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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師・黒田官兵衛百物語22話】宣教師たちに大災難だった荒木村重の謀反

更新日:

有岡城主・荒木村重の謀反は信長の戦略に大打撃となり、官兵衛にとっては生命への大打撃となりました。しかし、そのほかの人たちにも影響を与えました。

宣教師の分析

宣教師ルイス・フロイスは、当時の日本国現代史として著述した「日本史」中に、荒木村重の信長に対する謀反のワケについて次のように解釈して述べています。
「先に信長は、池田殿家臣であった(村重は元、摂津池田城主・池田勝正に仕えた)荒木信濃守村重を津の国(摂津)の領主に取り立てたが、荒木は後日、信長が自分に与えた領地を取り戻すかも知れないと心配し、また戦争の危険と辛労に曝されず心おきなく放蕩に身を委ねることを望んでいた家臣たちは(荒木村重)をして、そのように思いこませた。この事態に備えて、荒木は、当事強力であった大坂の僧侶(摂津石山本願寺)、および十ヵ国ないし十二ヵ国を領有していた毛利と同盟を結び、名誉、地位、および名声を蒙っていた信長に敵対することを決心した。」
村重は「放蕩に身を委ねることを望んでいた」家臣たちによって、信長から領地を召し上げられるかもしれないという不安をかき立てられ、強大な武力を有することで畿内における反織田勢力の中心となっていた摂津石山本願寺、村重はまさに本願寺討滅の将として信長から摂津を預けられていた及び毛利氏と手を組む選択をおこなったとフロイスは観察しているわけです。
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キリスト教にとって仏教は「放蕩」

なお「放蕩に身を委ねること」とは、キリスト教理からは許しがたい偶像崇拝をいうもので、目の仇である仏教徒への批判なのです、が。
そんな異教徒への憎々し気な批判をフロイスがぶちまけるている一方、宣教師達に信長から、村重を亡ぼすための過酷な協力要請が下されます。
信長は、教会に対して村重の傘下の将として重きをなすキリシタン武将ジュスト・高山右近を説得し帰順させよ、さもなくば、今後、教会から自由を奪うであろうという脅迫まがいの協力要請をおこないます。
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高山右近の切り崩し

Wikipediaより

右近は村重に従い、高槻城に篭城していましたが、その兵は強く、右近の切り崩しは、大きく戦況を織田方有利にするものでした。
この時に、信長の意向をかかえて、右近を説こうと高槻城に入った宣教師・オルガンティーノは、一時、右近の父・ダリオ高山に拘束されてしまいます。絶望 を思ったオルガンティーノは、城内に建つ十字架に身をもたせて涙を流します。
結局、右近が士分を捨て投降し、村重、信長いずれの立場にも立たないという形をとったことから、このとき教会はことなきを得ることになります。
ともあれ、宣教師達にとっても迷惑極まりない村重の謀反劇でした。
Frco Don・記

 




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