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傾国の美魔女・藤原薬子は★3つ 娘の夫と不倫して挙句の果てに「薬子の変」

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藤原薬子は平安時代の女性です。父は長岡京造設中に暗殺された藤原種継。いいとこのお嬢さんですね。

この薬子さん、自分を愛してくれた平城上皇をもう一度天皇にしようと企むのですが・・・。

 

母である薬子が女官となり、そして不倫関係へ

まず、薬子と平城上皇の関係は夫婦ではありません。平城上皇が皇太子の時代に『薬子の長女』が妃となります。

エッ? 妃のかーちゃんと恋愛!?

そうなんです。娘がまだ若かったため、母である薬子が女官となりついていったのですが、なんと皇太子は薬子と不倫関係になってしまうのです。悪ポイントを書きだしておきましょう。

・娘の夫と不倫

このスキャンダルに皇太子の父である桓武天皇は激怒。薬子を宮中から追放します。

しかーし、806年に桓武天皇が崩御し皇太子が平城天皇になると薬子は再び呼び戻されます。ちなみに薬子は推定ですがアラフォー。当時としてはおばーちゃんな年齢ですが、さぞかし美魔女だったんでしょうね。

そして彼女にとっては邪魔でしかない夫は?と申しますと。

・薬子の夫、太宰府の長官として九州へ

まぁ、言うならば夫の勤務先の社長と不倫ですからね。「チミ、ちょっと海外に単身赴任してくれんかね」なんて朝飯前なんでしょう。

こうして天皇の愛人となった薬子はこの世の春を謳歌。さらには薬子の兄・藤原仲成もやりたい放題。

しかし平城天皇は元々病弱+精神的な病気のコンボで気弱になり、在位わずか3年で天皇の位を弟の嵯峨天皇に譲って太政天皇(上皇)になってしまいます。これで平城上皇が病のために儚くなってしまったなら話はここで終わるのですが、なんと元気にナッチャッタ!

 

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悪いのは薬子だけじゃない 今は「平城太政天皇の変」に

まだ若い平城上皇は政治をやりたいし、この時代の上皇は天皇と同じくらい権力もありました。

そして嵯峨天皇と対立。同時に薬子が暗躍します。

・薬子、自分の権力のため平城上皇を天皇に復位(重祚)させるべく対立を煽る

上皇と薬子らは都を平城京に戻し、重祚を企みます。しかし、嵯峨天皇サイドに先手を打たれて政変は失敗、平城上皇は出家し、藤原仲成は射殺、薬子は『もはやこれまで』とばかりに毒を煽って自殺しました。

この政変が810年薬子の変です。

『日本後記』は平城上皇を悪く書かず平城京遷都などをそそのかしたのは全部薬子! 薬子は悪いやつだ~!

と書いてありますが、これは天皇家を悪く言えないバイアスがかかっております。実際は上皇と天皇の対立、二所朝廷に薬子がどの程度関与したかは分かりません。

最近は「薬子の変」と言わず「平城太政天皇の変」と表現されるようになったあたり薬子の悪人度が下がったからかもしれません。まぁ、そもそも娘の夫と不倫が良くないんですけどね。

悪人度  ★★★☆☆☆
影響力(権力)★★★☆☆
美人度 ★★★★★

藤原薬子

イラスト・文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
本人のamebloはコチラ♪

 

【参考】

薬子の変と平安文学―歴史意識をめぐって(久富木原 玲)

藤原薬子/Wikipedia

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薬子の変/Wikipedia

 

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