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おんな城主直虎レビュー

『おんな城主 直虎』感想レビュー第15回「おんな城主VSおんな大名」ドライな女とウエットな男

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中身なき批判に対し出来る数少ないこと

こんばんは、武者震之助です。今回は前置きが長いので、興味がない方はとばしてください。

こんなニュースが出てきました。

◆「直虎は男性 見解裏付ける記述」と発表

幕末の書き込みというのがひっかかるところですが、本件は本郷先生にお任せするとして……。

今年の場合、書籍で史実をおさえたいならば、考証担当者・小和田哲男先生の『井伊直虎』(歴史新書y)一冊で間に合うかと思います。ドラマはあくまでフィクションですからね。

 

いずれにせよ、新史料でこのドラマが意味のないものになるのかというと、別にそうではないと思います。
大河の放映期間にその人物に関する史料がやたらと出てくるのは何かの陰謀ではないか、ステマではないか、といった声もあるようです。

史料というのは結構多く存在します。
蔵の中や市町村の図書館で眠っていたりします。
ただ、それにどの程度価値があるか、有名な人物なのか、判断材料が少ないわけです。

それが大河で取り上げられると「うちで保存しているあの古文書って、もしかして大河の人? ならば価値があるな」となって出てくるとか。

あるいは「大河で取り上げられたあの人はうちの地元だし調べてみるか」と調べ直して、世に出てくるとか。そういう効果があるわけです。

どんな大河であれ、取り上げることによってメリットはあるわけです。マイナーな人物を敢えて取り上げる意味はちゃんとあるんです。

SNS上で、本作に関して動揺が起こっています。ドラマそのものではなく、あまりにあさってな方向で叩く記事が出てきて、「一体どこの平行世界の直虎を見たのか」と困惑している模様。

柴咲コウが気の毒でならない…大河ドラマ『直虎』つまらなさの研究 月9ドラマを見ているよう(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース 

「こんなに人が死ぬ月9があるか!」とでも返しておきましょう。

今年は「女だから甘くて駄目なんだ」「地方の弱小領主だから地味で駄目なんだ」という評に対して「中身も見ないで決めつけているぞ、これは作中で直虎が経験する理不尽さと同じだ!」と思えることです。ある意味そういう反応を逆手にとっていると言えるでしょう。

こういう批判をすればするほど、直虎の受ける仕打ちにリアリティが増すのです。

昨年の『真田丸』すら序盤は叩かれました。
脚本の三谷氏の映画が興行的に失敗していたことからの不安視。どうせあの脚本家ならば悪ふざけをするだろうという思い込み。ヒロインが良妻賢母タイプではないことへの不満。中でも型破りなヒロイン・きりはサンドバッグのように叩かれ続けました。
こういう記事は結論ありきで書かれているのだと思います。

どの記事も似たような叩き方をしていることからもそれはうかがえます。
序盤は昨年の大河のヒットを受けて叩くか、叩かないか決めかねていたのが、視聴率が伸び悩んだことで思い切って叩けるようになってきたのでしょう。

「マイナーな女主人公だし、どうせスイーツな恋愛大河なんでしょう。ならば月9と大差ない」
そんな結論ありきの雑な指摘なので、批判するにしても中身がないという記事になっています。むろん中身を見た上で物足りなさを指摘する批判記事もありますが、残念ながら大河叩きはこの手の内容が多いのです。

これが五月の連休も過ぎると、出演者が脱いで視聴率アップする仰天作戦、出演者が苛立っている、不仲であるといった推測記事が出始めます。

『平清盛』ファンならばわかることだと思いますが、大河での新しい挑戦は叩かれます。
敗者視点の『平清盛』、『八重の桜』は「そんな負けた奴らの言い分なんて見たくはない」という本当にこれはもう、どうしたらいいのかわからない批判がありました。

成功をおさめたといえる昨年の『真田丸』すら、新説を取り入れた豊臣秀次関連の描写や第二次上田合戦の展開に「新説だから何だか知らないが、古い説の方になじみがあるし面白い」という批判がありました。

