ミラノ万博の142年前の5月1日に開幕した日本初参加のウィーン万博とは

2015年5月1日、イタリア・ミラノ万博が開幕しました。

カルチャーショックを受けると、だいたいの人は「!!?」と固まるか、「それスゲー!!」と目を輝かせるかのどちらかになることが多いですよね。
明治時代の日本人が西洋文化に触れるたび、「西洋に追いつけ追い越せ!」と必死になっていたことは皆さんご存知の通りですが、同時期には逆に西洋の度肝を抜いたこともありました。
1873年(明治六年)の5月1日に開会した、ウィーン万国博覧会もその一つです。
これはときのオーストリア皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世の即位25周年を記念して行われた万博でした。
そして、日本にとっては初めて国として正式に参加した万博でもあります。

ウイーン万博会場(Wikipediaより)

この万博全体のテーマは「文化と教育」でした。産業革命も一段落し、各国で「一般人の教育水準を上げよう」という流れが起き始めていた頃です。そのため、女性労働や育児政策に関する展示もされていました。
おそらくその辺を参考にするためか、岩倉使節団(過去記事:チーム「世界一周おつかい団」岩倉使節団の派遣が決定【その日、歴史が動いた】)もこの年6月に立ち寄っています。

会場は今もオーストリアの観光名所・イベント会場・遊園地として有名なプラーター公園でした。
円型の大ドームを中心に西からオーストリアをはじめとした西ヨーロッパの国々の展示会場が並び、東側にドイツや東欧諸国が並んでいたそうです。
日本は中国の隣の一角を指定されていて、会場全体のほぼ東端にあたるところだったそうです。おおよそ地図通りの配置になっていたと考えていいでしょう。
ヨーロッパから見て日本は中国よりも東、いわゆる「極東」ですからね。あちらの世界地図でもそんな感じの描き方になっていますし。

日本会場では、1300坪ほどの敷地に白木の鳥居・神殿・神楽堂・太鼓橋を備えた本格的な神社と、日本庭園を作ることになっていました。が、開会に間に合わず、開会後もしばらく工事が続けられたそうです。
池に錦鯉を放つほどの凝りようでしたから、一時の物ではなく日本国内と同じように、手を抜かずに建てたのでしょうね。

しかしこれが功を奏し、職人達の働きぶりが良い呼び込みになりました。
各国の王侯貴族もこぞって見物に訪れ、特にオーストリア皇后エリザベート(過去記事:超絶美人でスーパーフリーダムなオーストリア皇后エリーザベトに起きた悲劇とは【その日、歴史が動いた】)が東洋の職人にいたく興味を惹かれたらしく、かんなくずを侍女に持ち帰らせたといわれています。
何でも西洋のかんなと日本のかんなでは刃の向きが違うらしく、削りくずが異なるのに気づいたからだとか。普通の感覚であればそこで質問して終わりそうなものですが、わざわざ持ち帰らせたということは木材の香りが気に入ったとかだったんですかね。
というかそんな細かいところに気付く視力と観察眼がすげえ。まさか職人のすぐそばまで近寄って見たわけでもないでしょうし。

他にもオーストリア皇帝夫妻は太鼓橋の渡り初めも行うなど、会場に興味津々だったそうです。
これより後の時代、あのサラエボ事件で非業の死を遂げることになるフランツ・フェルディナント(過去記事:サラエボ事件で第一次世界大戦勃発!犠牲の「皇太子」の結婚生活が発言小町すぎる【その日、歴史が動いた】)もシェーンブルン宮殿に日本庭園を作らせていますので、ハプスブルク家の人々は日本文化を好む傾向でもあるんですかね。

他の展示はどうだったかというと、こんな感じでした↓

・鎌倉大仏の模型
・東京・谷中にある天王寺の五重塔模型(高さ4メートル)
・大太鼓(直径2メートル)
・浪に竜を描いた提灯(直径4メートル)
・名古屋城の金鯱(雌のみ)

しゃちほこ!(Wikipediaより)

やたらデカいものばかりですが、これはシーボルトから「日本独自の文化をアピールするには、人目を引くような大きなものが良い」というアドバイスを受けたからだとか。

また、シーボルトの知人でお雇い外国人の一人であるワグネルという人物は、「日本はまだ工業が未発達だから、機械製品より日本にしかないような美術工芸品を中心にしたほうがいい」と言ってくれています。
それを受けた明治政府は、全国から優れた工芸品を買い上げて持って行きました。正倉院やいくつかの神社から国宝まで持って行ったそうですが、よく無事に済んだものですね。

古いものを展示するだけでなく、お土産用に販売する日本の工芸品も持っていったところ、これもまた大好評だったようです。
一番ダイナミックだったのはイギリスのアレキサンドル・パーク商社でした。なんと会場に建てられた日本庭園の建築物だけでなく、木や石の全てを買い取ってロンドンに持って行ったそうです。イギリス人の金銭感覚どうなってんだありがとうございます。
この商社、日本のお土産が売れまくっているのに目をつけて、万博閉会後も日本の商品を売るようになったのだとか。お礼を言っていいやら、がめつさに引けばいいのやら。

そんなわけで好評のうちにウィーン万博は幕を閉じました。
万博全体のメイン会場になっていた大ドームは1937年に焼失し、その後第二次世界大戦の空襲で他の建物も焼けてしまったため、ウィーン万博当時の建物はほとんど残っていないそうです。
おそらくは日本の展示場だったところも似たようなものでしょうね……。

大ドーム(wikipediaより)

その代わり、万博の成果は日本国内で生かされることになります。
この万博に関する報告書が2年後にまとめられ、佐野常民という人が「日本にも博物館が必要です!」と政府に強く訴えかけました。
その結果、東京国立博物館(トーハク)などが作られていくようになります。潜在的には、ウィーン万博は日本の国立博物館の先祖といえるかもしれませんね。

万博というとひたすら人が多くて敬遠する方も多いかと思うのですが、ウィーン万博のように地味ながらも歴史に影響を与える場に立ち会える……かもしれないと思えば、人ごみも悪いものではないのでしょうかね。
ワタクシも人様のことは言えないのですが。だってぼっちだし(´・ω・`)

長月 七紀・記

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ウィーン万国博覧会
http://www.ndl.go.jp/site_nippon/vienna/section2/index.html
http://www.ndl.go.jp/exposition/s1/1873-2.html
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=145


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