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日本の【特許】第一号は芸術家の堀田瑞松がゲット! 「漆」を用いて船のサビ止め塗料を改良す――

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仕事でも勉強でもそれ以外でも、「うまくやるコツ」を見つけた時って嬉しいですよね。
実際その手のノウハウ本はよく売れますし、もしもそれが今までにないような発見や工夫だったら、もしかすると一山当てられるかもしれません。
本日はそのためのとある制度のお話です。

明治十八年(1885年)8月14日は、堀田瑞松という芸術家が日本の特許第一号「堀田錆止塗料及ビ其塗法」を取得した日です。
「サビ止めがそんなにスゴイ発明なの?」と思った方もいらっしゃいそうですね。これには、当時の世界情勢も大きく関わっています。

【TOP画像】日本化工塗料株式会社サイトより引用

 

漆なら、海水で腐食しにくい塗料になる?

この頃、軍はもとより民間の流通業界でも、多くの貨物を運ぶためには当然ながら船が使われていました。

しかし当時の船に使われていた塗料はあまり長持ちせず、塗り直しのため半年に一度は長期間の休みが必要となったのです。今風に言えば「メンテナンスのスパンが半年に一度」ですかね。

いくら必要なこととはいえ、これは確かに不便な話です。そもそも船便自体が時間のかかるものなのに、メンテナンスのために一定期間使えなくなってしまうのですから。

日本もこれには困っていました。そこで政府のお偉いさんたちが「もっといい塗料が出てくれば、メンテ期間が短くて済むのに。ウチの国だけじゃなくて、世界中が助かるだろう」とぼやいていたのを、堀田がたまたま聞きつけたのです。

堀田は刀の鞘に漆を塗って仕上げる鞘塗師の子として生まれたので、「塗料」と聞いてピンときました。そして、「漆を使えば、海水で腐食しにくい塗料が作れるかもしれない!」と考えたのです。

実際、海軍の船で試験を行うと、見事に狙い通りの塗料を作ることに成功しました。

 

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世界初の特許は15世紀のヴェネツィア

当然ながら、彼が日本での取得者第一号ということは、特許という制度ができてからまだ間もない時期だったということは御理解いただけるでしょう。

では、そもそも概念としての特許とは、一体いつ頃からあったものなのでしょうか。

世界で初めて特許という考え方を確認できるのは、15世紀のイタリア・ヴェネツィア共和国です。17世紀にはイングランドでも同様の法律ができ、それから100年ほど遅れて欧米諸国にも広まっていきました。

ここでカギとなるのが、特許法ができた時代が、それぞれの国にとってどんな時期だったかということです。

アメリカでは独立からまもない時期、フランスは革命直後、イタリア・ドイツは統一から数年後――と、どこの国も近代国家になるタイミングで特許法が作られているのです。

つまり、明治政府にとっては近代国家ぶりを示す絶好のタイミングだったのです。

 

近代国家への脱却を示す諸外国に示す【特許権】

日本に特許制度を紹介したのは、福沢諭吉だったといわれています。
まだ幕臣だった頃、文久遣欧使節の一員としてヨーロッパを訪れた際に、他の様々な制度と同様に目にしたのだとか。

福沢の友人・神田孝平も特許制度の整備を強く推し、岩倉具視・井上馨なども近代化の一要素として重要視するようになります。
近代化が進めば進むほど外国にナメられなくなり、不平等条約改正の助けになるからです。

しかし、新しい概念だけに、法律を作ってもなかなか浸透はしませんでした。
特許法の前身となる「専売略規則」が明治四年(1871年)に布告されてもうまくいかず、数回の廃止と新法案を経て、昭和三十四年(1959年)に現行の特許法ができています。

ついでに、特許・意匠・商標・実用新案の違いをざっくりお話していきましょう。

ものすごく簡単に言うと、【著作権】が著作者の権利を保護しているのと同じように、これらもそれぞれ違うものに対する発案者・発明者の権利を保護するものです。
もう少し具体的にいえば「学術・文学・芸術を保護するのが著作権」「それ以外のものは時と場合によって特許・意匠・商標・実用新案として保護される」というところでしょうか。

この辺をまとめて「知的財産権」といます。他にもいろいろありますが、キリがないのでここまでにしておきましょう。

公序良俗に違反していれば、そもそも特許は不可能です

【特許権】とは、発明を一定期間独占できる権利のこと。

そしてこの場合の「発明」は四つのポイントを持っていなければなりません。「自然法則を利用したもの」「技術的思想を持っているもの」「創作したもの」「高度なもの」の四つです。

さらに、特許を取るためには「特許法上の発明である」「産業に利用できる」「新しく作られたものである」「既存の発明と同一でない」という条件があります。
逆に、これらをクリアしていても、公序良俗に反するものは特許が取れません。

極端な例を挙げるとすれば、もしギロチンのような処刑器具が発明されたとしても、現在の日本の法律では特許を取れないと思われます。
ギロチンは当時「囚人の苦痛を最大限に和らげる処刑用具」として発明されましたが、日本国憲法で「残虐な刑罰の禁止」が定められているので、公序良俗に反するという判断になるでしょう。そもそも処刑は産業ではありませんから、おそらくその時点でアウトですけども。

 

一山当てたい方は事前に条件・手続き等をチェックしておきましょう

【意匠権】は、デザインを独占(以下同文)。

権利のことと考えるとややこしい感じがしますが、「意匠」という言葉自体にデザイン・工夫という意味があるので、そう考えるとわかりやすいですかね。

同様に、【商標権】は商品やサービスを区別できるような固有名詞・ロゴマークなどを、【実用新案】は既にあるものをより便利に使うアイディアを保護するものです。
それぞれ重なる部分があるような気もしますが。

特許の数は星の数ほどありますけれども、その中でも優れた発明をした人を、特許庁では「十大発明家」としています。

真珠の養殖を成功させた御木本幸吉や、「味の素」ができるきっかけとなったグルタミン酸を発見・製造法を確立した池田菊苗をはじめとして、「日本でなければ生まれなかったであろうものを成し得た人」を基準に選んでいるようです。

邦文タイプライターをつくった杉本京太などは、特に顕著ですね。

一昔前に「一般人も実用新案や特許で大儲けできる!」という感じのブームがありましたが、権利期間や審査基準もそれぞれ違うので、「一山当ててやるぜ」とお考えの方は、法律と手続きをよく確認した上で申請するといいでしょう。

もしかしたら、歴史に名を残せるかもしれませんしね。

長月 七紀・記

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参考:堀田瑞松/Wikipedia 日本化工塗料株式会社 専売特許の日/Wikipedia 特許/Wikipedia 日本の特許制度/Wikipedia 産業財産権制度の歴史/特許庁 十大発明家/特許庁 特許制度の制定に貢献した先人たち/特許庁

 



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