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その日、歴史が動いた 今川家

決して無能ではない今川義元 家督相続でイチャモンつけられ花倉の乱

更新日:

 

人間一生に一度くらい、輝いていた時代がありますよね。
お父さんお母さん恒例の自慢「若い頃はモテた」とか「学年で成績一番だった」とか・・・。事実かどうか、誇張しているのか否かはさておき、何か一つはあるハズです。
それは戦国随一のアh……負け組というイメージが定着してしまっているあの人も同じです。

天文五年(1536年)の6月10日は、今川家のお家騒動である”花倉の乱”のラストスパート・方ノ上城攻めがあった日です。
これを収めて今川家をまとめたのが、(不本意ながら)信長に倒されたことで有名な今川義元です。彼にだってカッコよかった時代があるんですよ・・・というか有能な方だと思います(`・ω・´)

今川義元/Wikipediaより引用

 

血筋からして義元があとを継ぐのが道理

そもそも今川家は、室町幕府将軍家である足利家の一門の中でも格の高い家でした。
ですから他の大名とも別格で、正式に駿河の守護に任じられていたのです。

が、もろもろのトラブルで一族の争いが度々起こるようになり、少しずつ勢力が弱まっていました。義元の父・氏親の代にはいったん落ち着いたのですが、氏親の跡を継いだ長男・氏輝と、その後継者に決まっていた次男・彦五郎が急死してしまったために家中は混乱。
この二人が同じ日に亡くなったのはどう考えてもアヤシイということで、暗殺説もあります。

といっても、血筋からして義元が継ぐのが道理でしたので、本来は起きるはずがなかった乱ともいえます。他の側室生まれの兄も出家していましたし、氏親正室の子供の年齢順では義元が一番上でしたからね。

年齢順でいくと側室生まれの兄のほうが上ですが、そうホイホイ正室生まれと側室生まれの序列はひっくり返せません。

 

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俺の孫が氏親様の孫だし、年長だし、家継がせてよ!

しかし、義元が還俗すると有力家臣の一部は大反発。
特に娘を氏親の側室に出していた福島家(これで”くしま”です)は「俺の孫が氏親様の子だし、こっちのほうが年長だし家継がせてよ!」(超訳)とごねだしたことで話がこじれます。どう見てもジーチャンが権力を握る気満々です。本当にありがとうございました。
こうして「正室生まれの弟」vs「側室生まれの兄」という構図ができてしまいます。戦国時代あるあるですね。

ここで氏親の正室であり、義元の母である寿桂尼(じゅけいに)が仲裁に入ったのですが、これはあえなく失敗。
長引けば不利と見たか、福島家はこの年の5月25日に挙兵して強引に当主の座をかっさらおうとします。

こうなっては義元も引き下がるわけには行きません。そもそも嫡流である彼が引く理由はありませんしね。
福島家と愉快な仲間たちは、今川家の本拠・今川館を攻めましたが見事に追い返されました。

義元は寿桂尼や太原雪斎らに助けられ、さらに後北条氏の支援を受けて、6月10日に福島家をはじめとした反乱側のこもる方ノ上城を攻撃し、見事に落とします。
そして福島家に担ぎ上げられた氏親の孫(=義元の異母兄)である玄広恵探(げんこうえたん)がいた花倉城を攻め、徹底的に追い詰めました。
このためこの乱は「花倉の乱」と呼ばれているわけですね。

 

わずか半月で決着 いったい福島家はどこに勝算があった?

ちなみに恵探は攻め込まれてきたときに花倉城から逃げ出し、付近の寺で切腹しました。

当時の福島家の当主が誰だったかもはっきりしないので、恵探が家を継ぐ意思を持っていたのかどうかもよくわかりません。が、首を取られるよりは自ら腹を切ることを選んだあたり、やはり武家の人という感じがしますね。

ところでこの乱、上記の通りたった半月程度で勝負がついてしまっているのですが、福島家はそもそもどこに勝算があって兵を挙げたんでしょうねえ。いくら何でもお粗末過ぎませんか。

もしかして、「義元が嫌いだから」というだけで何の計画もなく謀反を起こした? そうなると巻き込まれただけの恵探がことさら哀れですが。

現代でも計画ナシに「こうしたいからこうする!」って人はいますから、案外そういうくだらない理由だったのかも……?

長月 七紀・記



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参考:花倉の乱/Wikipedia

 

 

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