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その日、歴史が動いた 鎌倉・室町時代

龍安寺の石庭 1499年に完成! 境内には真田幸村の墓もある!?

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「不完全の美」 実は全部見えるポイントがある!?

世界屈指の観光都市・京都。
そのため団体でも一人旅でも悪目立ちしにくく、ぼっち上等な人間には出かけやすい場所で実にありがたいものです。

有名どころを制覇するもよし、お気に入りスポットでゆったり過ごすもよし。どのような楽しみ方もできるのが古都の魅力ですね。

本日は、おそらく京都を訪れたことがあってもなくても知っているあの場所のお話です。

明応八年(1499年)の6月26日は、龍安寺の石庭が完成されたといわれている日です。

教科書でも資料集でも京都のガイドブックでも、必ずといっていいほど写真が載っているあのお庭ですね。
”石庭の15個の石は庭のどこから見ても全てを見ることができないので、日本文化における「不完全の美」を表しているなんたらかんたら”というのが定説ですが、実は全部見られるポイントがあるそうで。

こちらのリンク先様で詳しくみることができますので、ご興味のある向きはどうぞ。

これでも全ての石の全形を見ることはできないようですが、これに気付いただけでもすげえ。さすが地元の方はよくご存知でいらっしゃる。

が、これ以外にもこの庭が造られた当時のことははっきりわかっていないそうです。年代の時点で既にネタバレしている気がしますが、経緯をざっくりみていきましょう。

 

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建立直後に応仁の乱勃発!

最初に龍安寺が建立されたのは、宝徳二年(1450年)。室町幕府のNo2である管領を務めていた細川勝元という人物が建造しました。

が、二十年も経たずして建造させた当人が応仁の乱をおっぱじめてしまったため、見るも無残に焼失してしまいます。いろんな意味で罰当たりやな。

そして乱が収まった後、龍安寺は勝元の息子・政元によって再建されました。

石庭が造られたのはこのときですが、江戸時代中盤の寛政九年(1797年)にまたも火事が起き、お寺の大部分が焼失。この間に建物だけでなく建造・造園に関する資料その他も散逸してしまい、今や誰が設計したのか、実際に作業をしたのは誰なのかといったようなことがほとんどわからなくなってしまったのでした。

 

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般若房鉄船禅師の頂相を探しておりますby龍安寺 

この庭のナゾを探るべく、龍安寺では作庭に関わったといわれている般若房鉄船禅師という人の詳細を調べているとのことです。公式サイトに画像があります↓

般若房鉄船禅師/公式サイトより引用

般若房鉄船禅師/公式サイトより引用

「白黒のページに人物画像がドーン!」なせいか、何だかコワく見えてくるのは気のせいでしょうか。崇禎帝の肖像画(バストアップのほう)を見たときも同じような気分になるんですが、白黒でコントラスト効いてるとそう思うんですかねえ。

 

真田幸村と妻・竹林院のお墓が鏡容池に

龍安寺(鏡容池)
龍安寺(鏡容池) posted by (C)のりりん

ところで、龍安寺といえば石庭や本殿に行く前の鏡容池(きょうようち)も有名です。

実はこの池の中にある弁天島という小島に、真田信繁(幸村)とその妻・竹林院(大谷吉継の娘)のお墓があるらしいですよ。

竹林院は大坂夏の陣のあと無罪放免となり、京都で暮らしていたため、娘夫婦が京都にお墓を建てたのだとか。鏡容池は仲の良い夫婦の代名詞・おしどりで有名なところだったらしいですし、信繁夫妻も子沢山だったのでここになったんですかね。

原則非公開なのでググる先生にお伺いしても画像が出てこないのですけれども、再来年の大河のおまけコーナーか特番で撮影許可が出たりしないかなあ、とちょっと期待しております。
一般公開となると、ただでさえ観光客が多いところなのに余計大変なことになりそうですしね。24時間営業するわけにもいかないですし。

個人的には石庭の反対側も好きです。数年前に行ったとき、通を気取って石庭からぐるっと回って戻ってくる廊下あたりをゆっくり眺めていた記憶があります。

その間には非公開の建造物へ続く廊下もあるのですが、立ち入り禁止の場所ギリギリってなんかそそられません?
……ワタクシだけですかそうですか。ぐすん。
長月 七紀・記

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参考:龍安寺HP 龍安寺/wikipedia

 




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