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ナポレオンの戴冠式(Wikipediaより)

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フランス 歴史漫画ウソホント

漫画『ナポレオン 獅子の時代』にみるフランス革命の明暗【歴史マンガウソホントVol.7】

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日本でフランス革命を扱った漫画といえば、まず池田理代子氏の古典的名作『ベルサイユのばら』があげられるだろう。オスカルは革命初期に斃れ革命前半部を描いて幕を閉じる。しかしオスカルの死後も革命は続く……革命の続きを、暗部も含めて描いたのが長谷川哲也氏『ナポレオン 獅子の時代』(ヤングキングコミックス)である。

STARキャラ★週めくり ベルサイユのばら 幸せ革命カレンダー2015

今回はこちらでなくてこっち↓

ナポレオン 1―獅子の時代 (ヤングキングコミックス)

本作の主役はあくまでナポレオン・ボナパルトである。史実のフランス革命に彼が積極的に参加していないからには、そこにはふれない作品も多い。
ところが本作では革命当初の熱気や志が変質し、狂気を帯びた恐怖政治を経て、腐敗の極みともいえる総裁政府まで堕落してゆく様を描く。

この間、ギロチンの刃は絶え間なく動き続き、作中のフーキエ・タンヴィルの言葉を借りれば「首が屋根瓦のように落ちてゆく」。
まだ若く運命に流されるままのナポレオンよりもずっと強烈な印象を残す革命の志士たちが多数登場する。そのため、本作序盤の主役は革命家のロベスピエールであるとも言われている。では本作におけるフランス革命の描写は無意味な脱線なのだろうか?

ロベスピエールが童貞かだけが見所じゃない!(ナポレオンより)

ロベスピエールが童貞かだけが見所じゃない!(ナポレオンより)

表の主役ナポレオンと裏の主役

本作には、表の主役・ナポレオンに対して裏の主役ともいえる一兵士・ビクトルが登場する。
ビクトルは元々、「ムッシュー・ド・パリ(パリの処刑人)」サンソン(坂本眞一氏の漫画『イノサン』の主人公だ)の助手をつとめていたのだが、女性死刑囚シャルロット・コルデーの生首を殴打し侮辱したことがきっかけとなり、クビとなってしまう。

ビクトル「KJJ_tsukiのブログ」より(第11巻より)

若く美しいコルデーは革命志士のマラーを暗殺する。マラーの腐りゆく死体はプロバガンダとして絵に描かれ、コルデーが処刑場に連行させるのを見るために野次馬が集まる。ビクトルは受け狙いのために、彼女の首をひっぱたく。こうした一連の描写からわかるのは、もはや処刑も庶民にとって生活の一部であり、血に慣れきって娯楽として消費するようになっているという事実だ。

マラーを暗殺したコルデー(Wikipediaより)

処刑人助手をクビになったビクトルは、食うに困り兵士となる。そこでビクトルが戦う相手は、革命を阻止しようと侵攻する敵国兵士ではなく、同国人なのである。
ビクトルは反革命派の都市を陥落させ、その住民を処刑する場に立ち会うこととなる。処刑対象者があまりに増えたため、もはやギロチンすら使わない。反革命的な都市に住んでいただけの市民を、大砲でなぎ倒し死体を川に投げ捨てる。

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「死に飽きた」革命の熱狂と狂気

「あーもう死体見るのもやだ」とビクトルは愚痴をこぼすが、彼の顔に浮かぶ表情は人道的な嫌悪感というよりも倦怠感である。ビクトルのたどる道は、当時のフランス庶民がたどっていった血に浸かり血に慣れきって進んでいった道なのである。

ではビクトルたちをここまで血に慣れきるよう仕向けたのは誰か。

革命の狂気そのものだろう。

反対派を容赦なく処刑してゆく中、恐怖政治の立役者たるロベスピエールはこう決意を固める。「俺も人を捨て革命となれ!」と。
そんな彼を「テルミドールのクーデター」で最終的に打ち斃したのは、金にも色にも弱くだらしがないバラス一派であった。革命がゆきついた果てはあまりに虚しい。
バラスら腐敗しきった政治家が贅沢を楽しみ、革命で救われるはずだった庶民の生活はより苦しくなった。ロベスピエールらの残虐、バラスらの腐敗ぶりを見ることなく亡くなった『ベルばら』のオスカルたちは幸せだったのかもしれない。

