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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師官兵衛百物語73話】秀吉の夢はねねの夢「大陸・朝鮮侵攻発動」

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島津征伐で筑前箱崎浜(福岡市)で秀吉は天正十五年(1587)6月の凱旋茶会を繰り返していました。
「遊び」ながら、伴天連追放連を出したように重要な政策を決めていきます。さらに、この地でより重要な外交政策の方針が固まったようです。秀吉は陣中から正妻のねね(北政所)に「朝鮮王室に対して、わが国の朝廷に仕えるよう早船で使いを遣った。従わないということであれば、来年には征討の軍を興すと」との書状を送っています。

千利休も大陸侵攻のアドバイザーだったのか?筑前筥崎宮本殿沙庭にある利休が寄進した灯籠

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よく知られていることですが、朝鮮半島、そして大陸への侵攻の意志は秀吉に先駆けて信長にみることができます。
それを指摘しているのは、「日本史」の著者で宣教師のルイス・フロイスです。フロイスは、毛利平定後、国内のことを息子の織田信忠に譲り、自分はシナ(中国)を攻略すると信長が語ってことを記録してます。
秀吉は島津征伐に先立つ、天正十四年(1586)の3月に大坂城を訪れたイエズス会日本管区副管区長のガスパル・コレリョに対して、国内平定後には、朝鮮半島と大陸を征服する意志を語っています。
尾張の片田舎から身をお越し、二人して天下を統べる位置まで辿り着いた秀吉とねね。二人は、世界というものを感じる夢に向って、素直に手を取り合って邁進したと解釈する方がリアルですし自然ではないでしょうか。

Frco Don・記

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つづく

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