日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代

富山の母ちゃんたちが始めた米騒動 なんで、こんな事態が勃発したの?

更新日:

 

食は元気の源です。
どこまでお金をかけるかは個々人の好みや事情によるでしょうが、削らなければいけないときでも限度はありますよね。しかもそれが、自主的な節約ではなく半分以上強制的にやらされるとしたら……ぞっとしない話です。
本日はその一例をご紹介しましょう。

大正八年(1918年)7月22日は、現在「1918年米騒動」と呼ばれている一連の暴動事件が始まった日です。
のっけから物騒すぎますが、一体何がどうしてこんなことになったのでしょうか。

まずは、「当時の日本人にとってお米がどんなものだったのか」をざっくりつかむところから始めましょう。
最近はあまりお米が好きではないという人も増えてきましたしね。

tomorroweye49

【TOP画像】神戸の米騒動で焼き払われた鈴木商店本社/Wikipediaより引用

 

エンゲル係数が今の2倍以上で60パーセント!

当時の肉体労働者は、一日に米を一升=十合食べるのも珍しいことではありませんでした。ここから半世紀くらい前の幕末には、「西洋人に勧められて肉を食べたら、かえって疲れてしまった」という話もあるぐらいです。
米には炭水化物・たんぱく質・脂質の三大栄養素が含まれるので栄養的にも優れていますし、国内でたくさん採れるということでいいことづくしですから、理想的な主食といっても過言ではありません。
もちろん、白米の場合はかなり栄養が減ってしまうので、「白米だけ」で完璧な食事にはなりませんけども。

もう一つは、当時のエンゲル係数です。収入に対する食費の割合のことですね。
大正時代のエンゲル係数は、平均してだいたい60パーセントくらいだったといわれています。ちなみに、現代では20~30パーセントくらいです。
ということは、ものすごく単純に考えると、「大正時代の人は現代人の三倍食費がかかっていた」ということになりますよね。

実際には物価や給与などいろいろ理由があるのですが、変動が激しいなどの理由で計算がめんd……複雑なので割愛します。経済の記事じゃないですしね。
そんなわけで、お財布的にも栄養的にも、お米は今よりもっと重要な食品だったのです。
では、どうして暴動が起きるほど値上がりしてしまったのか?
これまた乱暴にまとめると「政府の失策」です。

 

スポンサーリンク

シベリア出兵で政府自ら買い占め それに便乗して商人も……

第一次世界大戦で一応戦勝国側になった頃、日本では農家を辞めて工業に従事する人が飛躍的に増えました。
農家では米以外の穀物を食べることも多かったのですが、元農家の人が転職した後に米を食べるように変化。「米の生産量が減ったのに、食べる人が増えた」という状態に突き進んでしまいます。

さらに当時は、シベリア出兵などの軍備の一環として、政府が米の買占めを始めたのだから最悪に間が悪い。商人たちも、より高く買ってくれる政府に米を売りたいので、値段を上げてわざと庶民に買いにくくするのです。
ついでにこれを新聞各紙が「ホラホラまた米の値段が上がりましたよ! 政府は何をしてるんでしょうね! サイテーですね!」(超訳)と書きたてたため、社会不安がどんどん高まります。

……最近似たような話を聞いた気がしますが、きっと気のせいですね。
冷夏や不作ならまだしも、こんな経緯では全国のカーチャンが怒るのも無理からぬこと。
この時期の米相場のグラフがあるのですが、一言であらわすと「絶壁」もしくは「水墨画によく出てくる切り立った山」みたいな感じです。平たく言うと「ふざけんな」レベルの高騰ぶりです。

大阪の堂島米会所における当時の米相場はこんな感じで推移。リーマンショックの比じゃない動きでヤバすぎます/Wikipediaより引用

 

スポンサーリンク

徐々にエスカレートして、もはや内戦じゃん!

具体的に庶民の運動が始まったのは、富山県だったといわれています。
まず米屋や市役所へ嘆願する人々が現れ、徐々に全国へ広がると同時にエスカレートしていきました。

江戸時代からお馴染みの打ちこわしが始まり、取り締まりにやってきた軍に対し放火やダイナマイトで応戦する者が現れるなど、現代人の感覚からすると「内戦じゃねーか」とツッコみたくなるような場所もあったといいます。

場所によっては、小さな子供を連れた母親や、杖なしでは歩けないようなおばあさんまで参加したそうですから、本当に切羽詰った状況であったことは想像に難くありません。
一部では海軍の兵が加担したり、警察が市民に同情してわざと止めなかった……なんてこともあったとか。食べてるものが同じなんですから、そういう人がいてもおかしくはありません。故郷の家族を思い出した人もいたでしょう。

政府は米の値段を下げるべくいろいろやりましたが、すぐには効果が出ず、当時の内閣が解散。代わって組閣したのが「平民宰相」とあだ名された原敬です。この時代からイメージ戦略ってあったんですね。

平民宰相と呼ばれた原敬/Wikipediaより引用

 

近年の米騒動というと1993年の冷夏によるものがありますが、このときは1918年のような暴動が起きなかったことを喜ぶべきでしょうか。今更ですが。

代わりに?タイ米がまずいだのなんだのと話題になりましたけども、「日本が大量に輸入したせいで、タイで米が不足・高騰して餓死者が出た」というのは本当なんですかね……真実だったらかなりまずい気がするんですけども。

自然災害はともかく、政治の舵取りがまずかったせいで……なんてことは、もう二度と起きてほしくないものです。

長月 七紀・記

スポンサーリンク

参考:1918年米騒動/Wikipedia

 

 




1位 西郷隆盛49年の生涯!


2位 ホントは熱い!徳川家康


3位 意外と優しい!? 織田信長さん


4位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


5位 毛利元就の中国制覇物語


6位 伊達政宗さんは史実も最高!


7位 最上義光 名将の証明


8位 最期は切ない豊臣秀吉


9位 史実の井伊直虎とは?


10位 もしも戦国武将がサッカー日本代表だったら?


武将ジャパン・TOPページへ戻る



-その日、歴史が動いた, 明治・大正・昭和時代

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.