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その日、歴史が動いた 立花・高橋家

立花道雪こそコワモテ親父No.1武将「勇将の下に弱卒無し!」

更新日:

 

怖いものの代名詞として挙げられる「地震、雷、火事、親父」。
最近は親父の権威が落ちる一方だとも言われていますが、戦国時代にこのうち二つを兼ね備えた人がいました。

天正十三年(1585年)のあす9月11日、九州の大友氏に仕えていた立花道雪が亡くなりました。

この人は立花宗茂の義理のお父さんです。
何度も名前を変えているので、時期によっては異なりますが、最も有名な「道雪」で統一させていただきます。

愛刀「千鳥」で雷神を退治して半身不随に

道雪は若い頃、「千鳥」という愛刀で雷を斬って、その中にいた雷神を退治したといいます。その代償として半身不随という大きな障害を負ってしまうことになりました。
まぁ、雷に打たれただけ?と考えればそれまでなんですが、戦場に出る武士としては実に痛いところです。……その行動がイタイなんて言ってませんよ、ええ。

立花道雪/wikipediaより引用

しかし、道雪は「雷に撃たれた親父」というだけではありませんでした。なんと半身不随になった後も、輿に乗って出陣していたのです。
しかも輿の中には鉄砲と刀を用意して、自ら敵陣に乗り込んでいくという豪傑ぶり。やる気満々です。輿を担ぐ者達には棒で合図を送りながら、隊列が乱れると容赦なく殴りつけたとも言われています。

それでも部下に愛想を尽かされたとか裏切られたとかいう話が伝わっていないので、愛のムチ(棒だけど)だと思われていたんでしょうね。

実は、道雪と部下とのエピソードは実に心温まるものばかりです。

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弱い兵がいても、それはオレの責任っちゃね!

道雪のモットーは「勇将の下に弱卒無し」。
「大将が強ければその下にいる兵士が弱いはずがない」という意味ですが、道雪は「オレが強いんだからお前らが弱いわけはない」と天狗になっていたわけではありませんでした。
逆に「もし弱い兵がいたとしたら、それは上にいる将の責任だから、兵士自身は気にしなくて良い」と考えだったようです。

これが根底にあったからか、道雪は部下にとても優しく接していたという話がたくさん伝わっています。

「私は道雪様のお役に立てていなくて申し訳ないです」
「いやいや、お前が頑張ろうとしてるのは知ってるから、気にすんな!それより焦って突っ込んで無駄死にするなよ!お前達がいないとオレはこの通り、戦に出られないしなHAHAHAHA」

部下の働きを見ててくれる上司とか、なんなんでしょうか、この絶滅危惧種は。
ただし、道雪は規律にとても厳しい人でもあったそうです。
とある年の年末、蒲池氏という大名と戦をしていて陣地で年を越すことになりました。年末年始も仕事というのは戦国時代から珍しい話ではなかったんですね。
ですが、このとき道雪に無断で家へ帰ってしまった部下が数名。人情に厚い道雪、「正月だから仕方ない」と許すかと思えば取った行動は真逆そのものでした。

「勝手に帰るようなヤツはオレの部下じゃねえ!親ごと殺してこい!!」
「えええ!?本人はともかく、親はいいんじゃないですか!?」
「うるせえ!規律を破った息子を匿うような親は同罪だ!!」

うはっ、雷親父ってレベルじゃねー!

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凄絶すぎる遺言「遺体は甲冑姿で敵陣に向けて埋葬せよ!」

何はともあれ、こういう公正な上司だったら、多少叩かれたくらいで反抗する気にはならないかもしれません。
決して道雪の部下がアレな趣味の人ばかりだったわけではなさそうです。たとえ怖くて逆らえなかったとしても…。

半身不随についてはハテナがつくこともありますが、道雪が雷より恐ろしいと言われていたことだけは納得できそうです。というか、この雷っぷりで健康体だったら恐ろしいにも程があります。

しかしさすがの雷親父様も病には勝てませんでした。
主君・大友宗麟の無謀にも程がある島津氏討伐の失敗により、大友氏が圧倒的に不利になる中、最期まで戦い、陣中で亡くなってしまいます。享年70才。

それでもなお主家を守りたかったらしく、遺言では「オレはもうもたないが、死んでも殿をお守りするから甲冑を着せて敵陣に向けて埋葬するように!」と言い残していました。

この雷親父やる気ありすぎです。

この遺言は義理の息子・立花宗茂によってあっさりひっくり返されてしまうのですが、その理由は「義父上を敵地に葬るのは心苦しい」というまともなものだったので、流石の道雪も勘弁してくれたようです。

ちなみに漫画「NARUTO」の必殺技のひとつ「千鳥」は、このお方の名刀がモチーフです。

長月 七紀・記

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