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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師黒田官兵衛百物語30話】裏切りの小寺氏、実は忠義の家として有名だった

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大河ドラマでは本日(6月15日)の放送あたりで、片岡鶴太郎扮する小寺政職が、織田信長を裏切ったことから、居城の播磨・御着城を棄て、毛利氏を頼って備前(岡山県)へと逃亡する件(くだり)についてふれられるかと思います。

猜疑心が強く、優柔不断な質(たち)に描かれている鶴太郎政職ですが、小寺家は以外にも、義理堅く忠節を尽くした血が流れれる家なのです。

霜月けい・絵

「じっちゃんの歴史に学びました」(霜月けい・絵)

主君・赤松家の再興に尽くす

小寺家は、播磨の名族・赤松氏の譜代の臣として代々、家老職を引き継ぎ仕えていました。
南北朝時代の長禄元年(1457)に、北朝方 に組みしていた赤松氏は、南朝方に奪われていた玉璽を奪い返すことに成功します。玉璽奪還という、この大功に最大の貢献をしたのが、政職の四代前の高祖父、つまり、ひいひい爺さんの小寺藤兵衛入道でした。

その時代、赤松氏は随分と没落していたのですが、藤兵衛入道の手柄があって後には、本領の播磨・備前・美作を回復することになります。

政職の祖父・小寺則職の時代には、もう一人の赤松家家老であった浦上村宗が、主・赤松義村を謀殺し、播磨・備前・美作の領国を乗っ取るということが引き起こります。

この時、則職は、浦上氏と対立し、最後まで主・義村を助けました。永正16年(1519)に義村が浦上氏方であった美作の岩屋城を攻めた時に則職も出陣し、討ち死にしてしまいます。その一年後には、浦上氏によって義村が謀殺されてしまうのですが。

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鶴太郎のおじいさん淡路島から復讐を狙うも

則職の後を子の小寺村職が継ぎます。鶴太郎・政職からすると爺さんである村職は、一時、淡路へと逃れていましたが、大永2年(1522)秋には挙兵し、浦上氏に挑みます。

村職は、その後も、亡き主・赤松方の残党を集合するなどして転戦することになるのですが、享禄3年(1536)に姫路近郊の庄山という所で、浦上氏に討ち取られてしまいます。

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ドラマでは愛妻をなくした末のダークサイド転落という流れでしたが(絵・霜月けい)

義理堅く、主への忠節を尽くした、鶴太郎・政職の先祖たちの話しでした。あるいは、この先祖たちの立派な姿を知っていたからこそ「忠義なんてくそくらえ」と思うようになったのかもしれませんが…。

FrcoDon・記

つづく

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