長崎に海軍伝習所を設立! 幕府だって海軍こさえておりましたのや

 

何かを学ぶときに必要なものは、良い先生と良い資料ですよね。
教職についているからといって全員が人格者でもないですし、エライ人が書いた本でも文章が読みにくいことも多々あります。自分に合ったものを選ぶのは存外難しいものです。
とはいえ、国として初めて学ぶというときには、そんな悠長なことは言っていられません。本日は幕末のそんなお話です。

安政二年(1855年)10月24日は、江戸幕府が長崎海軍伝習所を設立した日です。

「幕府が海軍?」

と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。一応、幕府のお偉いさんたちも、西洋化を取り入れようとしていたのです。後世から見ると「倒幕のたった13年前じゃねーか」という気もしますが、まあ当時はそんなのわからないので仕方がありません。

では、どんな場所だったのか見て参りましょう。

「長崎海軍伝習所絵図」鍋島報效会蔵/Wikipediaより引用

 

海軍持ってないと、アメリカの軍艦で脅かされマスヨー

伝習所を作るきっかけになったのは、ときのオランダ商館長ヤン・ドンケル・クルティウスでした。

「幕府も海軍くらい持っておかないと、この前みたいにアメリカとかから軍艦で脅されちゃいますよ? ウチから先生を呼んできますから、海軍学校を作ったらどうです?」(※イメージです)

クルティウスからこんな風に言われた幕府は、早速その通りに準備を進めます。
気前がいいのか諸々の思惑があってのことか、オランダは先生のついでに船まで送ってくれました。

無事に船と先生を迎えた伝習所。まずは慣れない西洋の船を動かせる人材を育て始めます。また、船員だけでなく海防に携われる人間も必要なため、少しずつ生徒を増やしながら体制を整えていきました。

同時に士官(軍の中間管理職みたいな立場の人。会社に例えると課長~部長くらい)の育成も始めています。
何故その手際の良さをもっと早く発揮しなかったのかといいたいところですが、一応ペリー来航から2年でこれをやっているので、まあ妥当といえば妥当ですかね。どうせならアヘン戦争で清が負けたときに始めれば良かったんじゃないかという気もしますけども、それは後世の人だからこその視点かもしれません。

ヤン・ドンケル・クルティウス/Wikipediaより引用

 

坂本龍馬や陸奥宗光が学んだのは神戸の海軍操練所

伝習所には当初幕府から生徒が送られていましたが、少しずつ諸藩からも海防を学ぶ人がやってきました。
もちろん、薩摩や長州の人も行っています。一番多かったのは佐賀藩で、やっぱり倒幕に一役買った藩ですね。
その他もほとんど西日本の藩だったのですれけども、この理由をいろいろ想像すると面白そうです。考えすぎかもしれませんが。

しかし、長崎の伝習所はたった四年でその役割を終えることになります。江戸・築地に軍艦操練所ができて、教師も生徒もそちらに移っていったからです。

ただし、神戸にも海軍操練所ができたので、西日本における海軍養成が完全に途絶えてしまったわけではありません。こっちには勝海舟が絡んでいて、当時まだ漁村だった神戸が港湾都市として発展するきっかけになりました。

また、坂本龍馬や陸奥宗光など、後々日本史に名を残す人物も神戸海軍操練所で学んでいます。

長崎には英語伝習所や養生所(長崎大学医学部の前身)があったので、やはり西洋の学問や情報については、東日本よりもずっと手に入りやすかったことでしょう。
それに、外国人教師から海軍の知識を教わることができたのは、長崎海軍伝習所だけでした。軍艦操練所の先生は長崎で学んだ日本人だったのです。たぶん「オランダから先生呼びまくってたら、お金がなくなっちゃう><」(※イメージです)とかいろいろ理由があったのでしょうが、そこケチるところですかね……?

ちょうど現在も教職員のリストラが話題になってますけれども、いつの時代もお上の金銭感覚は( ゚д゚)ポカーンな感じだってことですかね。
しかも、軍艦操練所ではイギリスから先生を呼ぶ予定だったのが、倒幕によってポシャっています。もっと早く呼んどけば……(´・ω・`)

 

後継者争いで幕府はそれどころじゃなかった?

そもそも西日本にばかり学校を作っていたら、西の大名ばかりが西洋の学問や技術を吸収してしまうでしょう。なぜ幕閣の中でそのことに気付いた人がいなかったのか。

反対に、佐賀藩は独自で三重津海軍所という造船所兼海軍学校を作っていたりします。つい最近、「明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界遺産に登録されていますね。

まぁ、この頃の将軍は十三代・家定だったので、幕府中枢の人はほとんど後継者のことで頭がいっぱいだったのでしょう。公武合体についても、だいたい同時期に動いていましたし。

この辺は、幕府の人材不足がよく現れているということでしょうか。
これまた後世から見れば、倒幕~明治維新は近代化するギリギリのタイミングですので、結果的によかったのかもしれません。

あっちを立てればこっちが立たず。政治とは魔物であり生き物であることがよくわかる……ということでまとめておきましょうか。
江戸幕府にせよ、現代の政府にせよ、お金の使い道はよく考えてもらいたいものですね。

長月 七紀・記

参考:長崎海軍伝習所/Wikipedia

 

 


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