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あさが来たレビュー

『あさが来た』ネタバレ感想レビュー第25週「誇り高き人生」 ヴォリンガーのように問いかけたい

更新日:

 

おはようございます。いよいよラスト二週です。ドラマを彩ってきた様々な人とのお別れが待っています。

 

3月21日(月)

大阪は大阪恐慌の波にさらされます。明治維新後最大のピンチです。

千代とうめは、東柳の来訪を待っていました。するとそこへ客たちが押しかけて来ます。このあたりの描写は銀目廃止の維新の時とほぼ同じです。銀行倒産の煽りを受け、加野銀行も顧客がパニックになっているようです。

顧客はついに暴徒化している中、新次郎は涼しい顔です。これも彼のキャラクターなのでしょうが、だんだんとこの上から目線でドヤァされるような態度、ちょっと鼻についてきました。ここであささえ来れば大丈夫的なことを言う新次郎。東柳はこの光景を見て驚きますが、そこへあさと亀助が暢気な様子でやって来ます。

よっしゃ、いきまひょと出て行くあさ。ここで流石あさだという展開にしたいのでしょうが、これもやり過ぎというか、あさが余裕ありすぎて嫌味です。全開の銀目廃止の時は、どうしてもお金がないという母親の言うことを親身になって聞いて融通していたあさ。今回はドヤ顔で潰れるわけないみたいなことを怒鳴るわけで、本当にこの人は退化しているなあ、とがっかりしました。この空気の中、深刻におろおろしている榮三郎と平十郎が小物扱いで、あさと亀助が大物の雰囲気を漂わせているわけです。

平十郎は官僚出身で、銀行創設の時も無敵といってもよいほど有能なのに、そこがピークでひたすらあさの引き立て役にされている気がします。榮三郎も幼少期の聡明さがピークで、成長後は新次郎とあさと比較されて小物扱いされているような気がします。

大阪恐慌の荒波は作中十分ほどでおさまり(いや、このあとも続くんでしょうけどあとはどうせほぼちゃんとやらないでしょう)、続きは千代と東柳、あさと新次郎のカップルの話に。新次郎があさの肩を揉む場面なんて、好きな人には本当にたまらないと思います。

新次郎は三味線仲間が高齢化したためか、茶をがんばろうとしているとか。あさはその新次郎の様子に不安を覚えるのでした。

時代もかわり、今は電話が通じ、一部照明も電化しています。あさは大隈から電話を受け、心配されていたと知ります。

 

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3月22日(火)

あさは生命保険会社の合併を行うと言います。あたためていた案だそうですが、周囲に相談もせず自分の中で結論付け、断交する姿はワンマンにも見えます。

千代は東柳と結婚の準備中。ウェディングドレスに興味を示す千代ですが、東柳は和服派とのこと。そこへ平十郎が浴衣姿のままニュースを持って駆け込みます。最近本当にこの何か話している所へ誰かがニュースを持って駆け込んでばかりだなあ。どうやら日銀が融資を決定したため、大阪恐慌は収まるとのこと。維新以来最大の危機は、作中僅か二日で解決しました。

新次郎があさと話しながら昔を回想します。ここで砂時計が映るため、彼の死を予感してやきもきするファンも多いことでしょう。

日の出女子大であさは、シェイクスピア『ロミオとジュリエット』をテーマにした講義を受けます。ここで新次郎の目には、あさが少女時代の姿に見えるのでした。この場面は久々によいと思えました。あさの向学心、好奇心という原点が見えました。千代があさへの敵愾心からドレスに興味を失ったとか、成澤と宜のロマンスのしょうもない予感とかより、こういう場面が見たいんです(宜のモデルは女子大入学時には既婚子あり)。

生命保険会社の合併は、史実では相当ごたごたしたそうですが、作中ではあっさりまとまりました。割を食ったのは平十郎で、活躍する場面がことごとくカットされるか、あさの引き立て役にされているんですよね。合併先の社長はアナウンサー二名。山本耕史さんの土方歳三という、ビッグでサプライズなゲストから始まった本作ですが……終盤まで大物は出せなかったようです。

