真田幸村、織田信長、武田信玄、伊達政宗……戦国武将・時代が驚くほどよくわかる記事マトメ!

 

織田信長に武田信玄、真田幸村、伊達政宗――。
輝かしい戦国武将の足跡に迫る、
武将ジャパンのオリジナル記事コンテンツ!
日本刀や忍者もあるでよ。

 

Contents

織田信長 やっぱり人気No.1ですわ

©富永商太織田信長

信長の意外な一面が見える!?

織田信長の嫁にしてマムシの娘 濃姫(帰蝶)の「その後」をまとめてみた→コチラ
◆えっ、焼いてない?織田信長 比叡山延暦寺焼き討ち事件の真相とは→コチラ
人種差別をしなかった信長の深イイ話→コチラ
日本初の黒人サムライ「弥助」の出身地 モザンビークってどんなトコ?→コチラ
◆土地では恩賞足りない? ならば瀬戸焼を与えればよいではないか by 織田信長→コチラ
◆なぜ信長は長島一向一揆を徹底的につぶしたのか→コチラ
◆犬も食わない夫婦げんかを裁いた信長の深イイお手紙(画像あり)→コチラ
人の好い第六天魔王がご生誕!やっぱりイカすぜ我らが織田信長エピソード→コチラ
◆その正体は欲望の神様!? なぜ織田信長は「第六天魔王」と呼ばれたか→コチラ
◆織田信長の『京都御馬揃え』 真の狙いとは?→コチラ
◆あの桶狭間の戦いも内紛ゴタゴタの最中に成し遂げていた!? 織田信長の家中統一→コチラ
◆戦国時代の「艦これ」織田信長の鉄甲船がお披露目→コチラ
◆織田信長、本当の意味での戦国大名となるコチラ
◆新発見!織田信長の幻の上洛計画!早くから天下統一構想を持っていたのか→コチラ
◆本日6月2日は「本能寺の変」が勃発 明智光秀はナゼ織田信長を討ったのか、討たねばならなかったのか?→コチラ
◆【実るほど頭を垂れる信長かな】出世をしても調子に乗ったりいたしませぬ→コチラ
目指すは畿内統一だけでした! 織田信長の意外に小さい天下布武→コチラ
◆合戦時の織田信長は後ろでふんぞり返っていた? 否! 先頭で熱くなるイノシシ大名だった→コチラ
◆弟・織田信行と比べ“お上品じゃない”というだけで広まった!? 織田信長「大うつけ」説の真相→コチラ
南蛮甲冑が似合うダンディーな男といえばもちろん信長!じゃないのぉぉぉっっ?!→コチラ
裏切られてばっかり!織田信長は冷酷残忍な武将というよりも・・・→コチラ
◆実は平安文化を復興しようとしていた織田信長→コチラ
◆本当に魔王?信長が復興した伊勢神宮の式年遷宮コチラ
“給食”こそ最強の戦略!織田信長が合戦に強かった一番の理由とは?→コチラ
◆やっぱり織田信長は長宗我部元親の「四国切り取り」を認めていた! 裏付け史料を解明→コチラ
◆織田信長が初めて造った小牧山城は3重石垣の「石の要塞」と判明!→コチラ
◆織田信長の上洛断念は美濃の斎藤氏ではなく近江の六角氏のせいだった?【新史料発見】→コチラへ、
◆信長父の野望!「ヤバス織田信秀が三河を支配したった」の書状を見てきた→コチラ
◆本能寺の変直前に土佐の長宗我部元親と明智光秀との書状のやりとり判明→コチラ
若き信長の文書の原本が名古屋で見つかる→コチラ
◆新発見の織田信長の文書原本はバカ息子信雄のお手紙とセットだった→コチラ
「信長公記」がユネスコ記憶遺産の登録を目指す! 織田信長ファンは必読の一冊→コチラ
◆【古戦場を歩く】本能寺の変のあとの「飛騨の関ヶ原」八日町の戦いコチラ
◆信長VS石山本願寺!一向宗「ふん余裕だけど出てやる」(実はガクブル)でした→コチラ
◆信長が滅ぼした朝倉氏の本拠地で尾張出身者の屋敷が見つかる→コチラ

家族カンケーのお話

真実の愛を知る男・織田信忠が信長から家督を譲られる→コチラ
◆信長の孫・三法師こと織田秀信はその後どうしていたのか?→コチラ
◆天下人まであと一歩、信長の三男・織田信孝はどこで間違えたのか→コチラ
◆織田信長の父・織田信秀って、どんな人? 斎藤道三や今川義元を相手に大立ち回り→コチラ
◆最後は仮病を使って鮮やかに謀殺! なぜ織田信長は弟・信行を成敗したのだろう→コチラ
子孫を残した勝ち組(ただし(゜ρ゜*)) 信長の息子・織田信雄死去→コチラ
◆信長直系の子孫が織田信成を「知らなかった」「愚か」と一蹴→コチラ

親しい関係者・部下たちのお話

壊したのは…秀吉だった!? 安土城(一部)燃える!→コチラ
◆織田信長の「じい」平手政秀が切腹した理由はなに?→コチラ
◆派手な織田軍団でお米のように欠かせない人 丹羽長秀の人生→コチラ
◆リア充じゃないのに松永久秀が爆発した日→コチラ
◆信長とやりあった敏腕な天皇が践祚する→コチラ
「頑固一徹」の語源とも、戦国武将稲葉一鉄の人生→コチラ

森蘭丸・長可・可成のお話

◆信長のお気に入り 森兄弟を率いた父ちゃん・可成に学生注目!→コチラ
◆6月2日は本能寺の変!森蘭丸を討った男が15年後の同じ日に死亡の謎→コチラ
◆織田政権を支えた婿と舅 森長可と池田恒興が小牧・長久手の戦いで死す――→コチラ

柴田勝家 鬼で悪いか!

◆年の差25歳!なぜお市は柴田勝家とともに死んだのか?そこにあるのは愛、それとも→コチラ

前田利家 元祖100万石といえば

©富永商太前田利家1
そろばん大好き!高身長のイケメン大名 前田利家が慕われる理由→コチラ
前田利家の娘・豪姫 イケメン大名の宇喜多秀家に嫁ぎ、ドラマのような人生を送る →コチラ
◆新説!Theかぶきもの前田慶次は二人いた?だがそれがいい!→コチラ

城戦略から見た信長(お城マニア執筆)

『桶狭間の戦い』の真相をお城視点で完全分析! 後詰を捨てたからこその勝利だった!?→コチラ
◆信長が初めて作った「小牧山城」 実は織田家の戦略を一変させた最新鋭の城だった→コチラ
◆織田信長による美濃・稲葉山城の攻略 その全貌がわかる!→コチラ
◆織田信長が浅井長政に裏切られた理由も超スッキリ! 織田の岐阜進出と近江の複雑な関係→コチラ
◆実は超画期的だった二条城建設! 六角親子を倒し、浅井長政に裏切られるまで→コチラ

 

真田幸村・昌幸・幸隆・信之 大河ドラマ真田丸で頂点へ

©富永商太真田幸村
◆真田幸村はナゼ伝説が一人歩きするのだろう?→コチラ
名胡桃城強奪事件で豊臣秀吉による小田原征伐決定! 後北条氏が滅んだ遠因は真田家だった!?→コチラ
◆真田丸の真田幸村が全国デビュー!? 徳川秀忠を遅参させた上田合戦のあらましコチラ
将軍史上最大のトラウマを抱えちまった!徳川秀忠の上田合戦→コチラ
◆真田幸村が幽閉先を脱出、いざ大坂の陣へ→コチラ
◆幸村ファンが燃え上がる大坂冬の陣「真田丸の戦い」コチラ
◆5月7日 真田幸村散り 大坂城落城 豊臣家滅亡へ→コチラ
◆真田幸村、後藤又兵衛…戦国武将の花火舞う!大坂夏の陣の野戦コチラ
境内には真田幸村の墓もある!? 龍安寺の石庭 1499年に完成→コチラ
真田幸村を討ち取った武勲があるのに松平忠直はなぜ嫌われる→コチラ

