日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

吉田松陰と松下村塾 名脇役

一生女性経験なし?松陰と遊女、女囚高須久子の関係は【吉田松陰と松下村塾百物語第6話】

更新日:

江戸を目指す旅の途中の三島宿の宿で、宿付きの遊女・いわゆる飯盛女から誘いを受けたものの、朝まで読書を通したという話を松陰は自ら語っています。部屋に入って来た遊女に松陰は「海防」の書を語って聞かせようと言うと、勝手に音読をはじめます。呆れて布団に入った女は寝入ってしまいますが、松陰はそのまま朝まで読書をして過ごしたというのです。

松陰の人生の中で女性が主役になって登場してくる話は他に、野山獄に幽閉されていたあいだに、女囚の高須久子とのあいだに相聞を交わした、歌を交換したという話があります。

大河ドラマ花燃ゆでは色っぽい女囚を井川遥さんが演じています(絵・霜月けい)

大河ドラマ花燃ゆでは色っぽい女囚を井川遥さんが演じています(絵・霜月けい)

高須久子は三百取りの家の娘で婿をとり家を 継いでいましたが、夫と早く死に別れ、悲しみからか、三味線の師匠などを自邸に呼び遊興に時間を費やすことが多くなります。このことを疎んだ、家族による押し込めといいますが、讒訴によって牢に入っていました。

その久子と松陰は心を寄せ合い歌を交わしたと言います。ほんとうのところは、歌作の練習ていどの積もりしか松陰にはなかったと思いますが、この話を主題にした小説などもあります。

勤王僧として知られている月性が松陰の嫁取りの話を成功の直前まで進めたという話が残されています。意外にも月性は縁結びが得意だったそうですが、阿月、現在の山口県柳井市阿月の領主、浦氏の家老秋良敦之助(あきらあつのすけ)の次女・鶴との話を、本人の松陰 のみがウンと言わないなか両家を取り結び進めていきます。

しかし、松陰の野山獄入牢で、松陰の生涯の後にも先きに一度だっただろうと思われる、この縁談は壊れてしまいます。

松陰の一番上の妹千代が、七十七歳になる明治四十一年に雑誌の取材に応じて、「罪人という身の上だから、表向きは、たしかに妻を娶るわけにはいかないが、せめて身の回りの世話をする女性ぐらいは、近づけてはどうか」などと、親戚に言ってくる方もいたようですが、親切心から、そう言ってくださったものと思いますが、それは、兄の心のうちを知らない人の言葉ですから、そのことを兄に、面と向かって言った者はいませんでした。兄は、生涯、女性と関係をもつことはありませんでした 」と話しています。

スポンサーリンク

Frco・Don記

 




1位 西郷隆盛49年の生涯!


2位 ホントは熱い!徳川家康


3位 意外と優しい!? 織田信長さん


4位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


5位 毛利元就の中国制覇物語


6位 伊達政宗さんは史実も最高!


7位 最上義光 名将の証明


8位 最期は切ない豊臣秀吉


9位 史実の井伊直虎とは?


10位 もしも戦国武将がサッカー日本代表だったら?


武将ジャパン・TOPページへ戻る



-吉田松陰と松下村塾, 名脇役
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.