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その日、歴史が動いた アメリカ

「鉄鋼王」というよりも「寄付王」と呼ぶに相応しい!? アンドリュー・カーネギーの出世物語

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人世において、無くて困るのはやっぱりお金。
それでも「幸せ」であれば、むろん問題はありませんが、だいたいの人はお金が自由に使えないとストレスが溜まるものです。簡単に貯まらないのも、もどかしいですよね。

しかし、苦労して貯めた分、ポーンと使うときの爽快さもまた格別なものです。
本日は、コツコツと貯めたお金を人のために気前よく使った、とある事業家のお話。

1919年(大正七年)8月11日は、アメリカの「鉄鋼王」ことアンドリュー・カーネギーが亡くなった日でした。

何だか仰々しい二つ名ですが、実は身ひとつから鉄鋼業界のドンに上り詰めた、豊臣秀吉のような人です。一体どのような生涯を送れば、そんなことができるのでしょうか。

【TOP画像】アンドリュー・カーネギー/Wikipediaより引用

 

一家でアメリカへ引っ越し ほうぼうで働くうちに……

アンドリューは1835年、スコットランドのダンファームリンという町で生まれました。首都・エディンバラから海を挟んで斜向かいにある町です。
父親は手織り職人をしていましたが、ときは産業革命まっただ中。みるみるうちに仕事がなくなってしまい、一家でアメリカのピッツバーグへ引っ越すことになります。
当時はあまり治安が良くなかったそうですが、両親も幼いアンドリューもほうぼうで働き、何とか生活の基盤を整えることができました。

アンドリューはその後何度か転職し、15歳のとき叔父の紹介で電信局の電報配達の仕事に就いています。
仕事上の都合のためか、劇場にタダで入れるという特権があり、この頃に初めてシェイクスピアの演目を聞いて好きになったそうです。文学へ関心をもつきっかけにもなりました。

他にも、お偉いさんの蔵書が毎週土曜日開放されていたので、それによって知識を身につけたり、職場で使われるモールス信号を聞き取って覚えるなど、立場と頭脳をフル活用していたとか。
その一方で力仕事も進んでやり、信頼も得て行ったとされています。東洋的に表現すれは「蛍雪の功」というところでしょうか。

スコットランドにある生家/Wikipediaより引用

 

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ペンシルバニア鉄道で実業家哲学を学ぶ

そうして真面目に働いていたところ、思わぬスカウトがやってきます。18歳のときに、ペンシルバニア鉄道のお偉いさんであるトマス・アレクサンダー・スコットから【秘書兼電信士】として雇いたいという話が持ちかけられたのです。
これによって、彼の運命は大きく変わることになります。

トマスはアンドリューに経営や原価管理を教えた上、個人的な投資にも協力してくれました。
母の協力も得て、アンドリューは鉄道関連の会社(鉄鋼・建設など)へ投資を繰り返して財産を蓄えていくことになります。
まるで「わらしべ長者」のようですね。出てくるのが全部お金ですけども。

南北戦争時には、アンドリューの投資先が一等寝台車を発明し、大儲けしたことがきっかけとなって、アンドリューとトマスの会社は北軍につきました。兵の輸送や負傷兵の護送を担当し「戦争で鉄道が大きなカギになる」ことを証明することになります。

この間、サービスの改良なども行っていたそうで。戦時中によくそこまで気が回るものですね。

 

鉄鋼業で大儲け 付き合いを広げたのは慈善事業のため?

南北戦争で鉄鋼業が大儲けしたこともあり、アンドリューはペンシルバニア鉄道を辞めて製鉄業の世界へ入っていきます。とはいえ完全に決別したわけではなく、アンドリューの創業した製鉄所でレールを作り、ペンシルバニア鉄道へ売ったりしていたため、関係はかなり良かったようです。

アメリカ随一の大河・ミシシッピ川をまたぐイーズ橋の建設にも、鋼材の提供や建設計画への出資をしたそうです。また、ペンシルベニア州の油田へ投資して配当金を得るようになり、ますます財を成していきます。
このあたりから社会でも重要人物と思われるようになり、社交界へも出て行くようになりました。これがだいたい30~40歳くらいのときのことです。

実業家として活動を続けつつ、アンドリューは政治家や作家との付き合いも始めました。政界や文学界に進出するためではなく、主に慈善事業をするためだったと思われます。

故郷・ダンファームリンに水泳プールを作ったり、図書館の建設費用を寄付したのを皮切りに、イギリス・アメリカ両国各地の研究所や図書館へ寄付をするようになっていきました。