真田幸村の12歳の娘(超絶美少女)が伊達政宗の仙台藩にかくまわれていた!(仙台真田氏・上)→コチラ
100年後に蘇った「真田幸村」家!娘が伊達藩のNo1イケメンと結ばれる(仙台真田氏・下)→コチラ
真田幸村が隠遁したと聞いたので、 どんな山深いのかと行ってみたら”大都会”だったでござる→コチラ

 

井伊直虎(と直政) 大河の新女ヒーロー

井伊直虎640富永商太

おんな城主・井伊直虎なぜ女ながらに当主となったのか?→コチラ
直虎紀行 壱の巻~井伊家発祥の井戸、そして志津城へ→コチラ
直虎紀行 弐の巻~遠江井伊氏の博物館・龍潭寺コチラ
直虎紀行 参の巻~要塞化した井伊氏居館と桶狭間→コチラ
直虎紀行 肆の巻~城山城と三岳城の険しき道→コチラ
2017年大河ドラマに抜擢の女城主・井伊直虎とは? 養子の直政は徳川四天王に大出世→コチラ
◆あまり想像したくない家康と唯一アッー!となったっぽい赤備え井伊直政の武コチラ

 

伊達政宗 日本一のネタ大名ここにあり

©富永商太伊達政宗2
◆さすが破天荒No.1大名・伊達政宗 敵の城門を叩いて「一晩、泊めさせて♪」→コチラ
◆絶体絶命の伊達政宗を救出! 君臣愛にふるえる「人取橋の戦い」→コチラ
伊達政宗の命日なので伊達な事物に「政宗果汁」がなん%含まれるか調べてみた→コチラ
◆6月5日はボクらの伊達政宗の2大イベントがあった特別な日→コチラ
片倉小十郎と伊達政宗のあまりホンワカしないエピソード集→コチラ
◆伊達政宗が支倉常長を欧州へ 国際クーデター計画の真実は!?→コチラ
◆日本人(支倉常長)が初めて出会ったローマ教皇 パウルス5世とは?→コチラ
伊達政宗と長男の少し切なくてイイ話し(切られた家臣のことは横に置いて)→コチラ
危うく改易の伊達騒動 ドタバタの遠因はやっぱり政宗だったのか?→コチラ
◆独眼竜の子孫にして幕末の名君と名高い伊達宗城 心中を測れぬ傑物だった!?→コチラ
◆伊達政宗が「正宗」と書いた生書状をネットで見よう!【修正あり】→コチラ
◆仙台藩ブラック企業すぐる…伊達政宗の鷹狩りルールが完全に体育会系の飲み会な件→コチラ
◆400年前に政宗が野望で呼び寄せた雑賀衆の子孫が津波から観光客を守った→コチラ
◆400年の時を経て 伊達政宗とサムライの浪漫がスーパーモデルとして開花す→コチラ
「仙台ブス」伝説の祟りが解けた!「貞子」化した花魁の墓で分かった伊達家の秘密→コチラ
◆世紀の大スクープ!? 政宗の側近・片倉小十郎が敵に寝返りを薦める書状発見!→コチラ
真田幸村の12歳の娘(超絶美少女)が伊達政宗の仙台藩にかくまわれていた!→コチラ
10億円の借金が子孫のため?伊達政宗が仙台藩に残した負の遺産の深イイ話→コチラ

 

武田信玄 最強はやっぱりこの人だね

武田信玄640・富永商太

人は城? いやいや普通に築城上手な武田家(お城マニア執筆)

◆武田軍制を取り入れた甲州流軍学が築城術に変わった理由→コチラ
甲斐の虎の「お城能力」を見誤るなかれ!シリーズ戦国大名の城 vol.1 『武田信玄』→コチラ
◆川中島の戦いは信玄の【城攻略】という観点から見るとわかりやすい→コチラ
たった1つの山城が第二次川中島の戦いを左右した→コチラ

三増峠の戦い~武田信玄が小田原北条氏を返り討ちにした山岳戦で見せた「侵掠すること火の如く」の機動力→コチラ
俺はSHINANO生まれ♪ KITA-SHINANO育ち♪ 不満分子はだいたい・・・♪→コチラ
戦国史上最大の合戦! 【第4回川中島の戦い】は武田・上杉の城戦略から諸説の真贋が見えてくる→コチラ
◆【第5回川中島の戦い】は… 地味どころか関東・越中も巻き込んだ壮大な大戦(おおいくさ)!?コチラ
『持ち帰ろう 城の思い出 君のゴミ』 at 砥石城→コチラ
高天神城は肉食系 コチラ

信玄のホンワカしないエピソード

◆家族にドヤ顔したい 武田信玄「風林火山」の意外すぎる3つの真実コチラ
◆第四次川中島の戦いで外せないお約束! 信玄vs謙信の一騎打ちはおそらくウソなれど→コチラ
◆信玄の父ちゃんが甲斐国を統一!そして待望の息子が大きくなると牙をむく→コチラ
◆家康が若気の至りでunko漏らして惨敗 三方ヶ原の戦いコチラ
天目山で武田勝頼自害までの顛末と疑問… その後、武田家の子孫や家臣達はドコへ?→コチラ
◆信玄の娘に育てられし徳川の隠し子が名君へ 保科正之とその母の数奇な一生→コチラ

◆新発見!武田信玄の直筆書状が見つかる!【解説】弟の信繁とは→コチラ

 

上杉謙信 そんなに義じゃないけど強さはズバ抜け

上杉謙信640・富永商太
◆from 上杉謙信 to 武田信玄 マジで敵に塩を送っていた!?コチラ
◆上杉謙信「なぜワシに女説が流れとるんじゃ?」 →コチラ
◆戦国の魔王軍(信長)と毘沙門軍(謙信)が激闘した夢のイクサ手取川の戦いコチラ
◆あの人の兄と弟 どちらが勝者?上杉謙信の後釜決まる「御館の乱」コチラ
◆直江兼続率いる上杉軍VS最上家に伊達政宗も参戦「東北の関ヶ原」の激熱展開→コチラ
◆直江兼続『直江状』をめぐる一連の騒動 徳川家康を激怒させた内容とは?→コチラ
◆もう愛なんて信じない! 直江兼続の【兜】に秘められた恐ろしい神様→コチラ
◆妻夫木聡のサインより貴重!関ヶ原直前の直江兼続の直筆書状が発見!なおえJoooo??→コチラ
◆高転びへの道 上杉家が会津へ移封され一瞬百万石大名に→コチラ
◆売上75%減でもリストラせず!現代企業にも通ずる上杉家のやせ我慢コチラ
◆上杉謙信の死は【厠】がキッカケだった!? 高血圧で冬場のトイレは危険だよ→コチラ

 

今川義元 お歯黒べったり?