 

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3月23日(水)

生命保険事業合併はあっさりと成功し、名前は「淀川生命」になります。元ネタと違って漢文的な意味はないようです。こうした展開の合間に、新次郎の死期が近い予感がそれとなく挟まります。

美和のレストランでは、美和と平十郎がよい感じです……正直この無理矢理な恋愛は、成澤と宜と同様、個人的には余計なノイズに思えるんですよね。特に美和のキャラ崩壊と言いますか、個性が崩壊したのは残念です。

美和はお色気たっぷりの、あさの恋愛面でのライバルになりうる存在として登場しました。そう見せかけておいて、自分の三味線の腕前に誇りを持ち、さらにレストランオーナーになって、自立し商売をするあさの友達にもなりうる人物であったはずです。

それが回りに回って年齢不詳のお色気枠に戻って閉まったと言いますか……演じた野々すみ花さんのブログによると、美和の出番はかなりカットされているそうです。五代や他の人気キャラの出番のために、彼女の出番がカットされてしまったのでしょうか。かなり好きなキャラだけに、残念です。こんな余った者同士を適当にくっつけた、みたいなカップリングやめてくれよ〜……。

そしてこのレストランに、ヴォリーズがモデルのヴォリンガーという日本語達者な外国人青年がいます。近代化で日本はワンダーランドとしての魅力を失ったと嘆くヴォリンガーに、あさは西洋化で近代化できたのだから仕方ない、もう国家の朝を通り越してきた、と語ります。

この場面、正直どうかと思いました。

ヴォリンガーの嘆きに対して、あさが論点をずらしているように思えます。近代化のために西洋化は必要という理屈はその通りにも思えますが、それが彼の問いに対する適切な答えであるとは思えないのがひとつ。明治になってからの日本は貴重な美術品を二束三文で海外に流出させ、廃仏毀釈で寺社仏閣を破壊し、城を潰してしまうような暴挙もやらかしてきたわけです。ヴォリンガーが嘆いたのは、そういった日本の伝統や美術への乱暴な感覚ではないかと思えたわけです。それに対してあさは政治の話に論点をずらしているように思えて、さらにそこから自分の理論を展開させていて、とても不誠実な答え方をしているように思えました。

そして政府のやり方をそういうもんだ、仕方ないと弁護するあさからは、かつての輝きが消えました。「明治維新なんてクソくらえだす!」と政府の高官である五代に啖呵を切っていた魅力は消えました。

そりゃそうだなあ、政府とズブズブの今井家の娘で、薩摩の五代にも目をかけられ、お手紙を書けば政府高官とすぐ面会できるあさならそうだろうなあ、セレブ勝ち組はそうだろうなあ、という気持ちがわいてきてしまいます。

史実の広岡浅子は明治日本の行く末に憂いをこめた気持ちを抱いていましたが、ドラマではそんなこともありません。史実は史実、ドラマはドラマ、という意見は当然あるでしょうけれども、史実からキャラ改変したことで深みもさっぱり消えているわけですので、これはねえ。最近のあさはキラキラ女子とワンマン実業家の両面をあわせもつ、何とも鵺めいた人物になってしまいました。

そんな中、亀助は会社が大きくなり過ぎてアットホームさが失われたと嘆くのでした。

新次郎は和歌山へ向かいます。死期を悟った行動なのでしょうが、前振りがないので唐突ではあります。玉木宏さんの加齢演技は絶品の一言。ただ老けているのではなく、歳月の重みを感じさせます。彼はこの新次郎役で従来のイケメン枠から一皮剥けたと言えるのではないでしょうか。眉山家では養之助に子が産まれ、はつと惣兵衛はおばあちゃんとおじいちゃんになっています。

 

3月24日(木)

