大晦日に徹夜でテレビは平安時代から続く「初詣」伝統でOK!

 

2017年のお正月の迎え方はもう決めましたか?テレビを見ながらゴロゴロする人も、お寺へ並んで除夜の鐘をつく人も、さっそく神社に初詣に行く人もいろいろいらっしゃると思います。

なぜ神社やお寺の初詣を大みそかの夜から日にちが切り替わった瞬間にやるのかと考えたことってありませんか。なにもあんなに寒い時間でなく、朝でも昼でもいいじゃないか(でも温かい甘酒はおいしい)

これにはちゃんと理由があるのです。初詣は江戸時代以前にも行われていました。
当然、今のように交通事情が発展していませんから、有名な寺社へ行く現代風の初詣ではありません。

初詣とは呼ばなくてもやっていた 「年籠り」

現代の「初詣」は江戸時代以前は「年籠り(としこもり)」と呼ばれていました。
言葉の使い方としては、かなり古いです。11世紀つまり平安時代の『後拾遺往生伝』という仏教説話集にもあり、江戸時代後半(19世紀)の『諸国風俗問状』まで、いわゆる初詣といえば、年籠もりのことを意味していました。

伊勢神宮 式年遷宮のすべて (JTBのムック)

これは、村や集団、家のリーダーが、地元の氏神がまつられる神社やお寺(江戸時代までは寺も神社も一体でした)で、大みそかの夜中から元旦(元日の朝)まで寝ないで籠もるという行事です。

だから今でも、JRなどは大みそかの夜から朝にかけてだけは、終電の時間が過ぎても電車を運行するのです。客がきて儲かるではなく、日本の文化に根ざした「おもてなし」といえます(ジャーニーズのカウントダウンコンサートのためではありません)

ジャニーズのためではなく神様のおもてなしのために

また、なんで「リーダー」だけかというと、本来は新年というのは「神様」が家にやってくる季節でもあります。能登半島のユネスコ世界無形遺産「あえのこと」という行事もそれです。

柳田国男と民俗学の近代―奥能登のアエノコトの二十世紀

地域によって様々ですが、だいたい1月7日まで神様は滞在します。鏡もちもおせち料理も、本来はこの神様にお供えするものです。正月のイベント・グッズは基本的に、新年の神様をおもてなしする道具です。ですから、7日にお帰りになれば、鏡開きをして人間が食べますし、どんとやき(左義長)をして「神様が使った」ものを焼くのです。

恵方巻と関係あり? 「遠くの神社へ行こう」

現代風の「遠くの寺社」に行くというのは、江戸時代後半の「恵方参り」というブームが影響しているのかもしれません。恵方巻きでおなじみですが、新年のいい方角(恵方)のほうにある寺社を初詣するというものです。

初詣という言い方ができてきたのは明治時代以降のようですね。高浜虚子が昭和10年に「神慮(しんりょ、神のみこころ)今鳩をたたしむ初詣」との句をよむなど、昭和以降にはかなり定着したようです。

俳句の作りよう (角川ソフィア文庫)

武将ジャパン編集部から「初詣って江戸時代にはしていなかったのですか?」と突然聞かれたので「なぜ? そんなことないでしょう」と言うと、ネットでそういう話が話題になっている(ガジェット通信)ということで、書きました。初詣という行為は昔からありますが、『初詣』という言葉はわりと新しいんじゃないですかね。

鎮守の森は江戸しぐさではありません

なお、その記事に載っている「明治神宮の森は太古の森ではない」(太田猛彦『森林飽和―国土の変貌を考える』(NHKブックス)オススメ)については、ほとんどの「神社の森=鎮守の森」は戦後にできた新しい森ということで賛同です。この知識は広まってほしいですね~。

明治神宮の森 おまけ

全国ほとんど鎮守の森は、戦後に鎮守の森=不入の聖地というイメージからうまれた新しい幻想です。戦前(戦後すぐも含め)までは里にある樹木は家庭で欠かせない燃料でした。いわば電気とガスみたいなものです。たんに、「電気とガス」が家庭に普及したために、神社の森などに入って木や落葉、松葉などを切ったり、拾ったりする必要がなくなり、豊かな「原生林っぽい森」になったのです。

ちなみに、鳥取砂丘を含めて、全国各地の海岸の砂浜や砂丘が小さくなっている現象がありますが、これも同じ理由です。海岸の砂の供給源は、海の底ではなくて川の上流の山の土です。山の森が燃料としての価値をなくしたことから切られなくなり、剥き出しの斜面がなくなり、砂の供給がなくなったのです。里では緑が増えて、海では砂が減るという「質量保存の法則」がなりたっているのですね。

ただ、明治神宮の森に話を戻しますとちょっと事情が違います。明治神宮は明治天皇がまつられているので、明治天皇が亡くなられたあと、大正4年(1915)から造営がはじまっています。

明治神宮がほかの神社の森と違うのは、大正の段階で木が植えられて「森」となったことです。『日本歴史地名大系』によると、内苑(元大名の井伊家など屋敷庭で、明治時代には代々木御苑として明治天皇ゆかりの場所)と外苑(青山練兵場だったので、ともに森ではありませんでした)に「全国から約一七万本・三六五種が献木され、広大な森林を形成」したそうです。当時は、木は貴重でしたので、石油や宝石を持ち寄る感じだったのでしょうか。

江戸時代の明治神宮周辺にあった(今もある)青山善光寺は、江戸名所図会だとこんな感じです。松や杉がパラパラと、現代の疎林公園のような感じであります。スダジイなどの「大木」はあんまりありませんでした。

青山善光寺(江戸名所図会)

 

恵美嘉樹(歴史作家)・記

恵美嘉樹の神社・神様エントリー

「マジでご利益狙いたい 【初詣の8つの神社と神様5柱】まとめました」

「日本人の1%しか知らない伊勢神宮7つの秘密」

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【参考文献】

 


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