©富永商太今川義元

◆決して無能ではない今川義元 家督相続でイチャモンつけられ花倉の乱コチラ
◆戦国最高の坊主軍師といえばこの御方 太原雪斎が死すコチラ
桶狭間で今川義元を討った二人はどうなった?→コチラ
◆義元が 死んでガクブル 今川家 薩た峠の 戦い勃発コチラ
◆氏真よ 結局逃げるか 掛川城 今川館の 戦い勃発コチラ
◆最後まで 他人頼りの 公家大名 掛川城も アッサリ陥落コチラ

 

黒田官兵衛 天下なんか狙ってないゾ

©富永商太黒田官兵衛3

◆黒田官兵衛が長政に「ばかもの!お前の左手はなにをしていた」は200年後の創作→コチラ
◆黒田官兵衛の家臣でNo.1の暴れん坊・母里太兵衛 お酒を呑んで名槍ゲットン!→コチラ
◆松坂桃李クンには悪いけどどうにも不器用な二代目黒田長政の死コチラ
◆黒田如水は旧約聖書モーゼの弟子から?キリシタンだった軍師官兵衛→コチラ
◆神主さんだった軍師が黒田官兵衛で参謀型軍師に進化!→コチラ
◆若き「軍師」黒田官兵衛の戦術さえる青山・土器山の戦いコチラ
◆軍師黒田官兵衛が毛利の大軍を撃退した「英賀合戦」の戦略と真の敵とは→コチラ
◆NHK大河ドラマ前にマンガで分かる軍師・黒田官兵衛7つの選択コチラ
◆NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の便乗?関連本16冊を勝手格付け オススメは渡邊大門!コチラ
◆東大教授・本郷和人が見る黒田官兵衛像と岡田准一のスクープ発言コチラ
◆こんな「軍師官兵衛」はイヤだ!NHK大河ドラマ 7つの悪夢的予想コチラ
◆見ちゃらめぇぇ!今年の大河最終回はこうなる?!黒田官兵衛死す→コチラ
◆軍師官兵衛から憎き荒木村重への手紙見つかるも遺恨なし?→コチラ
◆軍師黒田官兵衛も参戦した干殺しの「三木城」の付け城が整備され公開に→コチラ
◆黒田官兵衛の家は目薬屋だった伝説に隠された真実性を追う→コチラ
◆黒田家ルーツの謎に迫る意欲作『黒田官兵衛目薬伝説』(桃山堂) 目薬とクロガネをめぐる意外な関係→コチラ
◆軍師官兵衛の先祖は琵琶湖出身ではなさそうだが岡山説はどうなの?に新資料発見→コチラ
◆官兵衛初陣の地・御着城の考古学成果が無料で公開中【姫路市埋蔵文化財センター】→コチラ
◆滋賀県での官兵衛博覧会に黄金小判2000万円相当が緊急参戦!→コチラ

 

徳川家康 人気イマイチなれど戦国覇者

©富永商太徳川家康1

天下人のエピソード

人質から天下人へ 艱難辛苦にまみれた徳川家康の人生とは→コチラ
◆ボク強右衛門! 名は体を表した!長篠の戦いで見せた一兵卒の活躍コチラ
◆本能寺の変後の家康の逃げっぷりが見事な件 ルパン3世もかくありたい→コチラ
◆二条になかったこともある二条城のアレコレ 徳川家康が二条城の造営を命じる→コチラへ
◆徳川家康の死因は「鯛の天ぷら」ではなく胃がん!? 最期まで色々と現役でした→コチラ

家康と超多すぎる家族たち

◆地味な二代目と言わないで 実は勇猛果敢だった徳川秀忠コチラ
◆20人以上もいた徳川家康の妻・側室ってどんなメンツだったの?→コチラ
◆徳川家康の甥っ子・松平定政「オレ、領地、要りませ~ん♪」 狂気の沙汰は二度起きた→コチラ
◆徳川家康の母ちゃん『於大の方』ってどんな人だったの?→コチラ
◆不憫すぎる天下人の息子・結城秀康の一生コチラ
大坂城から脱出した千姫は幸せだったのか?→コチラ

部下たちも一筋縄ではいきません

◆「雨降って犬育つ」(家康談) 徳川家臣団を分断した三河一向一揆の結末コチラ
◆忍者服部半蔵ただいま逝去→コチラ
◆江戸のブラック僧侶対決! 金地院崇伝vs南光坊天海の勝者は?→コチラ
夏目漱石の先祖は三河武士! しかも三方原の戦いで家康の身代わりで死んだって!?→コチラ
◆嫉妬と愛情の日本史 家康と第一夫人の場合→コチラ
江戸しぐさよ!建国記念日の翌日は徳川家康の将軍の日で祝日にせよ→コチラ
◆天空の城「竹田城」の主は家康の勘気くらって切腹→コチラ
◆一人ぼっちのお城野郎!ワンダーキャッスルジャパン 江戸城と桜コチラ
◆徳川家康の遺言、息子と怪僧があっさりポイッ!→コチラ

 

豊臣秀吉と子分たち(殺された味方・敵も含む)

©富永商太豊臣秀吉2

◆豊臣秀頼は秀吉の実子ではなかった!? 天下人に降りかかった衝撃スキャンダル!→コチラ
◆豊臣秀吉 伝説の墨俣一夜城が本当に伝説だった件について→コチラ
◆かつ江さんやっぱり必要じゃね?大河ですっ飛ばされた秀吉・官兵衛による鳥取城の悲劇コチラ
◆秀吉・官兵衛の中国大返し 10日間で200kmの強行軍の謎を考察してみる→コチラ
◆賤ヶ岳の戦いで勝利を手繰り寄せた秀吉の手腕 あの七本槍は活躍しちゃいない!?コチラ
◆秀吉、死せる信長を金箔で踊らせる→コチラ
◆豊臣秀吉【猿】vs【狸】徳川家康 第一ラウンドのゴング!小牧・長久手の戦いコチラ
◆豊臣秀吉の「刀狩り」は実際どこまで狩ったのか 兵農分離できればオケ―?→コチラ
◆知っておきたい日本人が桜を好きになるまでの歴史。1300人も詰めかけた秀吉の大花見コチラ
◆秀吉の 【吉野の花見】は 散々なれど 桜の歌に 心奪われ→コチラ
◆豊臣秀吉の見た真夏の夜の夢コチラ
◆秀吉政権下の「五奉行」が要らない子だった件 遠山の金さん立つ瀬なし!→コチラ
◆一般家庭から激レア古文書出現! 豊臣秀吉・秀次の朱印状に織田信長の天下布武!→コチラ
殺生関白・豊臣秀次に対し、豊臣秀吉は切腹の命令など出していなかった!?→コチラ
松寿丸を隠すことは秀吉知っていた? 軍師官兵衛→コチラ
謎多き天下人のルーツに迫る!『豊臣秀吉の系図学 近江、鉄、渡来人をめぐって』(宝賀寿男+桃山堂)→コチラ
◆秀吉主催の北野大茶会! 人がサッパリ集まらず1日で終了 【参加者803人】→コチラ
◆3倍に領地が増えたのに…太閤検地で痛い目にあったのは農民でなく武士だった!→コチラ
◆これぞロマンシング佐賀! マヤのピラミッドかと思ったら佐賀県の豊臣秀吉の城だった! →コチラ
豊臣五奉行の屋敷の金箔瓦か?!と言っても三成ではございません→コチラ

豊臣秀長

◆秀吉を支えた偉大過ぎるNO.2 豊臣秀長の功績がワンダホー!→コチラ

藤堂高虎

戦国の転職王・藤堂高虎 その姿は現代社会でも働く男たちの理想なのか!? →コチラ

竹中半兵衛

◆竹中半兵衛を有名にしたアノ伝説 「稲葉山城乗っ取り事件」は450年前の本日勃発!→コチラ

豊臣秀次

戦国一悲運の美女・駒姫 顔すら見たことない夫・豊臣秀次の連座で処刑される→コチラ

石田三成

『のぼうの城』は最初から豊臣秀吉が落城させる予定だった!? 石田三成さんは悪くな~い!→コチラ
◆石田三成が京都で捕縛! キリシタンの『日本二十六聖人』が長崎で処刑される→コチラ
◆死の瞬間に男の価値は決まる?石田三成、小西行長、安国寺恵瓊の死に様とは→コチラ

