6月9日が「ロックの日」とはどうにもイケてない! されどその歴史を考えるのもいい機会

音楽の力ってすごいですよね。
雰囲気を盛り上げるのはもちろん、明るい曲を聞いて逆に辛くなることもあれば、眠気を誘ったり、思い出とともに大切なものになることもあります。
本日はそんな音楽の歴史の一部分、実は最近生まれたあのジャンル周辺を見てみましょう。

6月9日は「ロックの日」です。そのまんますぎてもはやツッコミどころがありませんね。

とはいえここは歴史サイトの一コーナーですので、それらしく話を進めていきましょう。
「歴史に残るミュージシャン」というテーマしてしまうとお名前だけで数千字になりそうなので、以下固有名詞は最低限にとどめて進めます。
まずは、クラシックとロックの違いからいきましょうか。

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【TOP画像】エルビス・プレスリー/wikipediaより引用

 

レイスと呼ばれていた黒人音楽がR&Bとなり……

音楽性の違いはもちろんですが、この両者はそもそも、どこから生まれたものなのでしょう?

いわゆるクラシックは、古代ギリシアで詩の朗読や劇の演出として演奏されていたものが大本だといわれています。現代に当てはめるとすればラジオドラマですかね。

対して、ロックの先祖というべきものは黒人音楽です。
黒人音楽は当初「レイス(race=人種)・ミュージック」と呼ばれていたのですが、戦後「この呼び方はもうふさわしくないだろう」と言われ始め、「リズム・アンド・ブルース」という呼び方が生まれました。略してR&Bです。こちらのほうが現在ではよく使われますね。
また、19世紀に黒人へキリスト教が広まった際に生まれた、黒人霊歌もロックの親ということができます。

というわけで、クラシックとロックは畑違いどころか生まれた大陸ごと違うわけです。

ですから、クラシックファンがロックをあまり好まなかったり、ロック好きがクラシックに魅力を感じないのも当たり前といえば当たり前かもしれません。
最近では両方好きな人も多いでしょうし、ロック・ポップミュージシャンがヴァイオリンなどのクラシックのイメージが強い楽器を取り入れることも増えてきましたので、一概にはいえませんけれども。

 

白人で先陣を切ったのがエルビスだった

ジャズは「クラシックと黒人音楽を融合したもの」ということになっています。使う楽器からも何となくそんな感じがしますね。「聖者の行進」などが有名かつわかりやすいでしょうか。

順番としてはだいたいクラシック→ジャズ→R&B→ロックという感じです。間が数百年・数十年・十数年とだいぶ違いますが、こまけえこたあいいんだよ。

少しずつこういった新しい音楽が広がる中で、1950年代にエルヴィス・プレスリーが白人でありながら黒人の音楽を演奏したことが大きな話題を呼びました。
まあ、彼の場合は当時斬新だった、腰を使ったダンスも話題のタネだったのですが。腰を動かしてないシーンがないんじゃないかというほど動きまくるので、今見ても「おいwww」と思う人が多そうですよね、アレ。ここに動画を貼っていいものかどうか……w

もちろん当時の主婦たちにとっては言語道断。テレビ局に「あんなひyなものを放送しないで!」とクレームが殺到し、上半身だけ映すなんてこともありました。

歌番組なんだから歌を聞けばいい話であって、ダンスだけ見てクレームつけるのはおかしい気もしますけども……まあアメリカだから仕方ありません。

 

伝説のウッドストック ジミヘン演奏時には人もまばらだったとか

しかし、いつの時代も若者は直感的に「カッケー!!」と思ったものを好みますよね。
腰の動きはともかく、エルヴィスに刺激され、数多くのミュージシャンがロック音楽を作るようになりました。

同時に、ロックの中でもさまざまなジャンルが生まれていきます。サブカテゴリというとわかりやすいでしょうか。
どんどん膨らんでいくロックの世界を、業界も見逃しませんでした。商品化されたという面もありましたが、そのおかげ(?)で、大規模なイベントも行われるようになります。

