『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』/amazonより引用

おんな城主直虎感想あらすじ

『おんな城主 直虎』感想レビュー第11回「さらば愛しき人よ」 他人事として捨て置けない破滅の物語

 

頼みの綱の瀬名は人質としての価値がない

次郎たちは岡崎に着きます。
松平元康には井伊を救援する余力はありませんでした。そもそも松平側から見たら井伊に協力を持ちかけていないわけで、井伊が勝手に勘違いし、今川の策にまんまと乗せられて自滅しそうになっているわけです。助ける義理はないんですよね。次郎が瀬名を助けたというのも、そこまで恩を着せられるほど活躍はしていないわけです。

次郎は瀬名を頼ろうとします。次郎は常慶から、今川出の瀬名が松平家であることから冷遇され、寺にいるという辛い事実を聞きます。
瀬名が助かった時はほっとしましたが、戻った先でこの待遇というのは何とも言えません。これならば戻らないで自害していた方がよかったのかとまでは言う気はありません。
ただ、瀬名がもしあのまま今川によって処刑されていたら、彼女は犠牲になった健気な妻として後世評価されていたのではないかと思います。

元康はこの次点で瀬名に対して負い目を感じてしまいました。その罪悪感を軽くするために、「瀬名は酷い目にあったけど、彼女にも悪いところがあったのだから自業自得だ」と言われるように悪い評価をなされてしまったのではないかと思います。昨年の淀の方もそうでしたが、「悪女」とされた人物というのは実に哀しいものです。

次郎は瀬名に会うため寺に行き、井伊谷まで人質として来て欲しい、そして松平に合力を取り付けたいと頼みこみます。ヒロインが「人質」という手段を用いようとするのがただの「善良な女性」ではないと思えます。もっとも次郎や井伊の人は瀬名を殺すとは思えないわけで、そしてそれはおそらく相手にもわかるわけで、そうであれば人質としては意味がないわけです。
瀬名は自分に人質としの価値はないと次郎の頼みをはねつけます。瀬名には二度目の助命はないとわかっています(そしてそれはのちに現実となります……)。
自分の命も、我が子の命も、夫はきっと助けようとしないと悟ってしまった瀬名。それまでにどれだけの苦しみがあったのかと想像すると哀しい。それを演技で表現できる奈々緖さんも素晴らしい。
しかし何度も頼みこむ次郎に瀬名は折れて、支度をしてくると言ってその場を去ります。

 

結局、父と同じ道を辿ってしまいそうな政次

ドラマでは昨年、史実ではまだ先のことですが、石川数正出奔も昨年と今年のセットで腑に落ちますね。そりゃこれだけ瀬名や元康を救い、仕えてきたのなら、その死が心の棘となって刺さりますよ。そこをうまく真田につつかれたら、出奔もしてしまいますよ。今年と昨年の補完関係は実にうまく機能しています。

次郎は瀬名と竹千代を連れて寺を出ようとしますが、非情にも寺の門は次郎の背後で閉まり、瀬名たちは寺の中に留まります。
井伊には行けない、井伊に置き去りにされては今川を手に入れることはできない、亡き母との約束があると涙ながらに断る瀬名。戦国の世での友情は、たとえ思いが強くても阻まれてしまいます。
松平の冷たさを詰る次郎。本作の松平元康は、真っ白な救い主ではないのです。前述の通り、現時点での松平に井伊を救う義理はありません。そうとはわかっていても松平には失望してしまいます。

駿府の政次は、父の言葉を反芻し、結局、父と同じ道をたどるのではないかと絶望しています。

この絶望の演技が魂を砕かれた表情そのもので、顔だけではなく握りしめる掌までどん底にいることを伝えてきて、高橋一生さん渾身の演技が光ります。氏真に直親がなかなか来ないと言われた政次は、涙で目を光らせながら「少し脅すとよいのではないか」と助言します。これでもう政次は逃れようがない道へと踏み込みます。彼の運命は、次郎とも直親とも切り離されました。

政次の助言を聞いた今川は、井伊谷まで軍勢を率いて押し寄せます。
井伊直平、中野直由、奥山孫一郎は迎え撃つと息巻きます。このトリオが「平均智謀12」くらいに見えて大変つらいのです。この状況で撃退できるのはそれこそ真田くらいですから。何度も言いますが昨年のあいつらは異常でしたから!