仙石秀久

◆「センゴク」ネタバレご勘弁 仙石秀久が九州の地に降り立ち、逃走す!→コチラ

加藤清正

◆秀吉子飼い大名の中で圧倒的人気! ナゾの死を遂げた加藤清正コチラ
「ワシは清正公に負けた」と西郷隆盛が嘆いた 西南戦争・熊本城の戦い→コチラ
◆「秀吉は卑しい人間」 豊臣恩顧の代表格・加藤清正が大暴言だとぉお!?→コチラ
◆くまモンではなく築城の名手・加藤清正の技を見に熊本城に行ってきた→コチラ

小西行長

◆朝鮮出兵で秀吉にウソをついてまで交渉を進めた小西行長が出世できたワケ→コチラ

福島正則

◆ひどい!台風対策したら改易 関ヶ原一番戦功の福島正則の悲劇→コチラ

古田織部(重然)

『へうげもの』で知られる古田織部(重然)は実際どんな人物だったのか? →コチラ

清水宗治

◆無駄死?武士の鏡?本能寺の変のあとなのに備中高松城の水攻めで切腹した清水宗治の義→コチラ

千利休

茶聖・千利休が切腹! 秀吉との対立が原因か、あるいは… 今も謎の真相を考えてみる→コチラ

高山右近

◆村重、信長、秀吉と綱渡りの連続! 高山右近 なぜマニラで死んだのか→コチラ

大坂城

◆本願寺が立て籠もり、秀吉が建て、徳川が潰して再建した大坂城→コチラ

蜂須賀家政

◆徳島の阿波踊りを始めたのは器用貧乏なこの人!? 蜂須賀小六の息子・家政コチラ

施薬院全宗

◆秀吉政権のお医者さんで政宗の文通相手の施薬院全宗とは→コチラ

石川五右衛門

◆秀吉の寝所に忍び込んでやらぁあ! 稀代の大泥棒・石川五右衛門が処刑される→コチラ

堀尾吉晴・忠氏親子

美少女が埋められた!? 国宝内定の松江城の人柱伝説 と堀尾吉晴・忠氏親子の無念→コチラ

 

毛利元就 吉川と小早川も含めて三ツ矢サイダー!

©富永商太毛利元就
◆鮮やか!世界遺産の厳島を舞台に毛利元就劇団の奇襲作戦が大成功→コチラ
◆アーッ!な下克上 毛利元就に道を開く名家・大内家の内乱コチラ
◆毛利元就が中国地方の雄尼子氏の月山富田城を開城させる→コチラ
◆あす7/6は毛利元就によって三本の矢が折られそうになる…は、真っ赤なウソ!?→コチラ
◆毛利三本の矢の一本・小早川隆景 王佐の才は元就にも秀吉にも愛された→コチラ
◆「俺の嫁がブスだと? だがそれがいい」漢の中の漢!毛利元就の2本目の矢・吉川元春→コチラ
◆知られざる毛利元就の子供たち 三兄弟以外はダメな子って本当なの!? →コチラ
なぜ吉川家は事実上、毛利家の一族となったか?→コチラ
◆ホントはすごかった毛利元就の孫、もちろん輝元じゃないよ→コチラ
◆毛利元就を大大名に押し上げた『厳島の戦い』 勝因は元就の謀略ではなく女性だった!?→コチラ
◆毛利元就 75歳まで長生きできた秘訣は禁酒!→コチラ
◆秋だけに安芸の宮島の厳島神社と戦国ファン垂涎の豊国神社に行ってきました!(上)→コチラ
◆秋だけに安芸の宮島の厳島神社の御利益と参拝方法をチェック(下)→コチラ
◆続報!「毛利の礎の里」豪雨被災(山口県萩市須佐地区)のその後→コチラ

 

明智光秀

◆明智光秀は生き残って家康の参謀天海上人になった説をまとめてみた→コチラ
◆なんでそうするかなあ?本能寺から山崎までの明智光秀に3回つっこんでみる→コチラ
春日局とは? 明智光秀重臣の娘という業を背負い、徳川家光を育てた女傑の人生→コチラ
◆明智光秀が本能寺の変を起こして織田信長を討ったのは、老い先が短かったから!?コチラ

 

北条早雲・氏綱・氏康・氏政・・・ほか

©富永商太北条早雲2

◆関東支配と上杉家を巡る名門バカ+下克上男のややこしすぎる争い→コチラ
北条早雲見参!関東の戦国時代が大炎に!→コチラ
日本3大奇襲「河越夜戦」 信玄・謙信に並ぶ名将・北条氏康の策とは→コチラ
◆謙信・信玄に負けなかった名君が遺した偉大すぎる功績が子孫を滅ぼすコチラ
◆後北条氏が滅んだ遠因は真田だった!小田原征伐決定コチラ
◆官兵衛「生きられよ~」のぼう「もちろん」の小田原城開城コチラ

 

斎藤道三と愉快な子どもたち THE KING OF 下克上!

三方ヶ原の戦い級に面白い! 斎藤道三の末子が上杉家を相手に大勝利した月岡野の戦い→コチラ
◆斎藤道三亡き後の斎藤家 クーデターを起こした義龍は早死 その息子龍興も……コチラ
◆美濃のマムシ・斎藤道三堕つ!~長良川の戦いを歩くコチラ

 

浅井長政 悪いのは父ちゃんなのよ

◆信長を裏切った浅井長政の息子(9歳)に襲いかかる過酷な処置の理由→コチラ
◆浅井長政 小谷城の落城が芸術家の種を蒔くコチラ
◆城郭検定2級の城マニアが『センゴク』浅井長政の小谷城陥落を徹底分析コチラ

 

立花宗茂・立花道雪・立花誾千代 最強の親子トリオ

コワモテ親父No.1武将 立花道雪の「勇将の下に弱卒無し!」→コチラ
◆戦国最強 立花宗茂の妻・立花誾千代 「女大名にワタシはなる!」コチラ
戦国最強の武将立花宗茂はなぜ天下を取れなかったのか→コチラ
◆雷に撃たれた立花道雪さん 一命を取り留めながら、脚が不自由になった原因は? →コチラ

 

足利氏 末期は切ない一族でござんした

◆足利義教が暗殺され室町幕府を衰退させた「嘉吉の乱」 そのグダグダっぷりが凄い→コチラ
◆ムダムダムダムダムダ!剣豪レベルまで剣術を磨いた将軍、足利義輝が帰京するも…→コチラ
実は結構長生きのラスト将軍・足利義昭 信長に奉じられ そして京を追い出されるまで→コチラ
◆室町ラスト将軍足利義昭の長生きの秘訣は、剣豪(運動)と貧乏(質素)→コチラ

 

島津家 鎌倉時代からまっこと骨太すぎるでごわす!

鎌倉時代の島津忠久から始まった 伝統ナンバーワンの武門・薩摩島津家→コチラ
◆島津VS大友、九州の関が原!耳川の戦い前編コチラ
◆神に祈ってる場合じゃないYO!鬼の島津軍の激勝、耳川の戦い後編コチラ
◆戦国時代のSP!関ヶ原「島津の退き口」の生き残りの合理性→コチラ
九州の女丈夫・吉岡妙林尼がスゲェ! 島津軍を跳ね返したしたたかな策とは?→コチラ

 

宇喜多直家&秀家 潰れたけど存在感抜群 

宇喜多秀家の子孫が熊本で武士になっていた【新発見!】→コチラ
◆裏切り・暗殺の達人!宇喜多直家が織田家に降伏コチラ
◆イケメン、リア充のお坊ちゃま宇喜多秀家、南の島で爆発せずに大往生コチラ
◆宇喜多直家は身内も上司もみーんな謀殺 されど本人は畳の上で『尻はす死』コチラ

 

龍造寺or鍋島 どっちが主役?