契機になったのは、1969年に開催されたウッドストック・フェスティバルでした。

これはアメリカ北西・ニューヨーク州アルスター郡のウッドストックという町で開かれたイベントでした。当時このあたりに著名なミュージシャンが多く住んでいたので、彼らに協力してもらって町おこしをしようという狙いだったのです。
当初、主催側では1~2万人程度の来客を予想していたのですが、実際にはその10倍以上もの人数が集まりました。当然のことながらチケットはあっという間に完売してしまい、それでも人が来たため、事実上の無料イベントになった……という伝説のイベントです。美談として受け止められていることも多いですね。

しかし、主催の予想外の状況ということは、衛生的・良識的な問題も多々起こるわけで……実際にはそう美しい状態でもなかったようです。
また、途中で何度も雨が降ったため途中で帰ってしまった人も多く、トリ(※早朝)のジミ・ヘンドリックスの演奏を見ていたのはごくわずかだったとか。ジミヘンも相当なビッグネームなのに(´・ω・`)
実は、ジミヘンはウッドストックの翌年に亡くなってしまっているので、生演奏を見られる貴重な機会でもありました。後悔したファンも多かったんじゃないでしょうか。

 

大きな転機となったライブエイド1985

大きなロックイベントはまだまだたくさんありますが、あまりにも多いのでここで全てを書くことはできません。
歴史的な記録に残るであろうものとして、ここではもう一つだけご紹介しましょう。

1985年に行われた「ライブ・エイド」です。

ライブ・エイドは、アフリカの飢餓難民を救うために行われたチャリティーコンサートでした。
こういった目的のイベントはそれ以前からありましたが、ライブ・エイドの場合、出演したアーティストの数やその質、放送規模が段違いだったのです。会場もロンドン郊外とアメリカ・フィラデルフィアで、最初から衛星放送・中継を前提としたものでした。
これによってより多くの人が見て、より多くのレコードが売れ、寄付金も多くなり、飢餓に苦しむ人を救えるというトントン拍子に行く……はずだったのです。

実際には、ライブ・エイドで集まった金額(約280億円)よりも、アフリカ諸国の返済額のほうが圧倒的に多かったため、飢餓問題を完全に解決することはできませんでした。
ミュージシャンたちが考えている以上に、アフリカの問題は根深かったのです。

しかし、ライブ・エイドは「世界中の一般人が力を合わせれば、一歩踏み出すことができる」ということの証明にもなりました。募金やチャリティー、奉仕という概念と、趣味・実益が結びついたのです。
タダ働きどころかお金を取られて奉仕することに対して抵抗がある人は多いでしょうけれども、好きなことに使った分のお金の中から、誰かを救うことができるのなら、「協力してもいいかな」と思えますものね。

実際には、募金を集めたり諸々の事務手続きをするための団体が運営費用その他を差し引くので、そのままの金額が送られるわけではありませんけれども、まあそこは仕方ないですね。
国によっては現金で送るとお偉いさんがちょろまかすため、現物で送ることもあるとかないとか。人の善意を何だと思ってるんですかね(#^ω^)

 

慈善活動の拡大に貢献したかもしれません

その後もチャリティーコンサートや番組はたびたび行われていますし、個人的に慈善活動を行うミュージシャンも増えました。また、クラシックの演奏会でもチャリティー活動を目的としたものが行われるようになっていきます。
ある意味、ロックが慈善活動の範囲を広げたともいえるのではないでしょうか。ちょっと大仰ですが。
某有名曲のように「世界は一つ」にはなれないでしょうけれども、音楽なり他の何かなり、好きなものを通じて一時的にでも協力できるというのは素晴らしいことです。

最近ではDTM(いわゆる打ち込み音楽)や某歌ロイドなど、クラシックやロック・ポップにとどまらない音楽も増えましたし、これからも新たな音楽やイベントが生まれていくのでしょうね。

般若心経に数々のメロディーがついたように。

長月 七紀・記

参考:ロック(音楽)/wikipedia リズム・アンド・ブルース/wikipedia ジャズ/wikipedia 古代西洋音楽/wikipedia エルヴィス・プレスリー/wikipedia ウッドストック・フェスティバル/wikipedia ライヴエイド/wikipedia

 








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