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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

天下なんて狙ってなかった!家康への忠誠の九州転戦【軍師黒田官兵衛百物語89話】

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事実は小説より奇なり、とはよく言われますが、小説のようなお話はやっぱりフィクションであるということもまた歴史の真実です。

前々回(関ヶ原合戦20日前の井伊直政の書状から分かる家康―官兵衛・長政の蜜月ぶり【軍師黒田官兵衛百物語87話】に紹介した、慶長五年(1600)八月二十五日付の家康重臣・井伊直政による黒田長政宛書状で、九州で東軍を興し西軍の諸城を攻めることを家康が許したことを確認した官兵衛。

美濃・関ヶ原での合戦の火ぶたが切られる九月十五日を前にした九月九日から同年十一月までのあいだ九州を転戦することになります。

同書状の日付の八月二十五日から推測すると、官兵衛が息子の黒田長政を通して家康に対して九州の西軍諸城の攻撃計画を報告したのは遅くとも八月初めと考えられます。ちなみに八月一日には家康の家臣鳥居元忠が守る伏見城(京都市伏見区)が宇喜多秀家、小早川隆景、島津義弘ら西軍方に襲われ陥落してい ます。

家康との連絡が長政を介して行われたことは、この間の父子のあいだには統一された意志があったということも確認できます。

官兵衛は九月九日に中津城を出ました。
最初の敵は、大友宗麟の嫡男義統。大友は、朝鮮出兵での失態から奪われていた旧領の豊後(大分県)を奪還しようと、毛利家の支援を受けて、豊後の国東半島に上陸しました。しかし、官兵衛はこれを別府の石垣原の合戦で破ります。

さらに、秀吉恩顧の将で国東半島の安岐城の熊谷外記、富来城の垣見理右衛門を九月半ばまでに下して、豊前へと転戦します。ここでは「然れば毛利壱岐守所へほどなるべく相働かれ、申し付けれるべく候」と、ある豊前小倉城の毛利吉成(壱岐守)を攻撃するよう命令する家康からの九月廿八日付けの書状を官兵衛は受け取っています。

転戦中も官兵衛は家康と連絡を取り、家康の命令を根拠に軍事行動を展開していたわけです。

家康の命令を受けると、小倉城で毛利吉成を降らし、久留米城、立花城と筑後を十月末までには攻略しました。
肥後南部(熊本県)の西軍の小西行長の本拠地・宇土城や天草地方を攻略した加藤清正と合流すると、薩摩(鹿児島県)の島津を攻めるべく南下。肥後・薩摩境、現在の熊本県と鹿児島県の境へと軍を進めます。

ここで官兵衛は三たび、家康の書状を受け取ります。
今度は、停戦命令です。
十一月に入り、寒期となったことから停戦とするという内容です。また、家康はそなたからの報告はいちいち確認していると記し、官兵衛が「九州の関ヶ原戦」の状況報告を家康に対して逐次おこなっていたことが確かめられます。

官兵衛の九州関ヶ原戦はひたすら、徳川家康へ忠誠を示し、家康政権樹立の為の戦いであったといえます。

最後に、よく引き合いに出される「一合戦つかまつるべしと存じ候」とある関ヶ原の合戦から約半月後の十月四日に官兵衛が、西軍の毛利隊を押しとどめることに成功した吉川広家に対して差し出した書状についてふれます。

関ヶ原の合戦が長引けば、天下を狙って家康とのあいだに「一合戦つかまつるべしと存じ候」(戦ってやろうではないか)という意味だと言われるのですが、そう解釈するのには無理があります。

「一合戦つかまつるべしと存じ候」の前後の文脈は、関ヶ原の合戦で東軍側に寝返りはしたものの、元々西軍側だった吉川家の今後についての家康への取りなしを息子の長政に行わせるということ、十月四日以降の九州での自分の行動予定についてふれています。

この前後を考えると、この「一合戦つかまつるべしと存じ候」とは、関ヶ原の合戦が長引けば、自分も東上して家康さまのために一合戦し、貢献したかったとしか読めません。

天下取りへの下心を言ったものだとされるこの言葉は、実は、まったく逆で、家康のために戦う姿を見せたかっと言っているわけで、家康への忠誠を表明する言葉に他なりません。

関ヶ原の合戦に前後する官兵衛については後世の期待を捨てて考えたいものです。

Frco・Don・記

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この時の話を動画にしてみました。(★解説中「小早川隆景」と出て来ますが「小早川秀秋」が正しく、間違いです汗)




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