九州三傑の一人・龍造寺隆信! 大友家の領地を削り取り、島津家にフルボッコ →コチラ
◆秀吉・家康に認められ大名へ昇格した鍋島直茂 なぜ「化け猫騒動」が伝わっているのか→コチラ

 

佐々成政 さっささっさ

◆猛将佐々成政、熊本でクマモン的な人気を得られず肥後国人一揆が勃発コチラ
◆佐々成政が冬のアルプス越え?「さらさら越え」で家康に直談判→コチラ

 

細川一族 そして名門は生き残った

子育て以外はミスターパーフェクト細川幽斎(藤孝)誕生!→コチラ
「アレな伝説」戦国武将No.1 細川忠興ってどんだけ~?→コチラ
◆戦国で最も波乱なお嫁さん!細川ガラシャの最期コチラ
◆ガラシャの旦那さま細川忠興さん大往生コチラ
忠臣蔵の赤穂浪士47名 切腹までの1ヶ月間に最も礼を尽くしたのは細川家だった→コチラ

 

長宗我部元親 姫が鬼に変わって四国統一

◆長宗我部元親 か弱い”姫”が戦(いくさ)の”鬼”に変わるとき→コチラ
◆四国統一!長宗我部が頂点に達する(その後、奈落の底へ)→コチラ
◆センゴクの大失態で起きた悲劇!長宗我部元親・信親が戸次川の戦いでズタボロに…→コチラ

 

脇役でも存在感はバッチリな御方たち

©富永商太佐竹義重

塚原卜伝

剣聖・塚原卜伝にまつわる伝説の数々 宮本武蔵との対決は死後の話か~い!→コチラ

太田道灌

初代江戸城を建てた太田道灌 は 合戦、築城、学問に通じた万能武将だったが…… →コチラ

長谷川等伯

◆戦国絵師・長谷川等伯 雪舟の五代目を名乗り、したたかに出世した絵描き人生とは? →コチラ

湯浅常山『常山紀談』

◆いかにもな戦国武将の逸話の元ネタはこの人湯浅常山「常山紀談」かも→コチラ

清和源氏

◆武士の代表・清和源氏のルーツ 清和天皇ってどんな方だったの?→コチラ

筒井順慶

日和見の代名詞 「洞ヶ峠」で濡れ衣の筒井順慶さん→コチラ

京極高次

嫁と妹のおかげで出世した?蛍大名 京極高次という生き方→コチラ

柳生十兵衛

柳生一族に生まれた酒乱の嫡男 十兵衛はこれでヒーローになりました→コチラ

宮本武蔵

◆宮本武蔵の幼名「たけぞう」も若い佐々木小次郎も、俺(吉川英治)が創った話です!コチラ
◆宮本武蔵は遅刻なんてしていません!卑怯ものではありません!でも弟子は卑怯だった?→コチラ

佐竹義重

◆佐々木希をつくり水戸を3大ブスにした鬼!佐竹義重降臨→コチラ

本願寺顕如 vs 教如

◆西本願寺と東本願寺―なぜ二つに分かれているの?コチラ

ザビエル

◆日本に来たザビエルがその後、中国に渡った大いなる勘違いとは?→コチラ
ザビエル以外にも多数いた戦国時代の宣教師たち ニッポン好き!嫌い!→コチラ

上泉信綱

◆上泉信綱さんより問題です「竹刀を発明した剣豪ってだーれだ?」→コチラ

国人衆(地域の小領主たち)

武士は出て行け、バカヤロー!農民たちが見せた意地・山城の国一揆→コチラ

帰雲城

◆戦国時代の謎の天正地震とともに消えた帰雲城コチラ

長連龍(ちょうつらたつ)

史上最恐の「倍返し」能登の武将・長連龍の徹底的な復讐→コチラ

滝川一益

◆七転び八起き?七転八倒?「花の慶次」のおじ・滝川一益の一生コチラ

富田信高

◆安濃津城(あのうつじょう)の戦い 俺の嫁がこんなに強いはずはなくはないコチラ

稲葉紀通

魚の寒ブリが原因でお家改易→自決したぶっ飛び大名・稲葉紀通→コチラ

最上義光

◆局所的に人気高騰の戦国武将最上よしあっきーの聖地「最上義光歴史館」ルポコチラ
◆政宗に格も力も匹敵していた最上よしあっきーの城・山形城跡の復元をめぐってコチラ

相馬大作事件

◆津軽と南部は東北一の犬猿の仲! だから相馬大作事件は勃発した→コチラ

 

関が原の戦い

◆前哨戦なども含め「関ヶ原の戦い」を全国エリア別にまとめてみました →コチラ
◆上杉を殴りに行ったら大坂で三成挙兵→超速で関ヶ原へ向かうのにかかった日数は?→コチラ
◆徳川家康の「小山評定」 関が原へ臨む前に開いた大事なカイーギの内容とは?→コチラ
◆忠義ここに極まれり!関が原前哨戦 伏見城の戦いコチラ
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関ヶ原の戦い・前編!家康・三成共にガクブルの前哨戦は西軍勝利だった→コチラ
◆関ヶ原の戦い:後編 裏切り者と戦った漢の中の漢たち!→コチラ
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◆関ヶ原番外編2 三成の6日間の逃亡劇コチラ
◆関ヶ原で敗者となった真田昌幸・幸村親子が高野山へ出発→コチラ
デビルマンと並ぶ裏切りものの看板を背負う小早川秀秋20歳で死亡→コチラ
◆関ヶ原の勝敗を決めた女たちのキャットファイトとは!北政所VS淀殿コチラ
◆「これからランチのデザートくるから戦いません!」関ヶ原を決定づけた言い訳コチラ
◆関ヶ原の前哨戦「米野の戦い」をご存じ?【現地を歩く】→コチラ

 

大坂の陣

◆狸親父こと徳川家康が大坂冬の陣へ出陣!→コチラ
◆大坂冬の陣の前哨戦、名門上杉と佐竹が男気を見せた「鴫野・今福の戦い」コチラ
豊臣家滅亡のカウントダウン 大坂夏の陣開戦→コチラ
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◆【大坂冬の陣クロニクル】 バンダイ?塙団右衛門(ばんだえもん)直之が徳川方へ夜襲成功コチラ
◆大坂冬の陣から400年を記念して降伏前日に自衛隊がお城を清掃コチラ

 

日本刀

◆切れすぎだろ!古今東西トンデモ名刀 伝説ベスト7!【画像あり】→コチラ
◆喰らえ、必殺◯◯剣!カッコよすぎるホントにあった剣術ネーミング10選コチラ
◆サムライマナー講座!「剣」「刀」「太刀」の違いを知って五月病撃退!→コチラ
◆布都御魂剣、破邪の御太刀、雷切、姫鶴一文字…カッコよすぎる刀のネーミング10選!→コチラ
「陰陽五行説」サムライならば知っておきたい東洋の宇宙観→コチラ
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ココが変だよ時代劇!ほんとはありえないシーン5選→コチラ
◆「龍のアギト!」「極意上段・天狗勝!」 厨二心を震わせるカッコよすぎる体術の技名5選コチラ
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◆実在する“奥義”!刮目の古武道演武をまとめてました→コチラ
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◆るろうに剣心の 飛天御剣流奥義「天翔龍閃」を斬る!→コチラ
◆徳川家を呪ったとされる妖刀【村正】 家康が小刀でケガしただけで刀工は廃業の悲喜劇コチラ
銃弾すら斬る!ルパン3世・石川五エ門の技は不可能…じゃなかった!→コチラ
◆オカルトを信じた維新の志士、信じなかった徳川家康 妖刀村正伝説は真か偽か?コチラ

 

