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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師官兵衛百物語56話】ドン・シメオン官兵衛!小西行長との縁でキリシタンに

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官兵衛がキリスト教へと入信し、洗礼名・ドン・シメオン官兵衛となったのは、天正十一年(1583)のことで30歳の時のことだとされています。ただし、キリスト教側の学者のなかには天正十三年(1585)説をとる人もいるようです。

同年四月には、秀吉が賤ヶ岳の合戦で柴田勝家を敗り、天下人としての位置を確かなものし、九月には築城にかかるというような時期でのことでした。

フロイスがイエズス会本部へと官兵衛の入信について報告した記録が遺されています。

今回洗礼を受けた者の中に、羽柴筑前殿の顧問の一人すなわち官兵衛がいた。その才能により諸人より少なからず尊重され、羽柴(秀吉)と山口の国(毛利・小早川・吉川)との間の平和も彼によって成立したのである。
ジェスト右近殿(高山右近)が摂津の国におけるのと同じく、彼は播磨国において大なる勢力を有し、ただにその部下をキリシタンとなすのみならず、筑前殿(秀吉)の顧問等及び備前国の大身等の彼を父のごとく思える者をも勧めんと決心した。海の司令官アゴスチニヨ(小西行長)がこの人を動かし誘引したのであるが、彼を洗礼に導いたのはジュスト右近殿と飛騨守殿(蒲 生氏郷)である。
〈イエズス会日本年報 下・四十九〉

「山口の国との間の平和」とは、中国攻めののちに、秀吉の命で官兵衛が取り組んだ、毛利氏を相手とした国境画定交渉の妥結を言っています。
フロイスは、国境画定交渉における官兵衛の業績を高く評価し、宍粟郡二万石の小領主に過ぎなかった官兵衛のことを、播磨一国を領有する大守であるかのよう勘違いして述べています。フロイスの報告には、結構、勘違いが見られ、この日本の戦国史に大きな足跡を残した宣教師の性分は案外軽率だったことがしのばれます。

更に、秀吉の顧問の立場にある将や、播磨隣国の秀吉の養女・豪の婿である宇喜田秀家の重臣などに対する、官兵衛による導きに期待をかけています。

期待のとおりに官兵衛が、天下人・秀吉の周辺に信徒を増やしてくれれば、教会にとってこれほどの恩寵と思えることはなかっただろうし、今後は、側近である官兵衛を通じて秀吉へ、キリシタン政策に対する進言や助言も可能になったと考えれば、いくぶん軽さがあった人物との後世の評があるフロイスにしてみれば、期待はふくらむ一方だったに違いありません。行間には、秀吉本人の入信への期待さえ読み取れます。

肥前白石(現佐賀県出身)で元、琵琶法師であったロレンソという盲目の日本人修道士がいました。

ある日、秀吉はロレンソとの会話の中で「もし伴天連らが予に多くの女を侍らすことを許可するならば、予はキリシタンになるであろう。その点だけが予にはデウスの教えが困難な ものに思えるのだが」と冗談を口にしたといいます。〈フロイス日本史・一巻〉

フロイスの期待に反して、モーゼの十戒に唱われた第六戒「汝、姦淫するなかれ」を守りがたいと、朗らかに冗談を飛ばす姿は、信仰を受け入れる感性からはほど遠いところにあります。

フロイスの報告にあるように、「海の司令官アゴスチニヨ」たる小西行長によって官兵衛はキリスト教と出合い、受洗はジュスト右近たる高山右近と飛騨守たる蒲生氏郷によるものでした。

この回から、島津征討・九州平定戦の軍師・官兵衛の姿を追います。九州での官兵衛の活躍は、イエズス会史料に詳しく遺されています。キリスト教を信仰するサムライとしての顔も含めてお伝えいたし ます。

Frco Don・記

*なお、官兵衛が大坂城の普請総奉行だったと小和田哲男氏が「黒田如水」で書かれていますが、地元の研究者で元大阪城天守閣学芸員の中村博司氏が
「近年、官兵衛がこの本丸築造時の「大坂城普請総奉行」であったとの記述(小和田哲男著『黒田如水』ミネルヴァ書房2012)に接して驚いた。その根拠史料は何であろうか。管見の限り、大坂城の本丸普請にかかわってその普請総奉行を明治するような史料に接したことはない」

「小和田氏の掲げる(天正十一年)八月二十八日付官兵衛宛秀吉書状は氏もいわれるように、黒田の領内から動員された石運び人足の作業にかかわる「掟」(ほぼ同文の「掟」が前野長康、一柳直末、赤松広秀らにもだされている)であって、そこに官兵衛が普請総奉行であることを示唆するような文言は含まれていない。」

「官兵衛の役割は、縄張り設計者でも普請総奉行でもなく、播磨の黒田領内から石材運送にかかる人夫役の領民を動員したことくらいであろう」

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と指摘しております。(100、101頁『大坂の陣と真田戦記』洋泉社MOOK、2014)

 




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