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その日、歴史が動いた 鎌倉・室町時代

笛吹峠の戦い 新田を破った足利尊氏は関東王になる

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日本史や中国史で特に顕著な気がするのですが、戦場での風流なエピソードってありますよね。項羽の「虞や、虞や、汝をいかにせん」とか。それまでの経緯は別として。
今回はそんなお話の一つ、有名ではありませんがなかなかに詩情溢れる情景があったときのお話です。

正平七年・文和元年(1352年)閏2月28日は、笛吹峠の戦いがあった日です。

時代としては、南北朝の動乱まっただ中。哀しいエクストリーム兄弟ゲンカこと、観応の擾乱(過去記事:史上最大の兄弟ゲンカ「観応の擾乱」 足利尊氏 vs 直義(ただよし)は毒殺で決着!? 【その日、歴史が動いた】)から少し経った頃です。

閏年ですので、尊氏の弟・直義(ただよし)が亡くなってからだいたい一月くらい後の話になります。

峠に建てられた石碑/Wikipediaより引用

 

尊氏討伐の呼びかけに新田義貞の息子たちが賛同

当然のことながら、この時代は新田義貞や楠木正成といった南北朝時代の主役級にあたる人物たちは既に世を去った後。観応の擾乱を、南朝方は見過ごしませんでした。

南朝からすれば、尊氏らを潰す絶好のチャンスですからね。北畠親房という公卿がこれに気づき、「尊氏潰したい人、一緒に殺ろうぜ!!」(※イメージです)と呼びかけました。

これに応じたのが、新田義興・義宗(義貞の次男と三男)たちです。また、尊氏の弟・直義派だった人々も、方々で兵を挙げました。

彼らはまず、鎌倉を奪うべく動き出します。そして一時は鎌倉の占領に成功したのですが、足利方の反撃も素早いものでした。
鎌倉付近で戦闘が勃発。決着がつかず、それぞれ撤退して再び兵を整えます。新田兄弟も一時分かれて再起を図りました。弟の義宗が退いた先が、笛吹峠という風流な地名の場所です。
正確に言えば、これはこの戦いの後についた地名なのですけれども、こまけえこたあいいんだよ。

足利尊氏肖像画/Wikipediaより引用

 

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追い込まれた上杉は尊氏暗殺を狙ったが……

ここで義興を待っているうちに、上杉憲顕や後醍醐天皇の皇子・宗良親王など、他の味方とも合流することができました。
しかし、他の人がやってくるということは、尊氏らも体勢を整える時間があったということ。
そして、義興よりも先に義宗の元にやってきたのは、尊氏でした。
当然のことながら、再び激しい戦闘が始まります。

ノリにノッているときは抜群の統率力を見せ、ダメなときは徹底してダメな尊氏ですが、この戦いの時は前者。

新田・上杉軍は苦戦し、このままでは敗北か……という形勢の中で、一計を案じる者が現れます。上杉憲顕の兵のうち、二人が足利方の兵に化け、尊氏の首を直接取ろうとしたのです。

彼らは首尾よく足利方の陣へ忍びこむことには成功しました。が、暗殺は失敗。残念ながら二人の顔を見知っている者がいたためにバレてしまったのです。
ここでうまくいっていたら、その後の歴史は全く違うものになっていたのでしょうね。
戦場という非日常の場でも顔がわかるような者同士で殺し合う、というあたりが何とも無情です。この件に限ったことではないですけれども。

足利尊氏が奉納したという甲冑/Wikipediaより引用

 

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切っても切れない、戦場と軍人と笛

上杉憲顕がこの計画を知っていたかどうかははっきりしませんが、日が暮れて彼我の陣地に灯る火の数から戦力差を思い知り、上杉軍は先に撤退してしまいました。
新田軍もこのままでは分が悪いと考え、義興と合流できないまま越後へ退いたといわれています。

笛吹峠の名は、この戦いの間のとある夜に、宗良親王が月明かりを見て笛を吹いたことからきているのだとか。「月夜に笛を奏でる貴公子」とは、絵物語のような情景ですね。
実際には「もののあはれ」を感じている場合じゃないと思うのですが、それを忘れるほど見事な月夜だったんでしょうか。

どうでもいい話ではありますが、古来「戦場・軍人と笛」という取り合わせはよくあるようです。

日本では平家物語で有名な平敦盛が、戦場にも笛を携えていたといわれていますね。西洋でも、プロイセン王フリードリヒ2世がフルートを得意としており、作曲も手がけています。
フリードリヒ2世のほうはさすがに戦場では吹いていなさそうですけれども、笛なら場所を取らないから、武将や王様にも愛されたんですかね。

どうせなら死人が出る戦いではなくて、笛なり何なりの芸術で競って決着をつけてほしいものですが。あるいはトップ同士のタイマンとか。無理か。

長月 七紀・記

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参考:今日は何の日?徒然日記 笛吹峠(埼玉県)/Wikipedia 武蔵野合戦/Wikipedia 足利尊氏/Wikipedia

 




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