戦国アレコレ 読み応えバッチリ

◆小早川秀秋は裏切りものではない?!書評・本郷和人『戦国武将の明暗』(新潮新書)→コチラ
◆海外でもやっぱりあの武将が1番人気?外国人が選んだサムライTOP10コチラ
◆今も昔も不良の必須アイテム タバコの歴史は戦国時代に始まった→コチラ
姫路城天守はなぜ真っ白なのか?瓦が白いわけではありません→コチラ
戦国時代最強の毒は・・・ウ◯コさん!?→コチラ
◆戦国時代の教会に茶室は必須!キリスト教宣教師が日本文化を学んだ理由コチラ
◆戦場の兵士たちは何を食っていた? 戦国時代のミリメシ事情 ご馳走は「縄」ですコチラ
◆刺し身、あわびあり!偽装なし!戦国時代の武士のパーティーがセレブすぎるコチラ
◆一本ずつ毛を抜く血まみれの苦行 なぜ武士はチョンマゲ・月代スタイルだったのか?→コチラ
◆戦国時代に奴隷となって海外に売られた日本人カップルがポルトガルの教会で挙式!しかしトンでもない悲劇が!→コチラ
◆【速報】天正遣欧少年使節団の伊東マンショの肖像画が発見!→コチラ
◆戦国の銃撃戦!火縄銃のスペック大解剖!!→コチラ
◆お人好しの日本人すら騙せない?日本歴史界No.1ハゲ ザビエルはダメダメ侵略者だった→コチラ
◆江戸時代の鎖国は強欲なオランダ人に仕組まれた罠だった!?→コチラ
戦国武将から学ぶ遺訓 父からの遺産、父としての遺産→コチラ
◆山田風太郎に息子を散々に描写された松山城築城の加藤嘉明を地元愛で歴女が語る→コチラ
◆雨でも絶景!現存12天守の愛媛県の松山城を地元歴女がルポコチラ
京都の地名がすごすぎて戦国ファンが卒倒しそうと話題→コチラ
◆行ってよかった【日本の城2014】1位は熊本城!竹田城跡は8位 トリップアドバイザー→コチラ
◆【日本のマチュピチュ・竹田城】朝来市が天空の画像を21枚公開・フリーで利用OK!→コチラ
◆日本のマチュピチュ【竹田城跡】で「土を掘り返す」等の違法行為が発覚→コチラ
ダース・ベイダーの武者人形と鎧飾りが超絶COOLで痺れる出来(;゚Д゚) 創業300年の吉徳大光より販売→コチラ

 

忍者物語NINJA STORY

◆「NARUTOナルト」最終回を迎えた忍者漫画の設定と史実を比較する→コチラ
◆ザ忍者!Ninjaという単語が世界に普及したきっかけは…?→コチラ
伊賀と甲賀に談合疑惑が…忍者たちの実力って実際のところどんなもんだったの?→コチラ

 

戦国のお城をイロハから学ぶ

◆誤解しがちな【山城・平山城・平城】 正しい見方とは?→コチラ
◆陰陽師って何それ?食えるの?戦国期の城はとにかく防御が命じゃい!→コチラ
◆敵を殲滅させる城防衛の重要拠点!玄関開けたら2分で虎口コチラ
◆城主のワガママもろに反映 【天守】には望楼型と層塔型がある→コチラ
◆皆さんは【櫓(やぐら)】の役割・由来をご存知ですか?→コチラ
「渇え殺し」と「すなば珈琲」 鳥取城へワンダーキャッスル→コチラ
日本のマチュピチュ 天空の竹田城へ→コチラ
◆城とオッチャンコチラ

 

