頂きます。トムスク州立大学の科学者らで作るチームが発見したそうなのですが、2500年前の遺物については、地元ではノーマークでした。つまり、未発見の古代文明だった可能性が出てきたのですって。

今回の探査のきっかけとなったのは、同じ湖の別の場所で2007年に古代都市の遺跡発見でした。紀元前800年から300年頃にかけて盛んだったスキタイ文明と同時代の塚なども見つかっていたそうです。当初は、そのスキタイ人の遺物かと思われていたのですが、いざ潜って調べて見ると、どうも別の文明らしいと推定されるようになったのだそうです。しかも、遺物が200近くも出てきたというのですから、専門家にしたら大興奮だった事でしょう。
サイトから写真を再び引用させて頂きます。

 

バリエーションに富んだ出土ですね。ウィキペディア日本語版によると、この大きな水色の箇所がイシク湖です。

古代のシルクロード上にあった文明らしく、アルメニアやシリアの文様が掘られた陶器の瓶などが出土しています。アルメニア系の王朝が、当時この地を支配していたという学説を補強する材料になるかもしれないのだそうです。

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キリスト教の十二使徒の1人マタイの墓だ!?

さて、こうした出土によってアルメニアとの関わりが浮上するにつれ、昔から地元にあった伝承にスポットが当てられています。聖書のマタイ伝で有名な聖マタイが、このイシク湖の湖畔に埋葬されているというのが、その伝承なんです。
ウィキペディア日本語版から引用させて頂きます。

『マタイによる福音書』9:9によればローマ帝国の徴税人であったが、イエスの召命に応えて弟子となったとされる。『マルコによる福音書』2:13以下と『ルカによる福音書』5:27以下では同じような記述がみられるが、呼ばれた弟子の名前は「アルファイの子レビ」または「レビ」となっている。このため、伝統的にはマタイとレビ(レヴィ)は同一人物をさすと解釈されてきた。

イエスの弟子となったときの記事を除けば、聖書はマタイの言動を伝えていない。『使徒言行録』によればイエスの死後も教団内にいたようであり、キリストの昇天・ペンテコステなどの記事に名前がみえる。伝承では『マタイによる福音書』を記したと伝えられ、エチオピアまたはペルシアのヘリオポリスで殉教したとされる。

トムスクのスキューバ・ダイビングクラブ「クラブ・スカット・ツー」のディレクターを務め、今回の探査に当たったドミトリー・ゴルン氏は、こうして発見された瓶の破片に驚きながら、次のように解説しています。「専門家が刻印に書かれている文字を解読中ですけど、アルメニア系シリア文字だと考えられているそうです。イシク湖には14世紀にアルメニア系王朝があり、聖マタイに関係する埋葬がされたとする伝説があるのですが、事実ならそれを裏書きする証拠になるのでしょうね」

サイトより再び写真を引用させて頂きます。大きな湖ですね。

専門家も伝説の証明を重視している訳でしょうか。

なお、今回発見されたのは湖の北東部にあるタップ湾。探査はキルギス・ロシア大額の歴史文化学者であるウラジミール・ポロスクキフ博士が指導しているそうです。

ゴルン氏によると、イシク湖の底からは青銅器時代の遺物も見つかっていたそうです。完全な形を留める瓶も出てきました。宗教的な行事に使われていたのではないかと推定されています。金属探知機などを使って更なる探査が行われる予定との事です。

サイトより写真を再び引用させて頂きます。シベリアン・タイムズさん、大張り切りで取材してはりますね(笑)。

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もし聖マタイの墓伝説が本当なら…イタリアの大聖堂は

なお、多くのキリスト教の信者は聖マタイはイタリアのサレルノ大聖堂に眠っていると信じています。マタイを聖人に列するのに貢献したのが、この大聖堂だからです。

もっとも、ロシア正教会は違った見方をしています。ポロスクキフ博士によると、聖マタイはシリアで殉教後に支援者によって遺体が隠され、イシク湖の浜辺に埋葬されたとの伝説があるのだそうです。遺骸は浜辺に建てられたキリスト教の修道院に安置され、地元のキリスト教徒の多くが事実だと信じているのだとか。

これが事実だと証明されたら、歴史が書き換えられる訳ですね。なお、この伝承は12世紀に同地を訪れたアブラハム・クレスケスという探検家が記録しているそうですから、相当前からある事になります。

800年目で決着を付けたいのかどうかはアレですが、地元ではご覧のように力が入った探査が続けられています。サイトより写真を引用させて頂きます。

なお、浅瀬からは他の時代の遺物も見つかっているそうです。それが最初に触れた2500年前のノーマーク文明のもの。これもこれで歴史的大発見。「どれを優先して調べればエエのやら」と、今頃は地元で嬉しい悩みを抱えているに違いない事でしょう(笑)。

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