魚の寒ブリが原因でお家改易→自決したぶっ飛び大名・稲葉紀通

 

突然ですが皆様、魚はお好きですか?
最近は食の欧米化に伴って、魚より肉派のほうが多い気もしますが、さんまやカツオなど「旬のイメージが強い魚は食べる」という方もいるのではないでしょうか。
実は、そうした美味しい魚が原因で、江戸時代にとんでもない事件が起きたことがあります。俗説ながら、本日はその顛末をお話しましょう。

慶安元年(1648年)8月8日は、福知山藩主・稲葉紀通(のりみち)が自決した日です。

この人は「頑固一徹」の語源になったといわれている稲葉一鉄(過去記事:「頑固一徹」の語源とも、戦国武将稲葉一鉄の人生【その日、歴史が動いた】)の子孫にあたります。たぶん性格的にも先祖の影響を受けていたと思われますが、いくら生真面目だからといって、何で戦乱もない江戸時代に自決することになってしまったのでしょうか。

tomorroweye21

【TOP画像】sotamann@flicker

 

大坂の陣が終わり、海沿いの伊勢から内陸部の福知山へ

紀通は慶長八年(1603年)に生まれ、大坂冬の陣で初陣を果たしたというギリギリ戦国武将に入る世代の人でした。
が、夏の陣が終わると、今度は行政能力が求められるもの。周りの家臣に支えられて、度重なる転封にも耐え、最後にやってきたのが福知山藩でした。現在の京都府福知山市にあたります。

彼が最初にいたのは、父から受け継いだ伊勢・田丸藩。ここは海が近かったので、四季折々、旬の魚に舌鼓を打っていたでしょう。
参勤交代その他諸々の負担で、全国のお殿様たちは苦しい生活を余儀なくされましたが、海が近ければ新鮮な魚が手に入りますから、これ以上ない楽しみだったことは想像に難くありません。

しかし、福知山藩は内陸部。川魚や干物ならともかく、冷蔵技術もない時代に新鮮な海水魚はなかなか手に入りません。
日頃は我慢できたものの、とある冬の日に家臣と雪見酒をしていたとき、ふととても美味しい魚のことを思い出してしまいました。

それが寒ブリ。産卵を控えて脂が乗り、最も美味しくなるという冬のブリです。
いかにも日本酒に合いそうですよね。おっとよだれが。

うっかり思い出してしまった紀通は、どうしても寒ブリを食べたくなってしまいました。
とはいえブリは海水魚ですから、福知山の領内では手に入りません。
そこで考え抜いた末、紀通は名案を思いつきます。「ウチで取れないなら、隣の藩に頼んで送ってもらえばいいじゃないか!」と。

 

100匹欲しいだと!? もしや幕府や他藩への賄賂に使うつもりか

そこでおねだり先になったのが、丹後・宮津藩の京極高広でした。
「蛍大名」こと京極高次(過去記事:嫁と妹のおかげで出世した?蛍大名 京極高次という生き方【その日、歴史が動いた】)の孫で、紀通とほぼ同世代の大名です。
この人のもとに、「隣同士のよしみで、寒ブリを100匹ほど都合してもらえないだろうか?」というのんきな手紙が届きました。

いくら好きでも一人で100匹も食べきれるわけはありませんから、たぶん紀通は家臣にも振舞ってやろうと思ってたんでしょうね。いい人や。

しかし高広は、そんな心温まる背景とは受け取りませんでした。
今のように通販やお取り寄せがないこの時代、地元の名産物は大きな価値を持ちます。ものすごく単純にいうと、幕府や他の藩への賄賂になりえます。
ついでにいえば、ときの将軍は三代家光。真偽のほどは不明なものの、「目黒のさんま」の話があるくらいですから、魚は好きだったことでしょう。
さんまは将軍の食べるようなものではないとされていましたが、ブリは出世魚=めでたい魚ですから、縁起という面からしても問題なかったハズ。

そんなわけで、高広は見事トンチンカンな方向に想像をめぐらせますが、「魚をやらん!」と言うとただのケチな奴になってしまうので、寒ブリ自体は送っています。
賄賂として、幕府や他の藩へ送れないよう、頭を切り落とした状態で……。

 

紀通ガンギレ!火縄銃で自ら通行人をブッコロシ!

これが届いた紀通はビックリ仰天。
椿の花が「丸ごと頭が落ちるようで縁起が悪い」とされるのと同様、「頭を落とした魚を送る」というのは、完全に宣戦布告にしか見えませんでした。
怒りのあまり、せっかく送られたブリを庭に投げつけて踏み潰したそうです。もったいないお化けが出るぞ。

ちなみに京都ではネズミ対策のための「猫放し飼い令」が出されていたので、もしかすると福知山藩でもその辺に猫がたくさんいたかもしれません。
猫にとっては大歓迎だったでしょうね。ネズミ取らなくなってたりしてw
その辺はわかりませんが、紀通の怒りはさらに加速します。

なんと、「丹後から来る奴は全員首をはねろ!!」という命令を出してしまいました。

位置関係がわかりづらいですが、丹後方面から京都に入るためには、どうしても福知山藩を通らなくてはいけません。それを禁じてしまったのでは、人も物も行き来ができなくなってしまいます。
が、激おこスティック(ry)状態の紀通にそんな事情を考慮する余裕はなく、自ら火縄銃で士農工商問わず、果ては飛脚までブッコロしまくってしまいました。
この時点で誰か止めなよ(´・ω・`)

photo by baron valium @flicker

ただ単にコレが食べたかったんだだけなのにね(´・ω・`)photo by baron valium @flicker

 

甲冑に身を固めて乱射しまくり最後は自決の悲劇

当然のことながら、釘を刺しただけのつもりでいた高広もビックリ仰天。取るものもとりあえず幕府に届け出ました。
寒ブリの話をしたのかどうかはわかりませんが、幕府は「頭大丈夫かアイツ? とりあえず改易な」(超訳)と処分を決めます。

が、正式な処分が下る前にこれを知った紀通は、最早どうにもならないと考えてか、甲冑に身を固めて福知山城からさらに火縄銃を乱射。最後に自らに向けて撃ち、自決したといわれています。切腹説もありますね。
その後、稲葉家は改易になった上、紀通の嫡男も幼くして亡くなり、完全にお家断絶となってしまいました。何てこったい。

これはあくまで俗説なのですが、いかにもありえそうな話ですよね。

せめて高広が「そちらへ着くまでに傷むといけないので、頭を落としておきました」とか書き添えておけば、ここまでの事態にはならなかったかもしれません。勘繰りはしたでしょうけども。もしくは、紀通が福知山の名物と交換にブリをもらっていれば、まだマシだったかもしれません。

戦国の気風がまだまだ残っていた時代と、最後の戦国武将世代が悪い方向にかみ合ってしまった悲しい事件でした。

人の心の中を完全に知ることはできないのですから、せめてコミュニケーションを取る努力はしないといけませんねえ。

長月 七紀・記

参考:稲葉紀通/Wikipedia 今日は何の日?徒然日記

 

 








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