マンガ戦国boogie-woogie! 史実重視ながら新感覚

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◆信長の嫁(濃姫)と妹(お市) どちらが萌えます?→コチラ
◆激突!信玄と謙信の一騎打ち?→コチラ
◆公家もどき?今川義元 織田家を混乱させたい軍師雪斎の謀→コチラ
◆織田信長vs信行 兄弟喧嘩は命の殺り取りがデフォ!→コチラ
◆明智光秀、タマに萌え 謀反は静かに突然に→コチラ
◆若き前田利家が織田家を飛び出す!だんな失業で怒りのまつ→コチラ
◆桶狭間の戦い前哨戦 義元はカラオケ 信長は神頼み中→コチラ
◆桶狭間、開戦! 元康は涙目でガクブル 出禁だった利家は首級を挙げる→コチラ
◆信玄に謙信?俺を忘れてないか!相模の獅子こと北条氏康の野獣ぶりを見よ!→コチラ
◆【江戸城主 暗殺されて 一句読む】by太田道灌→コチラ
◆リア充すぎて爆発した今川義元の息子をビジュアル系で完全4コマ化 イェイ♪→コチラ
◆妻LOVEを突き通して次期当主から転落した武田信玄の息子の運命→コチラ
◆武田・今川・北条の同盟崩れ、モブ氏政は泣き崩れ 氏真は愛妻と一緒に逃避行→コチラ
◆信長の野望 上洛への布石となった戦国一の美女・お市と空気な足利将軍→コチラ
◆軍師半兵衛を迎えよ!秀吉が三顧の礼の間に光秀は二条城で貧乏くじ→コチラ
◆傾城と書いて絶世の美女お市をゲットした浅井長政の悲劇が始まった→コチラ
◆それは地獄か出世への架け橋か!? 金ヶ崎の退き口で秀吉・光秀ダブルブレイク→コチラ
◆ヒーローは徳川家康?それとも浅井長政?姉川の戦いを4コマ化!→コチラ
◆「利家のまつ」ガールズトークも子作りも大切なお仕事です→コチラ
◆魔王マジギレ5秒前! 織田信長包囲網を突破せよ!→コチラ
◆魔王ついに爆発「延暦寺は焼き討ちじゃ!」だって俺が神だから→コチラ
◆相模の獅子乙!流浪のビジュアル系今川氏真が豪運すぎる件につきまして!→コチラ
◆三方原の戦いで神君家康は脱ぷんで対抗?だが信玄を倒したのはあのやさ男だった?!→コチラ
◆朝倉義景の一乗谷 か・ん・ら・く♪ しかし退き佐久間信盛にはナガさん怒りの鉄槌が→コチラ
◆小谷城と戦国一の美女が陥落!そして僕は途方に暮れる・・・ by ポエマー長政→コチラ
◆秀吉大出世!で寧々とお市の関係は微妙に・・・そこへ七本槍も集い始め→コチラ
◆オレ、勝頼!甲斐武田家20代目の当主だから四天王も言うこと聞けよな!→コチラ
◆戦国最強の必殺技・信長の三段撃ち!難易度高い漢のロマンであり部下の苦痛なり→コチラ
◆ぼく、スネえも~ん♪ 一足軽の武勇が窮地を救った!長篠城の攻防劇→コチラ
◆武田騎馬軍団に襲いかかる信長鉄砲隊!長篠の戦いを完全4コマ化→コチラ
◆変人は変人を知る!? 四国の覇王・長宗我部元親は信長級の傑物!→コチラ
◆イッキ!一気!一揆!出口の見えない一向宗との戦いにスナイパー孫一も参戦し →コチラ
◆村上水軍に対する信長の鉄甲船はやっぱり波動砲も装備っしょ♪→コチラ
◆マジで戦の神じゃなかろうか!? 上杉謙信、手取川で織田軍をフルボッコ!→コチラ
◆現代のオナゴも学ぶべし? 信長LOVEな美少年武将・森蘭丸の“側近力”→コチラ
◆我が名は奇妙丸もとい織田信忠!魔王の血を引き継ぎ織田家を統べる者ナリ!→コチラ
◆女謙信「きれいなおねえさん武将は好きですか?」→コチラ
◆三成は、やっぱり切れ者、嫌われ者? 秀吉子飼いだよ、全員集合!!→コチラ
◆秀吉の実弟にして最強のサポーター!羽柴秀長の人心掌握術と築城の名手藤堂高虎コンビがいい味 →コチラ
◆戦国のメリークリスマス♪ ゴルゴ官兵衛あらわれ、そして謙信墜つ!→コチラ
◆安土城で大相撲!信長VS森蘭丸、本多忠勝、明智光秀3番勝負!→コチラ
◆官兵衛と秀吉ピンチ!荒木村重が裏切りボタンをポチッとな!→コチラ
◆雷を斬り、稀代の戦上手にして武勇の誉れは全国レベル その名は立花道雪→コチラ
◆村上・毛利水軍へ向けて波動砲発射!そしてアラーキーは一人ぼっちに・・・→コチラ
◆御館の乱で上杉景勝と景虎が激突! そのとき甲斐の勝頼クンは・・・→コチラ
◆ワシが鬼柴田こと柴田勝家じゃい! お世辞も言えぬ不器用な漢じゃわい!→コチラ
◆竹中半兵衛、結核に散る! 軍扇を委ねられたアノ人は有岡城でキョトン?→コチラ
◆祝・連載50回は家康さんの黒歴史ナリ! 松平信康の自害は魔王の血が原因!?→コチラ
◆「今川氏真や北条氏政よりはマシナリ!」 織田信雄、天正伊賀の乱でフルボッコ→コチラ
◆アラーキーの有岡城、陥落!黒田官兵衛「知らぬ顔の半兵衛、ありがとう!」→コチラ
◆こんなカッコ悪い死に方ほかにあるだろうか 三木城干し殺し もう一つの悲劇→コチラ
◆顕如vs信長ではなく顕如vs教如! 本願寺が東西となった歴史は戦国時代に遡る!?→コチラ
◆仏敵上等・信長も、キリシタンにはちと甘い? いやいや魔王をナメちゃいかん→コチラ
◆戦国時代に赤ちゃんラッシュの春が来た!信長が利家が超変人細川忠興もニヤニヤ!→コチラ
◆石山本願寺は完落ちで三昼夜燃え続け 織田家内では容赦なきリストラも敢行!?→コチラ
◆織田信長のもとへ日本最初の黒人サムライ・弥助、参上!!→コチラ
◆マンガ『戦国boogie-woogie』がコミック版で4/13発売! タイトルは『織田信長の戦国ブギウギ』→コチラ
◆武田勝頼 絶滅のカウントダウンは 高天神城の見殺しから始まる→コチラ
◆誰よりも派手が大好き天下人 豊富秀吉が地味~な猿楽にハマっていた!?→コチラ
◆大河ドラマで黙殺された官兵衛非道の鳥取城渇え殺し! 吉川経家は首桶と共に…→コチラ
◆信長お気に入りの娘婿・蒲生氏郷「第二次天正伊賀の乱」で躍進す!→コチラ
◆戦国末期の争乱を動かしたのは四国だった!? そのとき明智は?元親は?→コチラ
◆天正遣欧少年使節は神の遣いか侵略者の先鞭か? 1582年日本を出発!→コチラ
◆甲州征伐最大の激戦地・高遠城の戦い 森長可の人間無骨が炸裂!→コチラ
◆土屋昌恒の片手千人斬り! 武田家の終焉に大いなる伝説を残す→コチラ
◆羽柴秀吉の備中高松城攻略スタート! それは例の「変」のプロローグなり→コチラ
◆「鮒寿司と 高松水攻め 五月哉」 秀吉と光秀を分かつ運命が忍び寄る→コチラ
◆天下三茄子と三肩衝が揃うとき本能寺に魔人現る!?→コチラ
◆ついにこの日が! 敵は、ほ、ほ、ほ、ほ、本能寺に…… ザバザバザバ~!!!→コチラ
◆アフター本能寺! 二条城に籠もった織田信忠と伊賀越え・徳川家康の差は?→コチラ
◆中国大返しで開花する秀吉の魔眼! 魅せた、人たらしのテクニック!→コチラ
◆北陸の利家&勝家は動揺で動けず!? その間、明智軍を食い止めた愉快な仲間たち→コチラ
◆決戦、山崎の戦い! 羽柴・明智の思惑うずまく「天王山」を奪うのじゃ!→コチラ
◆雌雄を決する山崎の戦い 秀吉に追い込まれた光秀はまさかの選択を……!?→コチラ
◆ザ・左馬助の湖水渡り! その頃、織田信雄は安土城を焼いていた……!?→コチラ
◆勝家の主導で始まり、お市の暴言で終わる――清州会議と再婚→コチラ
◆長宗我部元親が阿波の十河存保を撃破! ついに四国を完全平定す→コチラ
◆まずは信孝ブッコワス! 秀吉の調略神ワザモードが全開バリバリ哉→コチラ
◆滝川一益の蜂起に対し秀吉が応戦! そして豪雪をかき分け鬼柴田がやってくる…→コチラ
◆鬼の甥っ子は鬼玄蕃 佐久間盛政の中入りで始まる~♪ 賤ヶ岳の戦い、佳境へ→コチラ
◆賤ヶ岳の戦いは前田利家が動かす! いや、その前にお茶漬けが利家を動かした?→コチラ
◆三姉妹は二度落ちる――賤ヶ岳の戦後処理と秀吉の目指す天下とは→コチラ

 