今日は千代の美しいウェディングドレスから始まります。千代はドレスはいらないと言うのですが、あさはよのから衣装について任されていると説得します。

それにしても、『花燃ゆ』で美和が着ていたのカーテンドレスもそうでしたが、この手のドレス作成に必要な採寸という過程を、NHKはガン無視するのがお約束のようですね。『カーネーション』での糸子の努力は何だったのか……サプライズでこの手のドレスは絶対作れませんので、今後こういうことはやめてください。

このドレス姿の披露宴場面はなく、白無垢姿がお披露目されると次は美和のレストランでの二次会へと場面が切り替わります。ホテルを借り切って、多数参加したというパーティは脳内補完してね、ということでしょう。終盤で予算がもうないのか、セレブ生活をしているわりには肝心の場面がありません……朝ドラの限界です。

二次会では東柳はしっかりしていると話題に。この感心させた態度というのが、自分はエジソンを目指すとかそういう意識高い系学生スピーチみたいなものです。以前「ナポレオンみたいに女性に偏見がない」とずれたことを口走った東柳。なんでそこで発明家エジソンを出すんだ、気持ちはわかるけど発明家ではなく金融関連の人間を出さないのか、と突っ込みたい気持ちがあるのですが。とりあえず東柳が知ったかぶりというより、西洋の有名人を出しておけば意識高く見えるだろ、と安直に考えてしまう制作側の問題でしょう(これも『花燃ゆ』でやっていましたが)。それよりびっくりぽんを榮三郎にまで感染させるとはねえ。

成澤は東柳に、千代のどこがいいかと聞きます。それは資産家ご令嬢という価値、とは言えませんわな。なんでも上方弁にビビビと来たそうです。

この場面で、新次郎の飲みっぷりが悪いことが示され、生命のカウントダウンがまた始まります。具合が悪いわりには和歌山と大阪間を高速移動している、と意地悪なことを言いたくなるので、口をつまみますね!

千代は順調に妊娠し、周囲を喜ばせます。

あさの元には、長期休暇となると女学生が遊びに来るそうです。西洋のおなごのように自分の意見を主張しましょう、と諭すあさでした。

和歌山では、惣兵衛が倒れていました。終盤はいろいろな人の人生の終わりが描かれるようです。ちょっと食傷気味ですが。

 

3月25日(金)

うーん、今日は何でしょう。終盤の成澤と新次郎の会話以外は惣兵衛さよならリサイタルでした。

はじめに断っておきますが、私は惣兵衛もはつも好きです。眉山夫妻の絶品演技、回想たっぷり、惣兵衛のはつへの愛情みっちり、初めてあらわになるはつの感情と、まさに極上のファンサービスだと思います。しかし物事にも限度があると言いますか、ファンサービス過剰で、二次創作味を帯びすぎているといいますか。眉山家パートは本筋から外れているだけに、余計そう感じてしまいます。

後半、惣兵衛の死でしんみりしているところに成澤が出てくると、何もかもぶちこわしだと感じてしまいました。この男がえらそうに人生観や死生観を語ったところで、胡散臭さしかないのです。

やはり本作は、前半で人気が出たキャラクターで回していると再確認しました。前半キャラの人気頼りのため、彼らの出番を増やす。それで圧迫されて、後半登場キャラの出番が減り、魅力が出せないから出番を減らす。その分前半キャラを出す。そうした負のループに入り込んでいる感があります。

眉山夫妻は素晴らしい。柄本さんはここまでの出番お疲れ様でした。新次郎の黄昏れた演技も素晴らしい。問題はもっと別のところにあります。

 

3月26日(土)

新次郎の具合を案じるあさ。玉木さんの老け演技は絶品なのですが、どうにも既視感と陳腐さがあるのは、五代と同じパターンだからだと思います。五代の死だけで一週間まるごと使ったのは、やはりマイナスになったのでは。

