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その日、歴史が動いた ロシア アメリカ

アメリカから遠く離れたアラスカがなぜ米国領土なのか? →ロシアから買ったから!?

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暗記やテスト勉強を抜きにすれば、地図を眺めてみるのもなかなか楽しいものです。しかし、まれに「……何だこりゃ」と思うような部分もありますよね。
白く塗られている地域はどこの国のものか決まっていないところである、というのは広く知られていますが、いわゆる「飛び地」に関しては、「何で近い国のものじゃないんだろう」と思ったことのある方も多いのではないでしょうか。
本日はその中でも、一番デカイあの地域のお話です。

1867年(日本では明治元年)10月18日は、アラスカがロシア帝国からアメリカへ売却された日です。

地図上でパッと見ただけでも、何でこんなに広い土地が飛び地になっているのか不思議になってしまいますよね。
そこには深いような浅いような、当時のいろいろな事情がありました。

アメリカ合衆国領土の変遷/Wikipediaより引用

 

カナダに売ると英国を利することになってしまう…… ならば……

世界史は国ごとの歴史と外交・戦争が絡んでややこしいことになりがちです。

が、共通のビッグイベントとでもいうべきポイントがいくつか存在します。15世紀なら大航海時代、18世紀なら産業革命といった感じですね。
そして19世紀においては、ナポレオン戦争とクリミア戦争があてはまります。

アラスカと関係してくるのは、クリミア戦争のほうです。この戦争そのものの話は以前こちらの記事(過去記事:ロシアのクリミア半島侵攻 その歴史から振り返る【その日、歴史が動いた】)でしているので割愛しますが、結果的にロシアが負けてえらいことになりました。
そこで、戦争の痛手から回復するために、ロシアは領土の一部を売り払ってお金に変えようとしたのです。それがアラスカでした。

ロシアがアラスカを領有していたのは1799年でしたので、ロシア人の移住もさほど進んでおらず、手放すのに惜しくないと思ったのでしょう。

ではなぜお隣のカナダに売らなかったのかというと、当時カナダは自治権はあっても外交権がなかったからだと思われます。もしカナダにアラスカを売ったら、宗主国であるイギリスに売るも同然の事態になってしまうからです。
そのイギリスは、ロシアにとってクリミア戦争で辛酸をなめさせられた相手。せっかくヨーロッパ方面で領地が離れているのに、わざわざ目と鼻の先に拠点を提供してやろうとは思いませんよね。

そこで、当時はまだ大した対立関係でもなく、直接戦争もしていなかったアメリカに領地を売ったのです。
……成り立ちを考えれば、アメリカがいずれヨーロッパ諸国に組するであろうことはわかりそうなものですが……何が決め手だったんですかね。

 

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1エーカーあたり約2セントだってぇ! よくわからんけど(・ω・;)

19世紀後半のアメリカというと、南北戦争でピリピリしていた時期。
ロシアはクリミア戦争が終わってすぐに話を持ちかけたのですが、なかなか交渉は進みませんでした。
そして8年ほどかかったこの日、やっと売却が決まりました。

しかし、アメリカのほうでは「領土が増えたよ! やったね!」という感じではありませんでした。
広いのはまあいいとしても、本土から離れている上に寒すぎて何もできない土地を買った担当者に対し、「いくら安くたって、あんなとこにバカでかい冷蔵庫みたいな土地買っても意味ねーだろ! アホか!!」(意訳)とさんざんな言いようだったとか。

何せこのときの価格は、1エーカーあたり約2セント。
1エーカー=約4047平方メートルなので日本人にとってはわかりづらいですが、だいたい浅草・花やしきや池袋・ナンジャタウンより一回り小さいくらいの面積です。
余計わかりにくいって? ……スイマセン、他にハッキリと面積のわかる比較対象が見つかりませんでした(´・ω・`)

ともかく、それがたったの2セント……当時のロシア帝国がどれだけお金に困っていたかがわかろうというものですね。
もう少し後になると、ロシアでも諸々の地下資源の価値が認められるようになるのですが。

アラスカ購入に使用された小切手/Wikipediaより引用

 

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売却から約30年後に金鉱を発見

ついでにいうと、アラスカでも売却から約30年後に金鉱が見つかっています。ロシアのお偉いさんはさぞ歯噛みしたことでしょうね。
このときの経験を考えると、北方領土が戻ってこないのも納得できなくは……やっぱ返してYO!

実は、アメリカ合衆国の領土は、他国から買った部分が半分ほどだったりします。
独立当初はいわゆる東海岸側だけで、現在知られている領土の1/3程度だったのです。
その後、こんな感じで領土を広げていきました。

・1803年 フランスからルイジアナ(現在のアメリカ中部・主にミシシッピ川流域)購入

・1845年 テキサス共和国がテキサス州としてアメリカに加盟

・1848年 米墨戦争に勝ってメキシコからカリフォルニア州周辺を獲得
イギリスと条約を結んでオレゴン州周辺(アメリカ北西部)を編入

・1867年 ロシア帝国からアラスカを購入 ←今日ここ

この他にも境界線が変わったり、細かい動きはいろいろあるのですが、大体こんな感じです。

1860年のロシア領アメリカ/Wikipediaより引用

 

独立から80年ほどの間にこれだけ領土が広がれば、何かしら軋轢も起きそうなものですが……先住民を(ピー)したのと南北戦争くらいで済んでいるのですから、ある意味スゴイ話ですよね。
その間ヨーロッパはお互いにコロしあってたりするので、うまく隙をついて大きくなっているような感じもします。基盤はヨーロッパにありつつも、大西洋を隔てていて、なおかつ広大な土地があったからこそできたことなのでしょうね。もしどこかのタイミングでつまづいていたら、今のようなアメリカにはならなかったのかもしれません。

いずれにせよ、海はあっても居住可能地域や資源に乏しい日本からすると、何ともうらやましいものです。

長月 七紀・記

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参考:アラスカ購入/Wikipedia ロシア領アメリカ/Wikipedia アメリカ合衆国領土の変遷/Wikipedia

 

 




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