黒田官兵衛百物語~その生き様を100のストーリーで描く

◆30歳で主君を織田信長に臣従させた説得力【御着城の決断】→コチラ
◆秀吉、信長を驚かせた毛利攻略の大戦略→コチラ
◆城持ち大名なのに優雅にお公家さんに歌を教えていた祖父・明石宗和の子孫が日本と台湾を救った→コチラ
◆敵の山城を猛攻撃中にお茶の話しで利休と盛り上がる→コチラ
◆主君にかわってなぜかたった一人の息子・松壽丸(長政)を信長の人質に→コチラ
◆竹中半兵衛との出会い 佐用城(福原城)攻め→コチラ
◆秀吉のなで切り!戦の非情さを知った上月城の戦い→コチラ
◆黒田二十四騎が一人・竹森次真が敵将の首級をゆずる→コチラ
◆快進撃の織田軍が一転、窮地へのきっかけ「加古川評定」→コチラ
◆包囲された官兵衛の各個撃破 水城・野口城の戦い→コチラ
◆海からの毛利の急襲を迎撃! 阿閇城の戦い→コチラ
◆黒田二十四騎・母里太兵衛の活躍 阿閇城の戦い→コチラ
◆毛利の逆襲! 囲まれた山中鹿介を救え 第二次上月城攻防戦→コチラ
◆「上月城を捨てよ」信長の非情な決断→コチラ
◆2年間の攻城戦「三木の兵糧攻め」はじまる→コチラ
◆LINEも伝令も不要! 竹中半兵衛との無言のコラボ→コチラ
◆起死回生の一手 宇喜多直家を味方に引き入れる→コチラ
◆空気と化した官兵衛のあるじ小寺氏が不穏な動きを→コチラ
◆荒木村重の反乱は無謀か?当時の状況を図にすると意外と合理的な決断→コチラ
◆官兵衛が行方不明! 信じて待った黒田一門→コチラ
◆荒木村重の反乱は官兵衛の「裏切り」が原因か→コチラ
◆宣教師たちに大災難だった荒木村重の謀反→コチラ
◆衝撃!黒田の家紋「藤巴」は有岡城幽閉と関係なしだった!→コチラ
◆有岡城幽閉の官兵衛を一番に疑ったのは…秀吉さん、あなたでしょ!→コチラ
◆幽閉中に約束した牢番の息子が「大名」に!→コチラ
◆えっ、く、糞になった?!有岡城主荒木村重のその後→コチラ
◆松寿(長政)を人質に差し出しは中間管理職を飛ばしたい官兵衛の意志か→コチラ
◆続・信長への人質は初めから松寿と決まっていた→コチラ
◆黒田家「官兵衛さまには信長もビックリ」 信長「誰だっけ?」→コチラ
◆裏切りの小寺氏、実は忠義の家として有名だった→コチラ
◆新たな戦場 籠城した「三木城」が陥落したのは茶会が原因?→コチラ
◆ご先祖は源氏?藤原氏?橘氏? 大名となったので立派なオリジンを探してみた→コチラ
◆鳥取城攻めで見せたホントは怖い官兵衛の策略→コチラ
◆管理職(大名)はつらいよ!鳥取城を落とす前に四国へ転戦→コチラ
◆「STAP先祖はあります!」分からなければ「探せば」いいではないか→コチラ
◆へえ!戦国時代にはいなかった!岡田官兵衛の乗る馬の顔に白い斑紋にちょっと待った!→コチラ
◆黒田長政15歳の春 毛利の城「冠山城」攻めで初陣! でも馬術は苦手→コチラ
◆官兵衛の孫は荒木村重のおいっ子に馬術を習っていた!→コチラ
◆官兵衛の主、信長と秀吉の天下は大陸へと広がる→コチラ
◆黒人奴隷を洗ってみた織田信長→コチラ
◆武功に焦り16歳で海の藻くずとなった黒田長政の弟「熊之助」→コチラ
◆信長の「宗教弾圧」は理不尽?それとも合理的?→コチラ
◆宇喜多直家を裏切らせたのは官兵衛の策略?それとも血?→コチラ
◆備中高松城の士気の高さと対照的な周囲の毛利方の城→コチラ
◆武士の鏡・清水宗治は毛利に仕えてわずか8年→コチラ
◆本当の高松城水攻めは官兵衛じゃなくて秀吉の思い付きだった→コチラ
◆安国寺恵瓊 本能寺の変を予言した毛利の外交僧の軍師ぶり→コチラ
◆明智光秀が本能寺の変を宣言した「時は今  雨が下しる 五月かな」に同席した歌人は官兵衛と親しかった→コチラ
◆備中高松城の堤防は3キロでなく300メートルだった→コチラ
◆水攻めの歴史は古くは源平合戦で木曾義仲、最新は西南戦争で西郷隆盛が発動→コチラ
◆本能寺の変で信長を刺した男を雇いたい長政と激怒した官兵衛→コチラ
◆燃える本能寺から名画を救出した官兵衛茶友達→コチラ
◆黒田家の家紋が藤巴・白餅・藤巴と変遷したワケ→コチラ
◆悪役商会みたいな官兵衛の叔父小寺休夢は実は超文化人だった→コチラ
◆本当は秀吉軍のインテリジェンス担当軍師だった蜂須賀小六(正勝)→コチラ
◆ドン・シメオン官兵衛!小西行長との縁でキリシタンに→コチラ
◆キリスト教に無関心だった官兵衛の奥さん→コチラ
◆毛利輝元と大友宗麟の和解を実現した交渉力→コチラ
◆島津征討のさなか宣教師保護で毛利を説得→コチラ
◆九州征伐での先遣毛利兵の敗走と立花宗茂の奮闘→コチラ
◆孤軍奮闘!19歳の若き立花宗茂を救え!→コチラ
◆九州攻めでも繰り返された官兵衛の残忍な作戦とは!→コチラ
◆秀吉の一夜城が九州攻めで炸裂!VS秋月種実戦→コチラ
◆秀長・官兵衛軍の怒濤の南下で島津降伏→コチラ
◆九州征伐追えた秀吉の凱旋茶会に官兵衛が出席しなかった理由→コチラ
◆キリスト教徒として官兵衛はなにをしたか?→コチラ
◆秀吉の伴天連追放令と官兵衛に助けを求めたイエズス会→コチラ
◆宇都宮鎮房(しげふさ) 蜂起の背景は?→コチラ
◆大河ドラマでは分からない宇都宮鎮房の蜂起→コチラ
◆宇都宮以外の2大有力地元勢力を粛清→コチラ
◆和睦しながら酒宴の場でだまし討ち!これぞ官兵衛の平常運転→コチラ
◆意外とまとも?伴天連追放令を出した秀吉の宗教観とは→コチラ
◆秀吉の夢はねねの夢「大陸・朝鮮侵攻発動」→コチラ
◆スクープ!信長をうならせたのは官兵衛でなく柴田恭兵(父)だった?→コチラ
◆44歳で官兵衛が隠居した本当の理由→コチラ
◆黒田如水はキリスト教のホーリーネーム→コチラ
◆官兵衛が宇都宮鎮房の霊を弔ったという嘘→コチラ
◆反信長分子だった官兵衛の前科→コチラ
◆小田原攻め完了で天下統一を果たした豊臣政権の終わりの始まり→コチラ
◆三成との暗闘の最中に水屋に貼った「利休流」の三ヶ条→コチラ
◆世界最大規模の戦争「文禄、慶長の役」での秀吉の占領政策→コチラ
◆意外と柔軟だった?朝鮮出兵した秀吉の対明講和条件→コチラ
◆黒田如水の墓誌を書いた僧「景轍玄蘇」の変幻自在の外交がすごい→コチラ
◆黒田如水の次男熊之助の水死に不審点あり。一緒に遭難した人が生きていた?→コチラ
◆嫁を捨て家康の養女をもらう非情の選択、徳川政権成立に向けた黒田父子の画策→コチラ
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◆関ヶ原合戦20日前の井伊直政の書状から分かる家康―官兵衛・長政の蜜月ぶり→コチラ
◆史料発見!信長から官兵衛に渡された国宝の名刀は実は秀吉から長政だった?→コチラ
◆岡田准一涙目!天下なんて狙ってなかった!家康への忠誠の九州転戦→コチラ
◆九州で立った如水が集めた8千の兵は誇張か→コチラ
◆石垣原の戦い!黒田家と大友義統の両方に仕えた歴戦の勇士「吉弘統幸」の悲しき選択→コチラ
◆九州の関ヶ原の結末―安岐城・冨来城を落とす→コチラ
◆各地で起きた「関ヶ原」の一つは官兵衛配下の村上水軍VS薩摩船団→コチラ
◆九州の関ヶ原・石垣原の戦いで敗れた大友義統のその後→コチラ
◆関ヶ原が1日で終了。慌てる中川秀成と武士道見せた臼杵城の太田一吉→コチラ
◆進撃の如水軍!実数は盛りすぎも九州北部を快進撃→コチラ
◆立花宗茂ら九州の西軍を救うための調停者として如水→コチラ
◆福岡藩祖としての黒田如水の生き様と細川氏との一触即発→コチラ
◆茶人が見た筑前での黒田如水→コチラ
◆病となった如水が旅に出た理由とは?「武士は家で死なず」→コチラ
◆【軍師黒田官兵衛百物語異聞Vol1】行方不明となった黒田官兵衛の遺骨は長崎それともフィリピンに眠る?→コチラ

 

【戦国関連イベント(すでに終了したのもございます)

◆『信長の城』を攻めるチャンス!? 奈良大学の千田嘉博教授と行く「小牧山城&長篠合戦・古宮城」ツアー開催!→コチラ
◆松江城で「リアル城攻め」が出来っぞ、いけ~っ! 今年11月14日に「鷹の爪団のSHIROZEME」開催!!→コチラ
◆プロレスのリングで関ヶ原の戦いを語るイベント 「関ヶ原ナイト(第7回名古屋歴史ナイト)」って何だ!?→コチラ
◆今夏はナマ六文銭を拝もうぜ! 真田氏歴史館で特別企画展「大坂の陣」がスタート→コチラ
◆夏休みの自由研究にもイケる!?「徳川の城~天守と御殿~」が8/4~9/27まで開催→コチラ
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