『軍師官兵衛』は最新の説を取り入れず、どこか既視感のある場面で構成した目新しさのない大河でしたが、王道路線という評価もありました。

こうしたことからわかるのは、昔から大河を楽しんできた層には、自分が昔見たことのある歴史創作物(史実ではなく、あくまで創作物)の場面しか受けつけないという人もいるということです。

昨年の『真田丸』に「自分が小さい頃ワクワクしながら見ていた、真田十勇士を出してくれ」という要望があったことからもわかると思います。
他の作家が創作したキャラクターを全く別の作品に出すべきだというのは、かなりの無茶ぶりです。こういう無茶ぶりも何故か大河ではクレームとしてカウントされてしまいます。それが歴史を扱うコンテンツの難しさです。

ただ、この「日本人が共通して持つ歴史のイメージ」は更新されています。
古いイメージにとらわれていたらコンテンツは進歩しません。
「大河ではもっと大物を扱え」
「なじみのあるものをやれ」
そんな記事はこれからも出続けるとは思いますが、ファンは怒る必要もありませんし、制作側が真に受けたら、コンテンツは濁り腐ります。

そうはいえども、あのような報道が影響を持つから厄介であることも確かです。
こんな記事に対抗するにはどうすればよいのでしょうか。

手はあります。
昨年の『真田丸』ファンは「中身を見ないで叩くのはゆるさんぞ!」という空気を作りあげることに成功しました。
序盤にNHKに「厳しい意見」が多く寄せられているという記事が出ると、NHKのメールフォームに好評意見を大量投稿し、自分たちの情熱を届けました。ファンの熱意で好評意見が届き始めたことが記事になると、叩き記事は減り始め夏頃には見かけなくなりました。

私たちファンにできることは、自ずと見えてきます。
メールフォームとSNSやブログでの感想投稿です。今年も熱意を届けたらこの状況も変わるはずです。メールフォームはこちらです。

また『真田丸』の叩き記事が減ったのは、ファンだけの功績ではありません。
屋敷Pが、今の時代に真田幸村を主役にした意図やドラマの狙いを的確に説明し続けたこともプラスに作用しました。
今年の岡本Pも、この点頑張っています。

“大河”プロデューサーが語る、キャスティングの新たな試み | ORICON NEWS

自画自賛に陥るのではなく、誠意をもって直虎を取り上げた意味を説明しています。
昨年のように、皆の熱意をプラスにつなげて欲しいところです!!

長い前置きでした。
さて今週は駿府から始まります。

【関連記事】真田丸レビュー

 

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駿府に呼び出されてピンチの直虎 心を痛める政次

勝手に虎松(井伊直政)の後見となり、徳政令を反故にした井伊直虎。たいした機転ではあるのですが、寿桂尼の逆鱗に触れてしまいます。

「駿府へ呼び出し」は、本作では死を意味します。
寿桂尼の命を受けた小野政次は動揺しています。もしかしたら寿桂尼も、政次の本心は気づいているかもしれません。

「女子だから甘く見てもらえませんかね」
井伊谷では、当事者である直虎が、南渓にヘラヘラと笑いながらそう言います。

南渓和尚は「実質的な当主は寿桂尼。女だからと馬鹿にもしないし、甘くも見ないだろう」と返します。今週は女性リーダー同士の対峙がテーマです。

場面は井伊谷での評定に。瀬戸方久が「三年荒野」、荒れた土地を新田開発すれば、三年間年貢を免除するという策を出します。

ただしこの策は来週以降のテーマとなるようです。本作の面白いところは、この場面を来週ではなく敢えて一週前に入れるところなんですね。今週取り上げないのなら、普通は来週に回すところを、敢えて今やるわけです。

直虎は方久の言葉にも心ここにあらず、という風情。

彼女が気にしているのは駿府からの呼び出しです。そこへやって来た小野政次は、今川からの召喚状を手にしています。この場面の政次は表情が凄いのです。声音は冷たく、表面的には平静を装っているものの、内心の動揺が伝わって来ます。

小野政次は凄い、そして哀しい。直虎が晴れ渡った空のように、綺麗な一色に染め上げられているとしたら、彼の表情は常にグラデーションがかかっています。昼間の青に近いのか、夕暮れの赤に近いのか、その時々によって違うけれど、常にこうだとは言い切れない顔をしています。彼の場合、基本となる色は父である小野政直と幼い頃の鶴丸です。

 

しのの妹なつだけは政次の真意に気づく?

