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その日、歴史が動いた 寺社・風習

「鬼は外~!」はもともと大みそかのイベントだった!? 日本史各時代の年越しをまとめてみた

更新日:

 

今年も最後の日になりましたね。皆さん大掃除に初詣に年越し蕎麦とお忙しいでしょうか。
当コーナーは年末年始も毎日更新して参りますので、行列に並ぶときのヒマつぶしにでもぜひご活用ください(露骨なPV稼ぎ*実は武将ジャパンは今月夢の100万PV達成間近なのです!)

さて、昨年の大晦日は世界の年越し行事をご紹介しましたが、今回は日本の各時代における年越しをご紹介します。
なんというかまあ、どの時代も賑やかというか楽しそうで何よりですというかw

「鬼は外」平安時代の宮中では紅白見ずに「追儺」

それでは、平安時代の宮中から参りましょう。
この頃は「追儺」(ついな)という儀式がありました。当時は鬼や妖怪の存在が信じられていましたので、それを宮中から追い払うためのものです。
鬼を追う役とそのサポートをする役があり、全部で20人ほどのグループで大内裏(当時の皇居や政庁があった区域)を隅から隅まで、掛け声を出しながら回りました。
服装・装備も決まっていて、追う役の人は右手に矛、左手に楯、そして顔には金色の目が四つついた仮面をつけていたそうです。化け物には化け物染みた顔で対抗しようということなんでしょうかわかりますん。

Wikipediaより

ほかの貴族達も弓の弦を鳴らしたり、でんでん太鼓を振って音で鬼を追い払いました。
特に前者はその後も魔除けとして残り、”鳴弦の儀”として神社や現在の皇室でも行われています。特に皇子・皇女が生まれた後のものが有名でしょうか。
現在ではこのとき弦を鳴らす役目を旧大名家のご子孫がやることになっているので、写真を見るとやはり様になっているというか、一層厳かに見えます。

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江戸時代の大奥での「カウントダウンぱーてぇー」

さて次は江戸時代。大奥の年末行事のお話です。
皆さんご存知の通り、大奥の女性達は、将軍の正妻「御台所」をトップとして階級制になっていました。他には側室候補の「御中臈」が有名でしょうかね。
そして一番下っ端のことを「お末」または「お半下」と呼ぶのですが、大奥に入って最初の年に、彼女達には大きなお役目がありました。

大奥(Wikipediaより)

それが大晦日に行われる”新参舞い”というもの。
字面から何となく「忘年会の一発芸みたいに、新人が踊らされるのかな?」なんて感じがしますよね。
それもその通りなのですが、さらにプラスアルファがあります。
なんと、この真冬にZENRAで踊りまくるのです。
といっても、当時のエプロンにあたる湯巻という布はつけていましたが、上半身は……ね。

日常的にやらされていたとしたらただのイジメですが、年末年始という「ちょっとくらいハメを外してもいいよね!」的な雰囲気のおかげで、結構皆ノリノリで踊ってたそうです。

会場は御膳所という大奥の台所にあたるところ。普段はお末やその他身分の低い女中しかおらず、御台所などは当然出入りしません。が、このときだけは遠目で新参舞いを見られる位置に席が作られ、下々の世界をかいま見ることができました。
お末の女性たちにとっては日頃のストレス発散、御台所や側室のようなお偉い人々にとっても、大奥には珍しい賑やかな行事ということで、皆楽しく過ごしていたそうです。

あ、ちなみに男連中がのぞけないよう、目隠しはちゃんとされていましたのでご安心ください(何に?)

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明治以降の宮中は復古調ゆえに大騒ぎ

時代が変わって明治に入ると、ほぼ同じ場所でも年越しの雰囲気はがらりと変わります。年末年始はずっと儀式があるため、宮中丸ごとほとんど寝ていない状態なのです。
もちろん交代制で仮眠を取ってはいたそうですが、「良いお年を」と言った数時間後には「あけましておめでとう」といった感じで、大変忙しない状態だったとか。
男性達の忙しさはもちろん、女官達は化粧や衣装を整えるのでまた一苦労。しかも明治天皇が電気を嫌ってろうそくを使わせていたため、手元や鏡があまり良く見えず、女官達の化粧は愉快(笑)な状態になってしまうことが多かったそうです。
しかし、女官経験者の方によると、それを笑い合うのも楽しみの一つだったとか。儀式自体はもちろん厳かにやっていたでしょうけども、舞台裏?は案外和やかだったんですねえ。

アツーーーーーーッ 愛知県での裸まつりが寒くて熱い!

では最後に、現代でもやっているちょっと変わったお祭りをご紹介しましょう。
既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、愛知県の知多半島の美浜町にある上野間というところで行われている”上野間の裸まいり”というものです。
こちらは正確にいうと元旦の午前0時から始まるのですが、準備が大晦日の夜から始まるので同様に扱わせていただきます。

まず、16~22歳の若者たちが、本厄である42歳の男性の家にお邪魔し、お雑煮をいただいてから入浴と仮眠をします。この行事中はこの家を「宿」という拠点として、何回か行き来することになります。
どうでもいいですが、この方々は年越し蕎麦を食べないということになるんですかね?

そして日付が変わる頃、ふんどし一丁になって海岸まで走ります。これだけでも寒そうですが、さらにここでふんどしを脱ぎ、海水で体を清めるという荒行をします。
世話役の人が新しいふんどしを持ってきてはくれるのですが、まだ服を着られないので実に寒そうですgkbr。

一旦宿へ戻ったら、荒縄を腰に巻いて鈴をつけ、鉢巻とわらじを身につけてこの地域にあるお寺と神社7ヶ所にお参りをします。
野間神社というところでは歌ったり酒を飲んだりするそうですが、やはりふんどしなので実に寒そうです(二回目)
こうして夜明け頃にお参りが全て終わると、やっと帰って服を着られます。お疲れ様でした。
本当はこれもずっとZENRAでやるものだったそうなのですが、最近は男女問わずケータイなどで撮影する不届き者が多くなったせいで、ふんどし着用になったとか。
事故現場を撮る人もいるそうですが、自分の興味よりも相手のことを考えてほしいものですね。他のお祭りでも裸になるものはいろいろありますが、見せるためではなくて、お清めのためなのですから。
神仏が人間の事情を理解してくれるかどうかわかりませんけども、このせいでご利益がなくなってしまったら残念ですね。参加してる方は悪くないですし。

年末年始は人の多いところへお出かけする方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、新年から嫌な思いをしたくないのは皆同じですから、焦らず急がず押し合わずにいきましょうね。
初売りは……まあ仕方ない。

それでは本年もこのスチャラカコーナーにお付き合いいただき、真にありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

長月 七紀・記

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参考:

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http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2008/12/post-5c63.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/追儺
http://ja.wikipedia.org/wiki/上野間裸まつり




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