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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた

8/10は「宿の日」 世界最古のお宿や歴史にまつわる温泉地を巡りまSHOW!

更新日:

 

各地で花火大会が開催されたり、お盆が近づいてきたりして、世間はすっかり夏休みムードですねぇ。お休みが取れた方はごゆっくりどうぞ。通常運転の方は……お互い頑張りましょう。

そんな悲喜こもごもであろうと思われる本日8月10日は「宿の日」だそうです。

8(や)10(ど)のゴロあわせらしいのですが、なにもお盆直前のこの日にぶつけなくたっていいような気がするのはワタクシだけでしょうか。
こういう記念日ってメリットや名物がないとなかなか広まりませんし。

まあどうでもいい感想は置いといて、本日は【世界最古のお宿】【歴史にまつわる温泉地】などのお話をまとめてみました。

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◆石川県・粟津温泉 「法師」

奈良時代の泰澄(たいちょう)という修験道の僧が、白山という近隣の山の神様からお告げを受けて見つけた温泉だといわれています。
そして弟子の雅亮という法師にここで湯治をする病人のための宿を作らせ、居つくように言いつけたのが、旅館・法師の始まりだそうで。
ギネスブックで「世界最古の宿泊施設」と認定されましたが、現在は後述の「慶雲館」という旅館に記録を塗り替えられてしまいました。
が、創業200年以上の企業だけが加盟できるフランスのエノキアン協会にも所属しており、同会では最古の企業だそうで。
競争するものでもないですし、由緒正しいお宿には間違いないですしね。

世界で最も歴史ある温泉旅館としてギネスブックに登録された法師/法師の歴史HPより引用

 

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◆山梨県・西山温泉 「慶雲館」

藤原鎌足の長男・定恵(じょうえ)が見つけたのが西山温泉だといわれています。
ちなみに定恵は10歳で遣唐使船に乗せられたというぶっとんだ逸話を持っている人です。しかも生きて帰ってきてます。
その割に唐では「詩の才能がスゴかった(小並感)」くらいの話しかない上、帰国して三ヵ月後に23歳で亡くなってしまうという、あまりに悲劇な人生を送っています。
かわいそうに(´・ω・`)

その定恵が流浪の果てに、土地の娘と結婚して子供を設けたのが山梨県の西山温泉付近だった……って、おいおい、僧侶なのにフリーダムっすなぁ!
しかも狩猟の最中にこの温泉を見つけたといわれているのです、僧侶なのに(ry

いろいろツッコミどころがありすぎるので、おそらく定恵以外の人の逸話がいくつか混ざっているんでしょうね。で、その中で一番地位が高かった定恵の名前でまとめられてしまった……と考えたほうが自然でしょう。

めっちゃ雰囲気ありますよねー!/慶雲館HPより引用

 

まぁ、ことの真偽はともかく、発見間もないうちに開業したのが慶雲館だといわれています。発見までの経緯はともかく、薬効は確かだということでたちまち評判となり、今に続いているとか。

武田信玄や徳川家康が隠し湯として利用していたこともあるようです。

「オッサンの温泉旅行なんて隠されなくても興味ねーよ」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、「隠し湯」とは領主が独占利用していた温泉の事なので、そのようなシチュエーションはおそらくなかったでしょう。
え? 誰も考えてない? そっか(´・ω・`)

ついでに、温泉そのものに歴史的な逸話があるというケースもご紹介しましょう。
といってもそれこそ山のようにあるので、今回は「奥州三名湯」と呼ばれる三ヶ所にしておきますね。

宮城県の秋保温泉・鳴子温泉と福島県の飯坂温泉の三つです。

 

 

