「正義」ってカッコイイ言葉ですよね。
しかし、使い方を間違えれば、これほど迷惑になる言葉もありません。
本日はその最たる例であろうと思われるうちの一つ、70年前の正義の生んだ暴力についてのお話です。
1945年(昭和二十年)11月20日は、ニュルンベルク裁判が始まった日です。
第二次世界大戦におけるドイツの罪を裁くための裁判ですが、日本だと当事者である東京裁判(極東軍事裁判)のほうが関係が深いので、こちらのことはあまり知られていない気がします。
会議から裁判に変わりながら当事者が裁くとは
そもそも、ここまでの国際戦争の戦後処理はおおむね「会議」といわれていたのに対し、ここに来て「裁判」と題しているあたりに勝者の奢りを感じざるをえません。
裁判であるならば、当事者が裁きに関わってはいけないはず。
日本の裁判だって、裁判官も裁判員も第三者ですよね。
裁判官の衣装が真っ黒なのも、「法律と自己の良心以外にとらわれてはいけない」ことの現れです。実情はともかく、原理原則は大切でしょう。
ですから、ニュルンベルクにしろ極東にしろ、中立国であったスウェーデンやスペイン、ポルトガル、スイスなどから裁判官が出るのであれば公正になるはずなのですが、実際にはそうはなっていません。
戦勝国が「俺たちは正義だ! 負けたアイツらは悪だ! だから正義が悪を裁くんだ!!」ということを示すために、わざわざ裁判という形式にしたということです。
もっと言えば「正義である俺たちがやったことは何も間違っていない!」という主張も含まれています。
戦勝国にもあった戦争犯罪の例
主なもの、さらにヨーロッパに関するものだけでも、戦勝国の戦争犯罪はこんなにあります。
・アメリカ
ドイツ人捕虜虐殺
イタリア民間人虐殺
・アメリカ及びイギリス
ドレスデン爆撃
ハンブルク空襲
・フランス
ドイツ人捕虜処刑
イタリア民間人への性犯罪
・ソ連
カティンの森事件 ソ連軍によるポーランド人捕虜虐殺
ベルリン市街戦およびポーランド(当時はドイツにより占領中)における略奪・性犯罪
ドイツ軍捕虜の死亡率3割超
個々の事件名や犠牲者数を挙げるとキリがないので大まかにまとめましたが、戦勝国が決して「正義」ではないことは明らかですよね。
ちなみに、カティンの森事件について、当時はソ連軍が「ドイツ軍の犯行だ」と言い張っていました。
証拠不十分のためニュルンベルク裁判では除外されましたが、もしこの責任も問われていたら、もっと多くの死刑や終身刑が決まっていたでしょう。
また、戦勝国の犯罪の中には「復讐に対する復讐」も含まれています。
つまり、「先にやられたからその仕返しに虐殺・処刑した」というものです。
仕返しをしても死人が増えるだけで、問題も戦争も解決しないんですけどね……。
「公平性に欠ける」としてアメリカでは辞退する判事も
そういった理由で、ニュルンベルク裁判については開廷当時から「公平性に欠ける」という意見が勝敗どちらの国からもありました。
アメリカの判事でも、一度はこの裁判に関わっていながら、あまりに公正でないために辞任した人がいます。
ウィキペディア先生から、その人の発言の邦訳をお借りしましょう。
「ドイツ人に自分たちの指導者の有罪を納得させるはずであったが、実際には、自分たちの指導者は凶暴な征服者との戦争に負けただけだと確信させたにすぎなかった」
「ドイツ国民は裁判についての情報をもっと多く受けとるべきであり、ドイツ人被告には国連に控訴する権利を与えるべきである」
自国民からこれほど酷評されるようなことを、よくもまあ大手を振ってやりきったものです。
ニュルンベルク裁判が「正義の押し付け」であったことは、被告の扱いなどからもわかります。
当時のドイツ幹部が裁かれるのは当然のことですが、中にはニュースキャスターや建築家までいるのです。こういった職業の人が政府に協力するのは当たり前の話ですし、直接戦争に関わるような職業でもないですよね。
それでいて、最も責任を負うべき幹部については、終身刑にしておきながら「病気・老衰のため釈放」するわ、ユダヤ人虐殺の責任者だったアドルフ・アイヒマンは取り逃しているわ。
被告に対する暴力や脅迫も珍しくなかったといいますし、正義の意味を辞書で引き直してこいと。
これでは、犠牲者のための裁判ではなく、戦勝国が自らの力を誇示し、首脳だけが溜飲を下げるための裁判だったとしかいいようがないですよね。
とはいえ、そうした考えは70年経った今でも変わっていない気がするのですが……。
気の長い話になりますけれども、普仏戦争で勝ったドイツがフランスへ当て付けをし、第一次世界大戦でフランスがその仕返しをし、それを巻き返すために第二次世界大戦が始まったことを考えれば、「正義の押し売りこそが平和の敵」ではないでしょうか。
長月 七紀・記
【参考】
ニュルンベルク裁判/wikipedia