元々文学にも関心があったため、この頃から雑誌へ旅行記などの寄稿も行っています。
スコットランド出身ということもあってか、イギリスという国自体は嫌いではなかったようですが、イギリス王室にはかなり否定的で、「共和制のほうがスゴイんだからな!」と主張する本も書いていました。
ちなみに、当時のイギリス国王はヴィクトリア女王です。王配アルバート公を喪った後なので、女王自身は統治に消極的になっていましたが、なかなかの度胸ですよね。

こうして多方面で名を知られるようになったアンドリューですが、組織が大きくなれば問題はつきもの。
アンドリューに関係することで、二つの大きなトラブルが起きてしまっています。

鋼を安価に大量生産できるようにしたベッセマー転炉/Wikipediaより引用

 

ダムの決壊で町を押し流したジョーンズタウン大洪水

一つは1889年のジョーンズタウン洪水です。

もともとここは水運のためにダムが作られていて、整備される予定でした。
しかし時代の流れによって輸送手段が鉄道に変わったため、アンドリューの勤めていたペンシルバニア鉄道がこの周辺の土地を買収。同社はダムの修理にはあまりお金をかけず、周辺の開発に投資して一山当てようと考えます。

その結果、1889年春の融雪による大量の水がダムに流れこんだとき、ダムが耐え切れず町を押し流してしまったのです。

直接的にダムを破壊したわけではないですが、確かにペンシルバニア鉄道の責任は否定できません。アンドリューも責任を感じたのか、ジョーンズタウンへ図書館を建てています。
いつでもどこでも、災害って起きてから対処されるものですよね……。

もう一つは、1892年に起きた自社の長期ストライキです。
アンドリューはこの年に所有していた会社を統合して「カーネギー鉄鋼社」を作ったのですが、本拠地のペンシルベニア州ホームステッドの工場で大規模なストライキが起きてしまったのです。

経営側と労働者が賃金に対しての交渉で折り合いがつかず、乱闘で死傷者がたくさん出てしまいました。また、期間も143日とケタ外れに長期化。もちろんアメリカ最大規模のストライキです。
最終的には何とか収まって工場の操業も再開したものの、アンドリューや同社の名に傷がつくことにもなりました。

 

「金持ちとして死ぬことは不名誉」を実践していく

しかし、ここから七年ほどでアメリカの鋼の生産量はイギリスを追い越すほどになっています。米最大手の同社がそれに大きく貢献したことは言うまでもないでしょう。
こうなると業界のドンとして暗躍しそうな気もしますが、アンドリューはそうはしませんでした。

66歳のときにきっぱり引退し、慈善事業に専念するようになります。

引退後はスコットランドにスキボ城という城を買い(!)、ニューヨークと共に生活拠点としましたが、そこで贅沢三昧はしませんでした。

「金銭崇拝ほど品位を低下させるものはない」
「金持ちとして死ぬことは不名誉」

この二つをモットーとし、アメリカ・イギリスをはじめとした英語圏の国へ図書館を設置していったのです。
他にも恐竜の発掘に投資して、大型草食竜のディプロドクスの種小名(セカンドネームみたいな位置のアレ)にも彼の名がつけられたことがあります。
その「ディプロドクス・カルネギイイ」の化石はアメリカのカーネギー自然史博物館に展示されているそうで。

他にもサボテンの属名に名付けられたり、児童文学賞の名になったり、一見すると何をした人なのかわからんほどです。
いくつかの町の名前にもなっています。

……どうせならそれにもっと早く気付いて、従業員の給料を上げてやれば、143日もストライキされなくて済んだんじゃ……という気がしなくもありませんが。
実は長期的な視野はなかった、とか……?

スキボ城にて (1914)/Wikipediaより引用

 

寄付総額は3億5,000万ドル以上 遺産も全て慈善団体へ

こんな感じでポンポン寄付していたので、84歳で彼が亡くなったとき、各方面へ寄付した金額は合計3億5000万ドル以上にもなっていたとか。それでもなお遺産が3000万ドルあったというのですから、確かに貯めこむのは無意味というか不名誉というか。
残っていた分も、彼の遺志を尊重し、全て慈善団体等へ寄付されたそうですよ。

よく「アメリカではキリスト教の精神から寄付が盛んである」といわれますが、アンドリューはさほど信心深いわけではなかったようです。
ということは、文化的背景うんぬんの問題ではなく、日本やその他の国でもやる気の問題だということですよね。そもそも「寄付をよくする人の方が社会で成功する確率が高い」なんて話も聞いたことがありますが、じゃあお金持ちになるために寄付をするってのも変な話ですしね。

ともかく寄付する先は厳選するにしても、お金のある方々はどこかしらにポーンと寄付していただきたいものです。どうせ貯めこんだままにしておいても、いずれ相続税に取られるだけですしね。えっ、シンガポールに移住すれば相続税はかからないって?

長月 七紀・記



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参考:アンドリュー・カーネギー/Wikipedia

 

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