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◆宮城県・秋保温泉

「仙台の奥座敷」としても有名なところです。仙台駅からバスが出ているので、車の免許がない方にも行きやすいのが嬉しいですよね。ワタクシも行ったことがあります。
開湯時期不明という胡散臭さ……もとい、歴史の長さを伺える温泉地の一つです。一説には第29代・欽明天皇(在位531年~539年)が皮膚病治療のため、秋保温泉の湯を都に運ばせて用いたところ、数日ですっかり治ったとか。
その喜びを表した歌が、現地に伝えられ碑に刻まれているそうです。

その後、皇室の御料温泉の一つになり、平安時代から代々同じ家がこの温泉を守るよう言いつけられています。お名前は温泉とかお湯とかまったく関係なさそうな「佐藤家」なんですけども、この人選は一体どんな経緯で決められたんでしょうね。
ちなみにその佐藤さんは同地の「ホテル佐勘」というお宿のご先祖様だとか。現在の社長さんも佐藤さんらしいので、もしずっと血が続いているとしたら、庶民でも有数の由緒ある家なんじゃないでしょうか。すげぇっす。

秋保温泉共同浴場/wikipediaより引用

 

◆宮城県・鳴子温泉

こちらも西暦三ケタの時代に発見されていたとされる温泉です。826年発見だそうなので……石清水八幡宮(860年創建)よりも前の話ということになります。
例えがビミョーでスイマセン。他に直近でインパクトのあるものが見つかりませんでした(´・ω・`)

ここは源義経と正室・郷御前の子供、亀若丸の産湯に使われたとされています。なかなか産声を上げなかったので、鳴子温泉の湯に浸けたところようやく泣いたらしいのですが……その後を考えると泣けてきますね……。
義経が自害したとき、一緒にいたのは郷御前と娘だったようなので、亀若丸はその前に亡くなっていた可能性も高いですが。

 

◆福島県・飯坂温泉

ヤマトタケル(過去記事:ヤマトタケル女装への旅立ち【その日、歴史が動いた】)が東征の際に入ったといわれる温泉です。他にも群馬県の草津温泉や東京都の岩蔵温泉にも同様の伝説があるのですが、ヤマトタケルはどこまで風呂へ入りに行ったんですかね。
まぁ、「兄ちゃん呼んで来て」ってトーチャンに頼まれて何故かブッコロしてくるような行動力の人ですから、東京から福島なんて散歩くらいの感覚だったのかもしれませんが。

その他、西行が来たことがあるとか、源義経の家臣である佐藤継信・忠信兄弟のトーチャンが西行の親戚で、なおかつ飯坂温泉の付近に勢力を持っていたとかいろいろと逸話の多い温泉です。

江戸時代には「おくのほそ道」の旅の途中で松尾芭蕉と弟子・曾良がやはり飯坂音瀬に入ったそうで。が、いい宿が取れず、雨漏りするようなところで寝たため、虫に刺されるわ持病の痔が再発するわ、散々な思い出ができてしまったようです。
でも、芭蕉が泊まったのって旧暦の5月=新暦6月くらいの話なので、そりゃそんな時期に山に入ってテキトーなところで寝てたら虫にとってはごちそうですよね。飯坂温泉が悪いんじゃなくて、宿代をケチりすぎた芭蕉たちが悪いんじゃ……。

飯坂温泉/wikipediaより引用

 

まあそれはともかく、どこの温泉でもだいたい「文人が好んだ」という逸話があるものですが、飯坂温泉にも正岡子規や与謝野晶子、さらにはヘレン・ケラーが2回訪れたとか。

真偽の程はタイムマシンでもなければ確かめようがありませんけども、どこも誇り高く自分たちの温泉やお宿を守ってきたことがうかがえます。

都市部のホテルでロングステイや食事を楽しむのもアリですが、たまにはちょっとお金をかけて、由緒ある温泉旅館に泊まりたいものですね。

長月 七紀・記

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参考:法師の歴史 慶雲館 秋保温泉/wikipedia 鳴子温泉/wikipedia 鳴子温泉郷観光協会 飯坂温泉/wikipedia 飯坂温泉/wikipedia

 

 




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