 

「これ以上見送るのはごめんだ!」直平、号泣

直親は「虎松が追い詰められたらばそのようにお願いします」と言います。これは、虎松(後の井伊直政)はともかく、自分を庇う必要はないということです。
直親は己の失態なのだから、己が身を捨てるのが筋だと言うわけです。

直平は「これ以上見送るのはごめんだ!」と号泣します。思えば直平は娘の佐名を喪ったばかりです。息子たちも孫たちも今川に殺されるか、巻き込まれるかして亡くなってきました。
父・井伊直満の死後、他国に隠れ忍び、必死で生き延びてきて、やっと十年ぶりに戻って来た直親。井伊の未来の象徴であった、輝くような若き当主であった直親。その命は父と同じ運命をたどり、風前の灯火なのです。

場面は変わり、龍潭寺です。駿府での政次の苦しみと裏切りを知らない直親は、南渓に対して「私は、政次は井伊を守ったのだと思いたい」と言い切ります。この言葉をもしも政次が聞くことができていたらと思わざるを得ません。直親の言葉は、半分正解であり不正解でもあります。井伊を守るために、政次は裏切り者の汚名を着ざるを得ない裏切りの道を選んだのです。

自邸に戻った直親を待っていたのは、妻のしのと嫡子の虎松でした。目に涙をためて、八の字眉で涙をこらえるしの。虎松はきっとこのあと井伊を救うと語りかける直親。これはもう、彼自身では井伊谷を背負っては立てないという意味でもあります。幼い虎松にとって、これが父とは今生の別れとなるのでした。

「生きておれば、必ず好機はある」
虎松にそう語りかける直親。何もわからない虎松は無邪気に頷きます。
この場面は、なかなか残酷な要素があります。直親は虎松を産んだしのに感謝の気持ちを告げるものの、彼女を妻として愛していたかどうかは明言していません。
直親が出立前最後に立ち寄るのは、あの井戸でした。

 

どちらを選んでも後悔することになる、いつも茨の道

井戸には次郎がいます。約束を守れない、好きな日々を続けられないことを謝る直親。
次郎は涙声になって、「悪いのは私だ。おとなしくしていれば松平に目をつけられなかった」と言います。そしてついにこう言います。
「われが男子であればよかったのだ。さすれば駿府に明日参るのはわれであった」

好きな人におにぎりを握れるから女の子でよかった♪的なヒロインからは隔たった、女であるがゆえの無力さを噛みしめた、苦い苦い言葉。この台詞ひとつで、スイーツ大河なんて評価は吹っ飛びますし、本作の本質に迫った台詞と言えるでしょう。
女であることの無力は『八重の桜』でも多少は出てきました。本作ではもっと迫ってきています。八重は兄弟がいて、会津藩の武士の娘ですからそこまで性別が深刻な意味を持ってきません。

しかし次郎は井伊家当主である親にとって唯一の子ですから、意味は重たくなります。
この「女でなければよかった」という嘆きは、今まで隠されてきただけで本質的なものです。次郎が母の胎内にいた時、父母も周囲も男児であるように願っていたはずです。生まれてきた子が女児と知った時、井伊直平はきっと「まあよいわ、次こそ男子を産めばよい」と井伊直盛と千賀に語りかけたことでしょう。
そうした周囲の思いを、当人である次郎が感じなかったはずがないのです。自分が男だったら父母にかかる重圧も軽くなったし、何もかもが楽になったはずです。

そしてこの台詞から浮かび上がるもう一つの本質は「誰かを犠牲にして罪悪感に苦しむくらいなら、自分がそうなった方がましだ」という思いです。生き残る人が味わう苦しみという感情に、次郎は今後向き合わねばなりません。
この感情を表す「サバイバーズ・ギルト」という言葉が現在はあります。そんな言葉がなかった頃から、人々はその感情に苦しんできたのです。

