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隆大介さん公式HPより

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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

悪役商会みたいな官兵衛の叔父小寺休夢は実は超文化人だった【軍師黒田官兵衛百物語54話】

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大河・官兵衛では隆大介さんが演じ、馬上で長柄の槍を振り回す姿などを見せて活躍する小寺休夢は、官兵衛の叔父であり、父・職隆の一番上の実弟です。

隆大介さん公式HPより

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その名の休夢は、播磨時代の黒田一門の本拠地・姫路を流れる夢前川の上流にあった有明山城、砥堀山城とも、を預かっていたところから、その流れる川の上流に休むほどのつもりのモノかと思います。

実は休夢、その有明山城と同所に境内を広げる、増位山随願寺で出家剃髪した僧侶でもありました。休夢との名は休夢善慶が正しく、法号なのです。

休夢出家の増位山随願寺本堂(Wikipediaより)

官兵衛幽閉時に黒田一門を結集させる

官兵衛が有岡城幽閉の土牢に閉じ込められていたあいだは、織田方への黒田一門の忠誠を示すために、特に秀吉近くに仕えるなどの活躍を見せました。

そんな休夢はまた、茶人でもあり、天正五年(1577)6月に、信長の茶堂・津田宗及から、官兵衛とともに茶をふるまわれた記録が伝えらています。

天正十五年(1587)年の島津氏征討の為に秀吉が九州へ下ると、茶堂として従軍したことが神屋宗湛の茶会記に出て来ます。その会数は22回。天王寺屋会記など四大茶会記での登場を数えると40回を超えています。

なかで、秀吉に関係した茶事の記録は、島津氏征討戦後、秀吉が九州を発する最期の会や、朝鮮出兵時の肥前名護屋城に設えられた茶室の広めの茶事で茶堂を勤めるなど、 重要な役回りを果たしています。

馬上で長柄の槍を振り回す姿とは、また違った、小寺休夢の晩年の姿です。文禄三年(1594)3月に死去。生年は不詳です。

Frco Don・記

つづく

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