あさは世間で女学生の素行が叩かれていると嘆きます。あさは女学生は頑張っているのにと悔しがります。

和歌山では眉山家がその後について話し合っています。男手が足りないのだから残ろうとする藍之助ですが、はつは山を半分売ってもいいのだから大阪に行くように、と言います。この議論はいつも不思議なのですが、眉山家は給金を出して使用人を雇うという選択肢はなぜ思いつかないのでしょうか? どうしても血縁の人間だけでミカン栽培をしなければいけないという縛りがあるのでしょうか? どうにも眉山一家の問題というのは、無理矢理視野を狭くして作り出しているような不自然さがあります。

あさは成澤の代わりに、日の出女子大の教壇に立ちお説教モードです。新聞記事を取り上げ、素行が悪いと叩かれるようなことをするな、と言います。ここで一人の女学生が「話長いなあ」とつぶやきます。確かに、あさの話すことは説教臭くあまりよい話とは思えないのですが。文句を言う学生はのちの平塚らいてうです。らいてうがあさに否定的なことを書き残しただけで、こんな嫌な感じの描写をするのは正直疑問を感じますが……。

ちなみに明治期の女学生が何故叩かれたかというと、若い女がうろうろしていると風紀が乱れるという、理屈があるのです。現代でたとえるなら、セクハラにあった女性を「おまえがそんないやらしくて魅力的だから悪いんだ」と責めるような理屈なわけですが。そういうところを無視して「あんたたち、しっかりしなさい!」と上から目線で説教したら、らいてうのような女性はカチンと来るのもやむを得ないのではないか、と思えます。大島優子さんを最後の大物ゲストとして目立たせる気かもしれませんが、ただでさえごちゃごちゃした最終盤にあまりいらない展開の気がします。

千代は予定より早く産気づきました。あさは慌てて千代の出産に駆けつけ、無事あさの初孫が生まれます。

あさの保険事業への関わりがここで描かれます。初孫の世話はあさが行わず、新次郎がしているようです。世話をするお手伝いさんは、という疑問は本作では抱いてはいけないようです。眉山家が誰かを雇おうとしない、千代に女中がつかない。あさの孫に世話役がつかない……疑問を持つなということですね。

あさは新次郎に、病院に行ってくれと頼みます。

 

総評

今週一番印象的だったのは、ヴォリンガーとあさの会話でした。この短い会話に、本作の問題点が凝縮されているように思えたのです。

あさの言うように、明治という国家にとっても、本作にとっても、まだ暗さの残る朝は終わりました。それと同時に、本作は序盤前半にあった陰翳を失ってしまったとため息をついてしまいました。

豪壮な屋敷の裏にあった千両箱のない蔵。明治維新の抱えていた構造的な欠陥、そしてそれに振り回される商人。繁栄の影で没落していく、はつを含めた人々。ガス灯の灯る華やかな東京で凶刃に斃れた大久保利通。繁栄を享受する一方で、どこかにしわ寄せがある。そんな陰翳がドラマをより深く見せていたのだと、のっぺりと明るい光だけになったこの頃の展開と比較して、そう感じてしまうのです。

あさが教育者としてあまりよく見えないというのも、このあたりが原因かもしれません。あさは理想という綺麗な面ばかりを強調していて、現実の暗さや明治の女性が直面していた苦境には関心があまりないようにも思えます。はつの存在で取れていた陰翳のバランスも、最近は崩れているように思えます。終盤人の死を立て続けにいれることで工夫をしているのかな、とも思えるのですが、くどさが増しています。史実の浅子が持っていたような、世間への疑問が作中でももう少しあればましだったのかもしれませんが。

私もヴォリンガーのように、何か失ってしまったのではないですか、と言いたいところです。しかし言ったところで無駄でしょう。彼の問いかけに対してあさは論点をずらし、成功したのだからそれでいいとまとめてしまいましたからね。朝から元気で明るい気分になれたらええ、高い視聴率を取れていたらそれでええんや、というのが制作側の答えでしょう。もっとこう、ドラマの魂のようなものを期待したのは、高望み過ぎたのでしょうか。

 

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