玉川上水を作った玉川庄右衛門・清右衛門兄弟がカッコよすぎ! 江戸の発展を陰で支えた偉大なる功績とは?

 

おそらく大多数の方が小学生の頃「地元の歴史」を習ったかと思われますが、身近なものが意外と昔からあったり、有名な人とゆかりがあったりしますよね。
本日はその一つであろうと思われる、とある工事のお話です。

承応ニ年(1653年)1月13日は、玉川上水の着工許可が下りた日です。

今では「上水」と言われても「川と何が違うの?(´・ω・`)」という方も結構多いかと思いますが、当時はとても画期的なことでした。
どんな経緯だったのか、さっそく見ていきましょう。

立川市内の玉川上水/wikipedia

 

井戸も掘ったが海水混じりで使えず

皆さん御存知の通り、江戸は徳川家康が移封されてから大きく発展した街です。

特に江戸幕府ができてからというもの人口が急増。木造家屋が増え、一度火事が起きると大惨事になりやすくなり、人口激増の影響は他の点にもありました。

飲み水もその一つです。
「武士は食わねど高楊枝」なんて狂歌がありますけども、いくら武士だって水がなければ生きていけませんものね。

まず「井戸を掘って何とかしよう」という試みもあったのですが、いかんせん海に近すぎて真水に海水が混じってしまい、飲食には使えませんでした。洗濯に使ったら磯臭くなりそうです(´・ω・`)

そこで、大きな川や池から水を引く「上水」が計画されたのです。つまり、今でいう上水道のことですね。

こうした上水はいくつか作られましたが、玉川上水は多摩川から水を引いて作られたもので、総奉行には「知恵伊豆」こと松平信綱が就任、幕府が上水工事を重く受け止めていたことがうかがえます。

 

一度目は日野 二度目は福生 そして羽村に辿り着く

資金もかなり投下されました。実は二回ほど工事に失敗しています。

一度目は日野付近から水を引こうとしたら「地面に水が吸い込まれた」らしいのですが、詳しい記録が残っていないので、何だったのやらよくわかりません。当時は「水喰土(みずくらいど)」といわれたそうなので、本当に土が水を食らっているように見えるほど、あっという間に吸い込まれてしまったのでしょう。
妖怪のせいですかそうですか。江戸時代ならあり得る。

二度目は、福生から水を引こうとしたときです。
このときは工事中に岩盤にぶち当たってしまって工事が難航したため、別ルートにせざるを得なかったといわれています。
どちらも掘ってみないとわかりませんから、仕方のない事ですね。

そして「三度目の正直」になったのが、羽村からの工事でした。
この場所を決めたのが、信綱の家臣で川越藩士の一人、安松金右衛門という人物です。元々算術が得意だったため、設計の見直しをするよう信綱から命じられたのでした。

 

幕府からの工事資金が尽き、なんと自分の家を売る!?

金右衛門は、羽村付近から掘る案を3パターン作り、そのうちの一つによってようやく玉川上水が完成します。

また、実際の工事には近隣の農民であったといわれる庄右衛門(しょうえもん)・清右衛門(せいえもん)兄弟も大きく貢献しました。

なんせ途中で幕府からの工事費用が尽きた際、自分の家を売ってまで費用を捻出するほど。そこは信綱に訴えてもよかったんじゃ……? と思うんですが、二回も失敗したから言い難かったんですかね。信綱なら「自然が相手なんだから仕方ない」って許してくれそうな気もしますけども。

事実、三度目の正直で無事工事を終わらせた彼らに罰が下ることはなく、「玉川」姓の使用が許されました。

現在、羽村市に玉川兄弟の像が建っていますが、これ、めちゃくちゃカッコイイんですよね。戦国武将や大名以外、もっといえば一般人の像としては屈指のポージングじゃないでしょうか。
何も知らない人に「これ何の像だと思う?」と聞いたら、「忍者」とか「旅人に紛れ込んだ刺客」なんて答えが返ってきそうです(褒め言葉)

玉川兄弟、カッコイイ!/wikipediaより引用

 

かくして小金井桜も生まれた

こうして作られた玉川上水は、江戸時代を通じて江戸の上水道として役割を果たしました。
水質を保つため、水浴びや洗い物、魚釣りなどは厳しく取り締まられています。また、水路の両側三間(約540m)は草むしりや木の伐採もご法度でした。

このためか、吉宗の時代にヤマザクラの木が玉川上水沿いに植えられるようになり、花見客も訪れるようになります。「小金井桜」が有名ですね。
小金井桜は、吉野などから良い木を取り寄せて植えられたものなんだそうですよ。明治時代の研究では、いわばヤマザクラのハイブリッド地帯であると判明したとか。
大正時代には国の名勝に指定され、人々に愛されましたが、周辺の環境が変わってしまったために、枯死してしまったものも多いそうで……。

現在「名勝 小金井桜の会」という有志の方々によって保護・復活が試みられているそうです。会費2000円らしいので、お近くの方は協力されてみてはいかがでしょうか。

2003年には国の史跡にも指定されていますし、どうせなら国のほうで桜も一緒に保護してくれたらいいんですけどねえ。
そういうほうが「クール・ジャパン」だと思うんですが、いかがでしょう。

長月 七紀・記

参考:玉川上水/wikipedia 治水/wikipedia 小金井桜の会

 


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