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GHQが「平将門の首塚」を撤去しようとして失敗!? 戦後の連合軍がヘタこいた改革3本はこれ

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歴史上大きな出来事は多々あれど、その裏側まで調べる人はそうそういないですよね。
しかし、そういう些細な事こそ、歴史の面白さや当時の世情などを知る手がかりになるのではないでしょうか。
本日はそんな感じで、近代で一番と言っても過言ではないあの出来事のマイナーな点を探っていきましょう。

1952年(昭和二十七年)4月28日は、GHQが撤退し、日本が主権を回復した日です。

当コーナーでは珍しく本当に「歴史が動いた」出来事ですが、今更「日本国憲法の制定」やら「戦後しばらく墨塗り教科書が使われました」やら、小・中・高全ての世代の教科書に載っているような話はそちらで学んでいただき、今回は別の角度から見ていきたいと思います。

GHQは、この日までに様々な改革を行ったわけですが、その全てが成功したわけではありません。
その中から三つ取り上げてみましょう。

【TOP画像】平将門の首塚/wikipediaより引用

 

植民地化を断念したら、予想を超えて経済成長しすぎ

一つは、日本経済の縮小について。
当初GHQは、日本経済を「アメリカの支配下に置ける規模」というレベルに保とうとしていました。具体的には、当時の東南アジアレベルです。もっと乱暴に言えば、「経済的には植民地化しようとしていた」わけですね。
しかし、その後冷戦の激化、さらに朝鮮戦争の勃発によってアメリカは「日本にもっと儲けさせて、自分のことは自分でやってもらったほうがウチらの手間が減るわ。あ、基地はそのままな」(超訳)と考えを変えます。

この動きは、為替レートからもうかがうことができます。終戦後しばらくは1ドル=360円の固定相場制でしたが、1970年代始めには308円になり、その数年後に変動相場制(諸々の状況によって為替レートが変わること)へと変わっていきました。
円高・円安の概念はこんがらがるので苦手な方も多いと思いますけれども、「円高=少ない円で他の通貨をより多く交換できる」「円安=他の通貨と交換するのに円がたくさん要る」といった理解で良いかと。

つまりものすごく単純に言うと、米ドルにたいして円高が進むということは、日本の経済力がアメリカに対して強くなっていくこととほぼ同義になるわけです。この記事を書いている時点で1ドル=110円くらいですから、戦後と比べれば1/3以下。これまた単純に受け取るとすれば、戦後に比べて日本の経済力が3倍以上になったということになります。

現代からすると考えられない話ですが、通りで1960~1970年代に貿易摩擦などによってジャパンバッシングが起きるわけですよね。当時のアメリカ人からすれば、「あいつら俺たちのお情けで復興したくせに、何であんなに儲けてやがるんだ!」と思うでしょう。

現在では、あまりに円高が進むと外国から「今は円が高いから、日本に輸出したくないなー(´・ω・`)」と言われて取引を敬遠されたりするので、円高であればあるほどいいというわけではないのですけども。その辺は経済の範疇になるので、ご興味のある向きは各自お調べください。

 

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「おまえら、読み書きできないんでしょ?」「はぁ?」

二つめは、日本の公用語についてです。
GHQの教育関係担当だったジョン・ペルゼルという人物が、「日本人は未開の人種だから文字を読めないに違いない」と思い込んで、日本語のローマ字化や、公用語を英語にしようと言い張っていたことがありました。

日本側はブチ切れてしかるべき言い草ですが、日本政府は粛々と国民に漢字の読み書きテストを行い、識字率の高さを示しています。
江戸時代でさえ、最低でも自分の名前を読み書きできる人がほとんどだった日本です。義務教育を数十年行った段階で、識字率の低いはずがありません。
それに、明治時代に日本へやって来た各国の人々も、日本人の識字率の高さには驚嘆したという記録を多々残しています。

さらに、日本人が本当に「未開の人種」だったのなら、戦時中の欧米はそんな連中に不意打ちを受けたり、要塞を一つ落とされたり、戦艦沈められたり、「ここはペスト患者の収容地です」なんて奇策を使われてパニックに陥ったり、植民地を奪われたりしたわけことになります。m9(^Д^)プギャー

ペルゼルは「日本は漢字なんかを使っているから先進国になれないんだよwww」と主張したかったようですが、当然のことながらローマ字化も公用語の変更も失敗しました。
担当者がアホでマッカーサーも困ったでしょうね。というか中国も怒っていい。

まさかこの御方までそんなコトを考えていなかったでしょうけど……/wikipediaより引用

 

平将門の首塚を撤去しようとしたらブルトーザーがひっくり返る

最後は政治的にも歴史的にもあまり関係ありませんが、日本人であればまずやらないであろうことです。
なんと、GHQは平将門の首塚を撤去しようとしていたのです。(ノ∀`)アチャー

ブルドーザーで壊そうとしたら、ブルドーザーごとひっくり返って運転手(日本人)が亡くなったそうで。可哀想に……。

ちなみに、大正時代にも日本政府が首塚を撤去しようとして、事故が相次いでいました。当時からすればほんのちょっと前のことなんですが、それ教えなかったんですかね。教えても「そんなのあるわけないだろHAHAHA! これだから野蛮人はwww」みたいな反応だったのかもしれませんが。

こういうことが歴史の教科書や資料集の隅っこに書いてあったら、ちょっとは勉強が面白くなるんじゃないかと思うのですけれども……そうすると検定に受からないんですかね(´・ω・`)

「触らぬ神に祟りなし」という言葉を知らなかったのか/wikipediaより引用

長月 七紀・記



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参考:連合国軍最高司令官総司令部/wikipedia 平将門の首塚/wikipedia

 

 

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