ユーグ・カペー/wikipediaより引用

フランス

ユーグ・カペーから続くフランス王家の血筋~欧州にも存在した千年王家

日本の皇室が尊ばれている理由のひとつに、
「最も古くから続いている君主の家柄」
というものがあります。

神話の時代から数えれば2000年以上。
実在確定なところからだと1500年ぐらいですね。

では他の国で1000年続いているような家柄はないの?
と言えば実はおります。

987年(永延元年)7月3日、ユーグ・カペーがフランス王に即位しました。

これだけだと何の話やらさっぱりわからんという方が多いと思いますので、まずはフランスの歴史上、どんな王朝があったのかをサラッと確認しておきましょう。

 

フランス王朝の主な流れとは?

フランスの歴代王朝は以下のような流れとなります。

①メロヴィング朝(フランスの前身・フランク王国を作った王朝)

②カロリング朝(メロヴィング朝の王様を蹴落としてできた王朝)

③カペー朝 ←今日ここ開始

④ヴァロア朝(百年戦争~ユグノー戦争をやってた頃の王朝)

⑤ブルボン朝(ユグノー戦争以降の王朝。フランス革命で\(^o^)/)

⑥オルレアン朝(ブルボン家の支流。フランス革命後、王政復古でルイ・フィリップという人が王様になった)

つまり、6つあるフランス王朝の3つ目を創始した人がユーグ・カペーだということです。

厳密にいえばメロヴィング朝とカロリング朝の時代はフランク王国だったり、途中でフランク王国が分裂して西フランク王国になってたりするんですが、だいたい現在のフランス周辺でのお話ということでここはひとつ。

 

40年間で3度王が代わり、そのうち2回が事故死って

ユーグ・カペーは現在のベルギーにあたる地域の豪族。
同家からは、かつてカロリング朝の王様を輩出したこともありました。この時代、王位は世襲ではなく選挙で決められていたからです。

といっても現在のような普通選挙ではなく、他の豪族や聖職者のみの投票で決まります。
ローマ教皇の選出で行われるコンクラーヴェが近いですかね。

「なんだよ、今より公平じゃないか」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、このため「王様になりたい! 他の奴全員ブッコロ!!」(超訳)という物騒極まりない時代でもあります。中世ですからね。

そんな時代で、ユーグは十代半ばのときに父が亡くなり、急遽、家督を継ぐことに……。

物騒な時代だっただけに、ユーグはいきなり部下にナメられ、領地を削り取られるという涙目状態になりました。
このときは伯父であるケルン大司教(カトリックのお偉いさん)の協力を得て、ユーグは家名を守り抜いています。

一方、この頃の西フランク王国の王位は次々と変わっていました。

当時の寿命が短かったこともありますが、ユーグが生まれてからフランス王になるまでの約40年間に、三回も王様が変わっています。
しかもそのうち二回は事故死です。おいおい。

これには諸侯も聖職者たちも呆れたらしく、
「やっぱり世襲じゃなくてちゃんと能力がある人を王様にしようぜ!」(超訳)
と意見がまとまりました。

そこで白羽の矢が立ったのが40代後半になっていたユーグだったのです。

長く続く王家の始まりに……/wikipediaより引用

 

王位についてから亡くなるまでの10年は戦争に追われ

40代も後半であれば、当時の感覚としてはおそらく老人の域です。
しかし、それでも選ばれたんですから、能力や人柄が認められていたに違いありません。

ただし、すぐにフランス全土が納得したわけではなく、ノルマンディーやブルゴーニュ、アキテーヌといった現在のフランスの一地域として名を残しているあたりなどでは、ユーグの戴冠に不服を持つ者も少なくない状態でした。

そのため彼は、王位についてから亡くなるまでの10年ほど、戦いを余儀なくされています。

反ユーグ派同士も協力し合っていたわけではなく、結果としてカペー朝とフランス王位は続いていくのですが。

もし彼らに「とりあえずユーグをぶっ潰して、後のことは後で決めよう!」という概念があったら危なかったかもしれません。
ユーグ以降のフランス王は、全て血がつながっているからです。

ヴァロア家もブルボン家も、元はカペー家の支流でした。

 

子孫たちは国をまたいで1000年以上残っている

フランス革命でブルボン朝は終了。
ルイ16世の子供たちは子孫を残さずに亡くなったため、ブルボン家ひいてはフランス王家は滅びたと一般的には受け取られていますよね。

しかし、ルイ・フィリップの子女には他国の王家に嫁いで子供を残した人もいるので、厳密に言えば今もまだブルボン朝、そしてユーグ・カペーの血は続いていると見ることもできます。

ついでにいうと、現在のスペイン王室であるボルボン家はルイ14世の孫の血筋なので、これまたユーグの末裔ということになります。

要するに、ユーグの子孫は国をまたいで1000年以上残っているということになりますよね。
こいつはすげえや。

「そんなこと言ったら一般人だってそうだろw」
といえなくもないですが、記録が残っているかどうかというのはやはり重要ですからね。

日本で例えるとすれば、源氏・平家の支流の家が続いている感じでしょうか。
源氏も平家も元は皇室ですし。

何かとややこしいヨーロッパの王侯貴族関係ですが、そう考えると少しはわかりやすくなる……かも?

長月 七紀・記

【参考】
ユーグ・カペー/wikipedia

 



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