だがナポレオンはオスカルではないのだ。彼はバラスが飽きて厄介払いしたがっていた愛人・享楽的なジョゼフィーヌを妻として迎えることで、出世の糸口をつかむ。

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ナポレオンを生み出したフランス革命の構図

ここまできてようやくナポレオンは主役に踊り出て、物語を引っ張るようになる。

この描写は正しい。ナポレオンの快進撃の背後には、血に慣れ戦うことに慣れた多くのフランス兵たちと、革命のためならば戦争を支持するフランス人民たちの姿があった。血と狂乱こそがナポレオンを生み出したのだ。そう考えれば、この作品の構成はまったくもって理にかなっているのだ。

ナポレオン 6―獅子の時代 (ヤングキングコミックス)

軍神誕生と隠された黒歴史

タイトルからもわかる通り、ナポレオンを主役とした作品だ。とはいえ、序盤の六巻までは、フランス革命の志士たちが全面に押し出されており、ナポレオンの印象は薄い。転機が訪れるのは七巻以降、イタリア遠征が開始されてからだ。
本作でのイタリア遠征の描写は、おそらく作中最も活気にあふれ、感情移入でき楽しく読めるのではなかろうか。それというのも、史実がそうだからである。頂点ののぼりつめ、大軍を率いてヨーロッパを席巻する時代よりも、無名の青年将軍から無敵の軍神までなりあがるこのころが一番おもしろいのだ。

ナポレオン 7―獅子の時代 (ヤングキングコミックス)

 

しかし、ここではあえて、敗北予行練習ともいえる「東方遠征」を逃げずに描ききったことを評価したい。

イタリア遠征と異なり、東方遠征(エジプト・シリア戦役)はナポレオンの生涯にとって大きな汚点である。遠征失敗そのものも大失態だが、ここでのナポレオンの態度はきわめて酷薄であり、現地住民や捕虜を多数殺害し、友軍の犠牲すらいとわなかった。
そのせいか、ナポレオンを扱う作品でもプラス面だけを扱い、マイナス面はごくあっさりとふれるだけということも多い。

そんな作品とはちがい、本作での東方遠征は残虐描写のオンパレードである。兵士たちは炎天下の水もろくにない行軍で発狂死したり、敵捕虜となり性的暴行を受けたりする。殺気だった目つきでナポレオンを睨む彼らに、イタリア遠征で「小伍長」と親しみをこめて呼んでいたなごやかな気配はもはやない。

現地住民の運命も悲惨である。老若男女問わず虐殺され、慰みものにされていたダンサーたちは「風紀を乱す」という理由で首を斬られる。イタリア遠征では、オーストリアからイタリアを解放した軍神ナポレオンであったが、ここでは平和な暮らしを送る人々を殺しにきた死神なのである。

「諸君!あのピラミッドの頂から40世紀の歴史が君たちの戦いぶりをみつめている 存分に戦え!」などと名言を吐きながらナポレオンは叱咤激励し戦いぬく。
だが、イタリア遠征のときのように何にもひっかからずにこの作品をこれ以上読むことは難しくなっていくだろう。東方遠征の残虐と流血の前では、恐怖政治のギロチン地獄なぞまだましに思えてくるほどだ。

この胸に何かがひっかかる気持ちは、本作の結末でより強くなるだろう。東方遠征の失態は、そのまま本国に伝われば失脚はまぬがれないものであった。
しかしナポレオンは、味方の大半を置き去りにしたまま電光石火で帰国し、さらに非合法な手段とつなわたりを繰り返し、ついには最高権力者である第一執政の座につく。

