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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師黒田官兵衛百物語76話】黒田如水はキリスト教のホーリーネーム

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隠居に続いて、官兵衛は朝鮮出兵時に出家し如水円清(えんしん)という法号を名乗ることになります。

ところが、誰を導師に剃髪したのか記録が残っていません。

黒田菩提寺の筑前糟屋郡十里松原の崇福寺に或る官兵衛墓碑の撰文には、官兵衛最晩年の慶長六年(1601)に京都大徳禅寺三玄院をはじめて訪れたとあります。最初の朝鮮出兵が文禄元年(1592)ですから、剃髪したとされている年から11年後の話です。

官兵衛はキリシタンでもあったことからドン・シメオンという洗礼名も持っていまし た。不思議なのは官兵衛のキリシタン印影にはsimeon Josui(シメオン・ジョスイ)とあり法号までローマ字で入っていることです。

キリシタン印影は長政をはじめ大友宗麟・細川忠興など、キリシタン大名のものがいくつか伝えられていますが、法名を入れたものは他に今のところ見ることがありません。

「ジョスイ」は旧約聖書のヨシュア記で知られている、司祭ヨシュアのポルトガル語発音に似ているという話しがあります。
そのことから官兵衛は、あろうことか仏界での名である法名にキリスト教の信仰を隠していたのかもしれないということを説もあります。

参禅の記録が最晩年に限られ、法号や得度式を受けた形跡がないこと、そしてキリシタンとしての印にわざわざ「ジョスイ」と 入れていることから、「ジョスイ」ヨシュア説は強(あなが)ちなことだと言えないかもしれません。

ちなみに最後までキリシタンであった小西行長(関ヶ原合戦で刑死)の兄は小西如清。これも相通じるのかもしれません。

Frco Don・記

豪商・神屋宗湛宛キリシタン印官兵衛書状(一部)

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