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その日、歴史が動いた ロシア 女性

意外に多いロシアの女帝 アンナが政治に興味なかったお陰でロシアは進歩できた!?

更新日:

 

昨今「女性の管理職」に関する話題がちらほらありますよね。
男性であろうと女性であろうと、むやみやたらと増やすのではなくて「適材適所」であることが重要な気がしますが。そもそも「女性の」っていう時点でかえって弾性に対する差別になりかねないですし。
本日はその辺と関係があるようなないような、とある国の君主のお話です。

1693年(日本では江戸時代・元禄六年)1月28日は、後にロシア皇帝となるアンナが誕生した日です。
「女性の皇帝」という存在は珍しいはずですが、実はロシアではそうでもありません。「ある一定の時期まで」という条件付きではありますけれども。

せっかく? なので、ロマノフ朝の皇帝をずらっと並べてみましょう。厳密に言えば「ツァーリ」を名乗る前からロマノフ朝は始まっているのですが、そのへんの経緯はめんどくs……複雑なので、キリのいいところからはじめますね。

なかなか恰幅のよろしいアンナさん/wikipediaより引用

 

【ロマノフ朝の愉快な皇帝たち】

イヴァン5世 ピョートル大帝の異母兄、共同統治者
ピョートル大帝 サンクトペテルブルクを作ったりした人

エカチェリーナ1世 ピョートル大帝の妻

ピョートル2世 ピョートル大帝の孫

アンナ イヴァン5世の娘、ピョートル大帝の姪っ子 ←今日この人

イヴァン6世 イヴァン5世の曾孫

エリザヴェー ピョートル大帝の娘

ピョートル3世 ピョートル大帝の孫

エカチェリーナ2世 ドイツ出身の偉大すぎる女帝様

パーヴェル1世 エカチェリーナ2世の息子

アレクサンドル1世 パーヴェル1世の息子(長男)

ニコライ1世 パーヴェル1世の息子(三男)

アレクサンドル2世 ニコライ1世の息子

アレクサンドル3世 アレクサンドル2世の息子

ニコライ2世 アレクサンドル3世の息子、最後のロシア皇帝

14人の皇帝のうち、前半期に4人もの女帝が立っていることがわかりますね。エカチェリーナ2世以降女帝が一人もいないのは、パーヴェル1世が「皇位継承は男系長男」と定めたからです。
また、エカチェリーナ2世以降もロマノフ朝ということにはなっていますが、ピョートル大帝の血は続いていません。エカチェリーナ2世の出身であるホルシュタイン=ゴットルプ家の名をくっつけて呼ぶこともあります。まあ、世界史ではよくある話ですね。

一定の範囲で血筋が保たれ続けている日本の皇室が、世界的に見て特異であるということがよくわかる一例でもあります。古い時代に女性君主が多いのも共通点でしょうか。
さて、ではアンナのお話を始めましょう。

 

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程よく血筋の遠いアンナが急遽担ぎあげられて

彼女は当初、サンクトペテルブルクの南部にあったクールラント公国という国へ嫁いでいました。
しかし、上記のピョートル2世が14歳という若さ、しかも結婚式の直前に亡くなってしまったため、帝位を継ぐ人を至急用意することになったのです。

順当に行けば、当時21歳になっていたエリザヴェータが帝位につくはずでした。
しかし、最高枢密院というお偉いさんグループが「ピョートル大帝の直系の人が皇位に就いても、俺達にうまみがないんだよねー」(※イメージです)という理由で、エリザヴェータに難癖をつけました。
「エリザヴェータが生まれたとき、ピョートル大帝とエカチェリーナ1世はまだ正式に結婚していなかった」ことから、「エリザヴェータは庶子」=「皇位継承権なんて認めません!!」と言い出したのです。

どう見ても屁理屈です、本当にありがとうございました。

そんなわけで、程よく血筋の遠いアンナが急遽皇帝に担ぎ出されました。
当時ロシアのいいとこのお嬢さんはろくな教育を受けていなかったので、最高枢密院は「アンナであればよそ者だし、簡単に傀儡にできるだろう」と考えたのです。

が、そうは問屋がおろしませんでした。

 

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最高枢密院を廃止させたものの政治に興味はなく……

確かにアンナは帝王学を身に着けてはいませんでした。

が、他の貴族たちの支持を取り付けて、最高枢密院を廃止させています。最高枢密院のメンバーはさぞ歯噛みしたことでしょうね。
ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?w

とはいえ、アンナは政治に興味を持っていたとか、自分が実権を握りたくてそうしたわけではありません。
ピョートル大帝が雇った、いわゆる「お雇い外国人」や自分の寵臣に政治を任せ、趣味に没頭することが多かったといいます。
まぁ、そのおかげでロシアは少しずつ国として進歩していくのですけれども。アンナの時代に作られたものとしては、消防隊や郵便制度、陸軍幼年学校などがあります。

が、同じく彼女の時代は凶作や疫病のために税収が減ってしまうことが多く、その取り立てとして民衆に厳しく当たったため、決して評判は良くありません……。
まあ、これは彼女のせいではありませんしね。ついでにいうと民衆に厳しいのはロシアの伝統芸……おっと誰か来たようだ。

 

帝位を父・イヴァン5世の血筋に戻す悲願はならず

学がないことを自覚して親政をせず、多少なりとも仕事のデキる人に任せたという点は、それなりに評価してもいいのではないでしょうか。

自身も子供に恵まれなかった彼女が唯一こだわったのは、帝位を父・イヴァン5世の血筋に戻すことでした。
それがイヴァン6世なのですが、これはエリザヴェータによって廃位され、アンナの悲願は失敗。そのエリザヴェータが推したピョートル3世も、エカチェリーナ2世によって帝位を追われるわけですが……。

この辺がエカチェリーナ2世以降になってようやく帝位が安定したことや、そしてロシアが他のヨーロッパの国に比べて遅れていた理由になるわけです。

キリスト教圏を表現するのには正しくないかもしれませんが、まさに「因果応報」という感がありますね。
ロシア史を追いかけていく楽しみでもあるのですけれども。まあ、他人(他所)事がからこそ言える話でしょうか。

長月 七紀・記

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参考:アンナ_(ロシア皇帝)/wikipedia ピョートル2世/wikipedia

 




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