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その日、歴史が動いた キリスト教

第1回十字軍がエルサレムを占領~日本人には理解しがたい神様のためにする戦争

更新日:

日本人にとって「神様」というと苦しいときにだけ頼る存在……ゲフンゲフン、気軽にお祈りできるような親しみあるものですよね。多神教ゆえにお稲荷様や八幡様など、いろいろな担当の神様がそこらじゅうにいらっしゃるので当たり前といえば当たり前なのかもしれません。

が、一神教の世界では「神の名を口にするのは不謹慎である」というのが一般的です。もちろん信仰心の度合いや宗教・宗派にもよりますけども。
それどころか中世までは「ウチの宗教を信じる奴以外は人間扱いしなくておk」な価値観が主流だったのですから恐ろしいものです。
本日はその最たる例であろうアレのお話をしたいと思います。

 中2な聖戦士たちがエルサレム占領

1099年(日本は平安時代の康和元年)の7月15日は、第一回十字軍がエルサレムを占領した日です。
十字軍というといかにも厨二心をくすぐられますが、このときはガチで「イスラム教徒から聖地エルサレムを取り返すぞー!」というやる気満々の集団でした。
というか、二回目以降がダメダメすぎて、本来の目的を達成したのがこのときだけでした。
それでもそう経たないうちにまた追い出されているので、結果的には一回も成功したことがないのが十字軍というpg……哀しいことになってしまうのですが。

第1回十字軍(Wikipediaより)

第1回十字軍(Wikipediaより)

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キリスト、イスラム、ユダヤ教徒の共通の聖地

何であっちもそっちもエルサレムという場所にこだわるのかというと、ここは現在に至るまで三つの宗教の聖地だからです。
キリスト教にとってはイエス=キリストが処刑の後復活した地、イスラム教にとってはムハンマドが昇天した場所、ユダヤ教(ユダヤ人)にとってははるか昔の先祖の地&かつて主神殿があったところという、どこも引くに引けない理由があるのでした。

現在エルサレムはこのややこしい状態をできるだけ穏便に解決するため、各宗教の聖地ごとに区切ることで折り合いをつけています。キリスト教はゴルゴタの丘、イスラム教は岩のドーム、ユダヤ教は嘆きの壁といった具合です。そこまでかぶってなくてよかったよかった。
この壁が最初にできてれば十字軍とかその後のゴタゴタとか現在のパレスチナ問題とかなかったんじゃないか?というツッコミはやめておくことにしましょう。多分昔の人にそんなダイナミックかつ長期的な視点がなかったんですよきっと。

期間的には、イスラム教側が支配していた時代の方が圧倒的長いです。そもそも外から見ると「キリスト教(カトリック)ってローマに本拠があるくせにもう一つ聖地が欲しいとか欲張りすぎね?」と言いたくなってきますが、一神教の世界に小賢しい理屈は通用しないので仕方ありません。

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貴族から庶民まで名スピーチにあつくなって突撃

アンティオキア攻城戦(Wikipediaより)

こうしてキリスト教側が「エルサレムよこせえええええ」ということで攻め込んでいったのが十字軍です。数え方にはいろいろあり、ウィキペディア先生では9回+αになっていますね。
そして唯一その目的を達成できたのが第一回十字軍でした。
なんで上手くいったのかというと、このときのローマ教皇・ウルバヌス2世がとてもスピーチの上手い人だったので、貴族や軍人だけでなく民間兵まで虜になってしまい、とんでもない人数と団結力の軍隊ができたからでした。
要するに彼以降十字軍を呼びかけた教皇がダメダm(ry

イスラム世界の内ゲバの間隙つき

このときだけあっさり成功した理由には、エルサレムの中の事情もあります。
当時イスラム世界でもセルジューク朝とファーティマ朝という二つの国の争いが起きており、エルサレムは後者の傘下に入って一年ほど経ったばかりでした。つまり、膨れ上がった十字軍とまともに戦えるような状態ではなかったのです。
十字軍にしてみたら棚ぼた、ファーティマ朝にとっては初代ポケ○ンのライバル役みたいになってしまったのでした。
このときテンションの大いに上がったキリスト教側はイスラムの人々とユダヤの人々をこれでもかとぬっころし、ついでに周辺をキリスト教側の衛星国家で固めてしまいます。
今でも「イスラムハイケマセーン!」みたいなこと言いますけど、歴史的に見たらキリスト教側のほうがよほどけしからんどころじゃないことしてますよねえ。アンタら最後の審判の後復活できなさそうだよ(´・ω・`

いろんなキリスト国ができました(Wikipediaより)

こうしてエルサレムと周辺地域は一時キリスト教側のものになったのですが、イスラム教側も「そこウチの聖地でもあるんですけど!」と頑張りますので、そう長くは続きませんでした。
というか、全体的に見てイスラム教徒側のほうが団結力があるというか戦争が得意というか、キリスト教側がgdgdすぎて(ry
これは「キリスト教側=複数国家の連合軍」、「イスラム教側=ほぼ一つの国」であったケースが多いのも理由でしょうけどね。

さらに元十字軍の中でも「宗派が違う」とか「利害がどうたら」というくだらない理由でいざこざが起きて内部分裂という有様で、あっという間に聖地を奪い返されてしまったのでした。
誰か「アンタら今仲間割れしてどーすんだよ」「聖地で俗な争いすんじゃねえ」とツッコんでくれる人はいなかったんでしょうか。
そんなわけでこれ以降も十字軍は続き、しかし誰も一回目以上の成果を挙げることはできませんでしたとさ。あーあ。

 

長月 七紀・記

 

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/第1回十字軍
http://ja.wikipedia.org/wiki/十字軍




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