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絶世の美女(Wikipediaより引用)

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その日、歴史が動いた 欧州 女性

超絶美人でスーパーフリーダムなオーストリア皇后エリーザベトに起きた悲劇とは

更新日:

 

先進的であることは概ね長所として受け取られますが、あまりにも時代に合っていないとかえって悲劇を招いてしまうこともあります。
1898年(明治三十一年)の9月10日に暗殺されてしまったオーストリア皇后エリーザベトもその一人です。
絶世の美女として有名な人ですが、こうした最期を迎えていたことは意外と知られていないのではないでしょうか。

絶世の美女(Wikipediaより引用)

絶世の美女(Wikipediaより引用)

彼女は神聖ローマ帝国の一員だったバイエルン王国(現在のミュンヘン周辺)の王族に生まれました。
以前この記事でも取り上げたことがあるところですね。→どんだけビール好きなんだ ドイツ人の情熱を表す法律「ビール純粋令」制定【その日、歴史が動いた】

ただし直系ではなく傍系の家だったので、王位継承とは程遠い位置にあり、その分自由に暮らしていたようです。
”演奏家に扮したお父さんと一緒に町に出かけ、そのお供として道端でチップをもらった”なんてエピソードもあります。当然市民にはバレバレでしたが、その気取らなさがウケたのか、皆歓迎してくれたとか。
そのチップは「私が唯一自分で稼いだお金なの」ということでずっと大切に持っていたそうです。
普段現ナマなんて見ない身分の人たちですから、楽しい思い出と共に手放したくなかったのでしょうね。

1869年撮影(ONLINEジャーニーから引用)

自由きままなお姫さまから責任たっぷりの皇后に

しかし、16歳のとき従兄であるオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められてからは生活が激変します。
皇后になるということはそれだけ義務や責任も大きくなるということですから、お妃教育を受けなくてはいけません。
上記の通り奔放に生きていたエリーザベトにとっては、堅苦しくて仕方がなかったことでしょう。何度もヒステリーを起こしていたそうです。
嫁いでからも宮廷の堅苦しさや姑の口うるささには全く馴染めず、ほとんどオーストリアにはいなかったといいます。
皇帝と共にイタリアを訪問したり、病院へ慰問に行ったりと全く仕事をしていなかったわけではないのですが、姑の怒りを燃やし続けるには充分すぎました。

しかも、彼女のごひいきがハンガリーだったというのが火に油を注ぎます。
当時ハンガリーとオーストリアは二重帝国という形になっていたのですが、完全に同化したわけではありませんでした。
そして姑のゾフィーは大のハンガリー嫌い。それを知っていてエリーザベトはハンガリー人の侍女を多く召抱えるなど、あからさまな反抗をしていたのです。
夫との仲は悪くなく皇太子にも恵まれていただけに、なんとも言えない空気が宮中に漂っていたことでしょう。

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女優をお友達にしてあげた皇帝の裏には不倫

これではさすがに皇帝に悪いと思っていたのか、エリーザベトはお気に入りの女優カタリーナ・シュラットを話し相手その他として紹介しています。
もっとも、皇帝はこの前にアンナ・ナホフスキーという庶民の女性と不倫をしており、それが許せなかったために「自分が選んだ女性を紹介した」ともいわれていますが……。
この辺はエカチェリーナ2世とポチョムキン公爵、あるいは江戸時代の奥事情と似ていますね。どこの世界も貴い身分だと大変だ。

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「リア充なら誰でもいい」というテロリストの凶刃に

ですが、晩年にはそれまでのツケを払わされるような形で悲劇が続きます。
皇太子を自殺(もしくは暗殺)で亡くした上、彼女自身もスイスを訪れていたところで凶刃に倒れてしまいました。
犯人はイタリア人のチンピラで、「王族なら誰でもよかった」という無茶苦茶ぶり。「当初はイタリア国王もしくはフランスの王族を狙っていたが、二人とも現れなかったためたまたま通りかかったエリーザベトに襲い掛かった」と供述しています。
当時61歳になっていたとはいえ、長い間美貌で有名だっただけにすぐわかったのでしょうね。
皇太子の死後、彼女がずっと喪服で通していたということも目印になったでしょう。

「働かないくせに贅沢をしている奴らが許せなかった」とも言っていたそうですので、外遊ばかりするエリーザベトが殊更憎らしく思えたかもしれません。
物理的に汗水垂らすことだけが労働ではないんですけどねー。特に上流階級の場合は。

60過ぎても美魔女で目立ったのだろうか(Wikipediaより)

全くの余談ですが、彼女がひいきしたハンガリーにはかつて同じ名前のとんでもない女性がいました。またしても血生臭い話なので詳細は割愛しますが、皮肉というかなんというか。
ハンガリーでは皇后エリザベートの人気は決して低くないとのことなのですけども、もしかすると物騒な人のほうを忘れたいからなのかもしれませんねえ。
ついでにエリザベートを英語読みするとエリザベス、ロシア語読みだとエリザヴェータになり、これまた世界史でお馴染みの女性君主の名前でもあります。
元々聖書由来で、原義が「神への誓い」「神への奉仕」だそうですがまあどなたもそれにそぐわなゲフンゴホン。
聖女エルジェーベトという人もいますし、現イギリス女王はとても大らかかつ朗らかな方ですからね、その、HAHAHAHAHA!

長月 七紀・記

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/エリザベード
http://www.japanjournals.com/




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