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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

へえ!戦国時代にはいなかった!岡田官兵衛の乗る馬の顔に白い斑紋にちょっと待った!【軍師・黒田官兵衛百物語36回】

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ウマにも、乗り手に好事をもらす相を持つものと、災厄をもたらす悪相を持つものがいるらしいのですが、官兵衛はあえて悪相のウマにの乗っていたという話しが「翁草」かなにか、軍記ものにあったと覚えています。ウマについて述べると、意外に思われますが息子の長政は戦場で二度も馬にかかわる失敗があり、騎乗が下手だったようです。

歴史マニアの岡田准一といえども知らなかった?

悪相のウマの話しと、長政の下手な馬術についての話しは、またの機会に譲りとして今日は、NHK大河の岡田准一・官兵衛が股がっているウマの話しです。

准一・官兵衛が乗るウマの顔には目元から鼻先に白い線(流星などとその道ではいうのですが)が入っています。毎回のオープニングのタイトルバックで、准一・官兵衛は高原状の台地を流星を顔に班下したウマで駆けています。

実は、これはありえないことで、毎回、気になってしかたありません。

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小回りのきく在来馬の顔と足に白い斑紋なし

在来馬といわれる、当時の侍が騎乗していた列島のウマには顔面や脚部に白い斑紋が入ったものはいませんでした。准一・官兵衛が股がっているウマは、近代以降に入ってきたサラブレットなどの軽種とされる種類のウマですが、体高についても当時のウマは軽種馬よりも10センチから20センチは低い小柄なものでした。小柄で機敏な動きがとれ、戦場では精悍な活躍が期待できたのです。

かつて戦陣で侍を背にしていた8種の列島固有のウマが、現在でも全国に8 ヶ所で飼育あるいは半野生の状態で保護されていますが、いずれも顔や脚への白斑はありません。

ドラマの話しですから、まあ、いいのですが、ちょっと気になる大河・官兵衛の話しでした。

在来種のトカラ馬(筆者撮影)

在来種のトカラ馬(筆者撮影)

Frco Don・記

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長政が馬が苦手だったエピソードのつづきはこちら




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