そんな複雑な思いを抱えた政次は、なんとしても直虎を後見から引きずり下ろすために暗躍します。暗躍といっても、昨年の真田昌幸の「大ばくち」とは違い、彼の場合は大切な人を守るためだから哀しいのです。

政次は、虎松の生母であるしのから、生母として直虎に後見させたくないという書状を取り付けます。

しのは本作で損な役回りの憎まれ役なのですが、ちょっと同情してあげてください。私の意見なんてどうせ誰も聞かない、という状況に腐っているのです。しのの存在意義はまさしく虎松の母であることですが、そのことすら薄れてしまっている状況。彼女も被害者の一人です。

しのが書状を書くために中座すると、政次は祈るように天井を見上げます。

この表情、これを見て心を動かされない奴がいるのか、と思っていたら目撃者がいました。しのの妹であり、政次にとっては亡き弟の妻であるなつです。

政次が直虎を守るべく奔走している頃。その直虎は、龍潭寺を供に連れて行き、いざという時は政次を人質にして安全策を散ると南渓に相談しておりました。

南渓は「物騒な女子」になってきたなあ、とからかいつつ、いざとなれば逃げ帰るように念を押します。逃げるのは後ろ向きではなく、むしろ積極的に使うべきだと誰もが言うところが良いと思います。

ここで中野直之が、直虎が駿府に行くことに強硬に反対して怒鳴りつけます。
「このままでは直親様のように殺されるぞ、供を犬死にさせる気か、後見を降りると言え!」

怒り狂い怒鳴る直之です。

同輩の奥山六左衛門の説得も無視して、主君にも一歩も退かず怒鳴り散らす直之。彼が心を開くことはあるのでしょうか。

 

苦悩、苦悩、また苦悩 溢れてこぼれそう

出立前、直虎は井戸で直親に祈り、政次は一人で主を思い悩みます。高橋一生さんの表情は感情があふれています。この場面だけではなく、どの場面でも苦悩と思いがあふれていて、今週は常にあふれてこぼれそうなくらいです。

そして翌朝。

いよいよ直虎は、奥山六左衛門に留守を任せて出立です。祐椿尼は無理をせず、いざとなれば戻る様に直虎に念を押します。直虎の不安げな表情は、父の井伊直盛に似ている気がします。

ここで中野直之は苦々しげな様子で直虎らを見送ります。
直之は南渓に頼まれ、渋々瀬戸村の百姓に字を教えに行くことになります。この場面は反故紙ではなく新しく綺麗な紙を使っているのがちょっと贅沢です。

瀬戸村の甚兵衛ら百姓は、直之に直虎の様子を聞いてきました。直之から、直虎が駿府へ呼び出された聞いた百姓らは動揺し、井伊直親のようにならないために直虎を守りに行くぞと盛り上がり出します。直之は足手まといになるだけだと止めますが、百姓はますますいきりたつばかりです。これも直虎が彼らに歩よった成果ですね。

そこで南渓が提案。
「ここにおっただけで直虎を救い出せるとすればどうじゃ?」
さて南渓の策とは何でしょう。直之は何か悩み、どこかへと去ってゆきます。

直虎一行はとりあえず無事に一日目を終え、宿で休むことになりました。
政次が厠に向かおうとすると、傑山がついて来ます。

他の面々は「殿を守るぞ!」と言えるのに、政次は素直に言えないし、言ったところで信用されませんからね。なんとも哀しい立場です。その時、「だ、誰か!」という直虎の悲鳴が!

政次はあわてて直虎の部屋に入りこみ、傑山に止められます。一番大事な人をわかりやすいかたちで救えない、この政次の哀しさよ……そこにいたのは刺客ではなく、アオダイショウでした。すっかり腰が抜けてしまった直虎の前で、昊天が冷静に蛇を掴み、つまみだします。ここまで怯えるとは、直虎も内心恐怖であふれているのでしょう。

 

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