恋をせずとも恋を詠むのがプロ歌人 式子内親王と藤原定家の関係は?

 

一口に「お姫様」といっても、生まれた家によって随分と性格が変わるものです。
もちろん生まれ持った気性や血筋によるところも大きいですが、武家か公家かといったことも重要です。
基本的には武家のお姫様だと芯が強く、公家のお姫様はいかにも”お嬢様”な感じを連想しますよね。

しかし、和宮のように皇室の中にも自分の意思をはっきり主張する人がいたのですから、そうとも限りません。
今回は鎌倉時代のとある情熱的なお姫様のお話です。

建仁元年(1201年)1月25日は、式子内親王が亡くなった日です。
武家政権時代の皇室というととかく影が薄い上、女性ともなればよりその傾向が強まりますが、この方の名前は聞き覚えがあるという人も結構いるのではないでしょうか。
なぜなら、二つの点において百人一首と深いかかわりがあるからです。
※以下、テキトーに読みやすそうな仮名遣いと漢字表記にしています。

 

父ちゃんは、あの大天狗・後白河法皇 

一つは、百人一首に歌が採られていること。

「玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らえば 忍ぶることの 弱りもぞする」

という89番の歌の作者がこの方です。

一見するとよくわからない歌ですが、これは恋の歌。意訳すると「私の魂よ、いっそ今すぐ絶えてしまえ。このまま生きていたら、あの人への恋心を隠し切れなくなってしまうから」というなんとも情熱的なものです。

この方、実は後白河法皇の娘なのですが、とても「大天狗」の子供とは思えない純粋さですね。いや、大天狗も”権力には”純粋でしたけども。

「玉の緒」というのは魂と体を繋いでいると考えられていたひものこと。よく怪談などで人魂が描かれる際、ちょろっと伸びている部分がありますよね。あんな感じです。

当時、高貴な女性は自由に恋愛をすることができなかったので、ひたすら隠さなくてはいけませんでした。まして内親王の場合は基本的に独身で生涯を終えるのが当然の時代でしたので、選択の余地がなかったのです。

源頼朝に「日本国第一の大天狗」と罵られた後白河法皇/Wikipediaより引用

源頼朝に「日本国第一の大天狗」と言われた老獪な後白河法皇/Wikipediaより引用

 

恋の経験あらずとも、恋心を描くのがあはれなり 

和歌において全く経験したことのない出来事を詠むというのは珍しいことではありません。
異性の気持ちになって詠んだり、僧侶が恋の歌を詠んだりと「それってアリなの?」というケースは多々あります。
彼らが本当に歌の通りの経験したかどうかはわかりませんが、歌合わせという和歌のコンテストのようなものでは、恋愛がお題になることも多かったからです。

百人一首の中にもいろいろありますが、元の歌集ではっきり「恋歌」と書かれているものを二つご紹介しましょう。

82番・動因法師
「思いわび さても命は あるものを 憂きに堪えぬは 涙なりけり」
(意訳)「届かぬ恋に悩みつくしても、まだ生き長らえていることに耐え切れず、涙が流れてきてしまう」

85番・俊恵法師
「夜もすがら もの思う頃は 明けやらで 閨(ねや)のひまさえ つれなかりけり」
(意訳)「あの人のことを考えて眠れない夜は、寝室の隙間でさえつれない態度に思える」

どちらもお坊さんが詠んだとは思えない、切々とした心情が出ている歌ですよね。
……意訳のせいで台無しだとかいうツッコミは貴方様の胸の中にそっとしまっておいてください(´・ω・`)

 

藤原定家の淡い初恋だったのでは? 

しかし、式子内親王の場合は「もしかするとガチなんじゃ?」ともいわれています。百人一首の選者・藤原定家とのそれっぽいエピソードがあるのです。

彼の名前については一般的に「ていか」でも「さだいえ」でも通じるようですので、お好きなほうでお読みください。誰が言い出したのかよくわかりませんが、このあたりの時代の歌人ではよくあることです。

まあそれはともかく、式子内親王と定家は当時からウワサを立てられるほど親密な関係だったとされています。
皇女のたしなみとして、式子内親王は定家の父・俊成から和歌の教えを受けており、その繋がりで定家ともいつしか親しく話すようになった……と考えてられていることが多いようです。

なぜはっきりしないかというと、上記の通り内親王であるからには自由な交際することは本来できないはずですから、異性と親しくなること自体がマズイということになりますよね。そのためはっきりした記録はなく、この話は推測に留まっています。
定家自身の日記である「明月記」が唯一といってもいい記録で、ここから二人の関係をアレコレ想像する人が増えました。

能の「定家」などもこれを元ネタにしています。この演目は15世紀=室町時代にできたものですので、それ以前から二人のことをそういう関係だったと思っている人が多かったということになります。
内親王から定家に歌を送ったことがあるとか、風邪をひいたと聞いて何回もお見舞いに行ったとか、そんな感じのことが多く書かれているので確かにそう取れなくもないですけども、そもそも男女の関係なんて他人が入るものじゃないですから、下世話極まりないですよね。

式子内親王のほうが一回りほど年上なので、個人的には生々しい関係というよりも定家にとって「初恋の人」だったんじゃないかなあと思います。

 

「史実と物語を両方知り、同一視しない」姿勢でいたい

そんなわけで、数多いる皇女の中でも式子内親王は比較的知られた存在になったのでした。

能や小説はお話として楽しむに留め、「アレで表現されていたのが実際の本人だ!!」と思い込まないようにしたいものですね。
高橋お伝(過去記事:明治時代最後の斬首刑 高橋お伝の切なすぎる一生とは【その日、歴史が動いた】)や江島など、お芝居やお話の中で不当に貶められた女性はとても多いですが、21世紀にもなって同じことをし続けるのもどうかと思いますし。
とはいっても、多分その手の創作はなくならないんでしょうけどねえ。

「史実と物語を両方知り、同一視しない」

そんな考え方が当たり前になると良いのですが・・・。

式子内親王のお墓/Wikipediaより引用

式子内親王のお墓/Wikipediaより引用

 

長月 七紀・記

TOP画像:式子内親王/Wikipedia

参考:式子内親王/Wikipedia

 

 








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コメント

    • お節介
    • 2015年 1月 26日

    あのー、どういんほうし の字がミスタイプのようですが・・・ 
    動因ではなく、道因 ですよね、確か。

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