「それは困る。次郎が女子でなければ、俺のたったひとつの美しい思い出がなくなってしまう」
直親はそう言います。
妻もいた、子もいた。それなのに次郎だけがたった一つの美しい思い出だと振り返る直親。しのに愛情があったと告げなかったのも納得できます。
直親は、次郎に「川名での経をもう一度聞きたい」と頼みます。次郎は「あの経は死者を弔うものだ、だから断る!」と返すほかありません。次郎はこのあと、最期の願いを聞き届けなかったことを悔やむかもしれません。
今週はこのパターンの繰り返しです。どちらを選んでも結局は後悔することになる、そんな問いを様々な人が突きつけられました。胃が痛くなるはずです。

 

死を目前にして、やっと本音が言えた直親と次郎

直親は次郎を抱き寄せ、戻ったら一緒になってくれと告げます。次郎は「心得た」と言います。
どんな卑怯な手を使っても戻ってくるのじゃ!と次郎が直親に向かって叫ぶとき、ハハハと笑う昌幸の顔がチラつきましたが、直親にはそんな器用な芸当ができるわけがありません。

直親は政次に、次郎を娶るように言っていましたし、次郎は次郎で直親の妻となったしのが幸せになることを望んでいました。死を目前にしてではないと、本音は言えないわけです。直親が二度と戻らないとわかっているからこそ、やっと本音を言えるわけです。

もうこの場面になると、サイコパスだのクズだの言われていた直親の欠点は全て洗い流されています。
死を目前にして、白く透き通り輝くような、三浦春馬さん渾身のアルカイックスマイルを視聴者に見せてきます。もう直親のイメージはこの笑顔だけになってしまいます。全てを吹き飛ばし、この笑顔が消えるのは何と残酷なことでしょう、でも死んでしまうのですよ、と突きつけてきます。
甘ったるい少女漫画風味の味わいは、口の中いっぱいに広がる苦みに変わってゆきます。

愛しい人々に別れを告げ、僅かな供とともに駿府へ向かう直親。BGMがブツッと切れて、強い風が吹きます。
思わず顔をそらした直親が、次の瞬間に目にしたのは、今川の刺客でした。

 

MVP:井伊直親&佐名

MVPの二人は、死を目の前にして我が子に夢を託すという点で一致していました。

その二人の覚悟を決めた微笑みは水晶のように透き通り、白く輝いていました。その輝きがこの人たちはもはや半分この世の人ではなく、あの世に足を踏み入れているのだと伝えてきました。

半ば生き、半ば死んでいる、そんな輝きを渾身の演技で見せた二人こそがMVPです。

 

総評

スイーツ大河どころかカカオ95%配合だの、ハバネロだの言われはじめた本作。元康が偽物だったあたりから、胃がキリキリしそうな展開の連続でした。
直親も、政次も、そして次郎も、引き返せない運命に巻き込まれてゆきます。

ここで思いを馳せて欲しいのは、井伊だけではない今川支配下にある他の国衆たちです。

彼らもこの動乱に巻き込まれ滅びています。巨人が滅びるとき、巨人も苦しみもがきますが、そんな巨人が倒れた時に潰される弱者も多数いるということです。井伊家のように存続の危機に追い込まれ、滅び、そして井伊家のようには再生できなかった国衆が多数いたことを思うと切なくなります。

いやもう、今週は、そんなこと書いて来ましたが、もう辛くて言葉になりません。
そんなことでレビューを投げたら負けだと思ってはいますし、制作者側の思うつぼです。

しかし今週はノセられましたね。もう既に、井伊直親や小野政次の破滅を他人事としては見られない自分に気づきました。地方史をここまで面白くできるのは、大河にとって可能性を広げる素晴らしいことです。
昨年ほどのわかりやすさは題材からして難しいかもしれません。それでも成し遂げる可能性はしっかりと持っているのが今年の大河ドラマです。

来週がどうなるのか、直親の死は辛いとわかっていても今から気になります!

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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link

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