その一方で、ナポレオンがすべての失態をなすりつけエジプトに置き去りにしたクレベールはこう叫んだ。
「あのチビ クソのべったりついたパンツを俺に押し付けやがった!」

まったくその通りである。そして本作は、そのクソの臭いに消臭剤を撒いてごまかすような真似はしなかった。本作が力作である理由は、まさにそこにあるのだ。
ナポレオンは残虐と栄華の極みにのぼりつめ、物語は続編『覇王進撃』に続いてゆく。

覇道の行方は

ナポレオン~覇道進撃~ 1 (ヤングキングコミックス)

長谷川哲也氏の『ナポレオン 覇道進撃』は、『ナポレオン 獅子の時代』続編である。前作で第一執政としてフランスの頂点に立ったナポレオンがついには皇帝として即位し、天才的な軍略でヨーロッパを席巻する様を描く。

マレンゴ、トラファルガー、アウステルリッツと、歴史に残る戦いが繰り広げられてゆく。

主人公ナポレオンは、出世に従って人間味が薄れた超人的な存在となってゆく。もはや愛妻からの手紙に一喜一憂していた多感な青年将軍ではないのだ。栄華と天才性の極みにのぼりつめた彼にかわって、読者の感情をゆさぶるのが無名の将兵たちである。

本作において末端の庶民や兵士の声を伝えてきたのは、裏の主役とも言えるビクトルである。ところがこのビクトルも、彼なりの成長を遂げてたくましくなり頼りない声をあげることは少なくなってきた。
それだけではなく、ナポレオンの戦場があまりに広がったため、ビクトル一人では末端の声をカバーできなくなったのだろう。
本作では様々な無名の男たちが、ナポレオンと彼のもたらす戦いに遭遇し、人生を否応なしに変えられてゆく。

マレンゴの戦いへと向かうため、アルプスを超えるフランス軍を誘導したスイスの青年は、彼らとすれ違ったことで人生のよりよい転機が訪れる。

ナポレオン軍に妻子を奪われたイタリアの男は、フランス軍の行く先々に姿を見せ復讐の刃をふるう。

イギリス艦隊がフランス・スペイン連合艦隊を打ち破ったトラファルガーの戦い。激戦のあと、スペイン沖を漂う小舟の上で水兵はこう叫ぶ。
「俺たち…何やってんだ…どいつこいつも大馬鹿野郎だ!」

彼のはるか彼方の戦艦上では英雄ネルソン提督が死につつあり、沈みゆく船の中では無名の将兵たちが傷つきなす術もなく死を待っていた。波間を漂う水兵は、そのあまりの残虐さと大量の死に対して罵声をあげてしまったのだろうか。歴史を変えた英雄たちの戦いやその死も、目の前で起こるのを見てしまったらそこには虚無があるのだろう。

名も無きものたちの哀歌が心に染みる

生き延びた水兵たちにも安逸な生活はない。この戦いで勝利したイギリス海軍を待っていたのは、敵がなくなってしまったゆえの単調な任務と、地上での冷たい目線であった。その時戦っていた水兵と士官は10年後、しみじみと語り合う。

「何も恐れず戦った10年前のあの日…偉大なネルソンと一緒に死ぬべきでした。こんなみじめな日がくるとは思いもしなかった」

彼らには名前もろくになければ、歴史に残ることはない。だが読者には、英雄として名を残したものたちよりも強烈な印象を残す。NHKのテレビ番組「タイムスクープハンター」のような手法だが、歴史漫画ではかなり珍しい。強烈な絵柄や強引な展開が特色とされがちな作品だが、無名兵士を通して戦争の哀感を物語る面もあるのだ。
これからも本作では、ヨーロッパ各地でナポレオンに運命を変えられる者たちの叫びを描いてゆくだろう。屍山血河のスペインで、冬将軍が猛威をふるうロシアで、死にゆく者たちが語る物語を、本作読者は今後も目にすることになるのだ。

武者震之助・記(辛口「軍師官兵衛」レビュー連載中

 

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8月11日発売の新刊表紙です!

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