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その日、歴史が動いた 江戸時代 幕末・維新

ペリー&黒船を打ち払え! かつて「御台場」はデートスポットではなく軍事拠点だった

更新日:

 

「身近な場所が、実は歴史の大舞台だった」
という話はよくありますよね。合戦場だったりすると、良かったのやら悪かったのやら、ビミョーな気分にもなりますが……。
本日はレジャースポットとしてよく知られているあの場所の、歴史的な一面を見ていきましょう。

嘉永六年(1853年)8月24日は、東京湾(当時は江戸湾)で台場を建設し始めた日です。

今ではすっかりリア充のデートスポット、あるいはファミリーのお出かけ先になっている場所ですが、当時は全く別の理由で工事が行われました。
この年・この日付という時点で、なんとなく見当がついた方もいらっしゃるでしょうか。

そう、これは黒船来航の2ヶ月ほど後の出来事なのです。

第六台場/wikipediaより引用

第六台場・たしかにこの撮影の仕方ですと物々しい感じがいたしますね/wikipediaより引用

 

全体的に見ると十字に砲撃できるような位置関係

台場はもともと、アメリカを始めとした外国船に対する防備として作られたものでした。
現在あのエリアは「お台場」と呼ばれていますが、元々は幕府の設備ということで「御台場」と書いていたのです。一文字変換するだけで、大分イメージが変わりますね。

最初は猿島という島に作られ、その後は品川近辺を切り崩して土を調達、海を埋め立てて複数の台場を造りました。
未完成で終わったものや、場所を変更されたものもありますが、全体的に見ると十字に砲撃できるような位置関係になっています。幕府や工事にあたった譜代大名(川越藩・会津藩・忍藩)の意地がうかがえますね。

その努力の甲斐あって、翌年にペリーが再来航したときには「あ、このまま行くとヤバい」(※イメージです)と思わせることができ、湾内に直接入られずに済みました。
これによって、台場は実戦で使われることはなく終わっています。「使わないものに金かけるとかwwww」と思う方もいらっしゃるでしょうけれども、武器は脅すだけでも十分意味がありますからね。現代の核兵器もそうですが。

品川台場に設置されていた80ポンド青銅製カノン砲/wikipediaより引用

品川台場に設置されていた80ポンド青銅製カノン砲/wikipediaより引用

 

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九州から北海道まで 全国にもある著名な台場

東京湾以外にも、この時期に全国の海岸に台場が作られています。多くが史跡や文化財になっていますね。
特に逸話のあるものを、南から北に向かって抜粋してみました。

場所 概要
長州藩下関前田台場跡(山口県下関市) 下関戦争の舞台
明石藩舞子台場跡(兵庫県神戸市) 勝海舟が設計
堺台場(大阪府堺市堺区) 堺事件(戊辰戦争中に起きた、土佐藩士によるフランス水兵殺傷事件)の舞台
弁天台場(北海道函館市) 戊辰戦争で最後の戦闘が行われた場所

……どちらかというと、対外戦争より内戦で使われているのはご愛嬌(?)ということで。

明治に入ってから、台場は陸軍の所管になりましたが、他の場所に「海堡(かいほ)」という要塞を築くことが決まったため重要性が薄まり、払い下げや撤去が進んでいきます。

海堡は東京湾の外側3ヶ所に作られました。

第一海堡は神奈川県富津岬の沖合いに作られ、本格的に運用されることはなく戦後連合軍の統治中に破壊。

第二も富津市領域に作られましたが、関東大震災で被災し、使えなくなってしまっています。場所が悪すぎましたね……。

こちらの設備も戦後破壊されていますが、1977年から消防演習場になったり、第一海堡とともに灯台が築かれ、別の用途で使われています。
某番組で「農家なのかアイドルなのかわからん」と言われるあの5人組のうち、2人が上陸したのはここです。「生態系の調査ならおk」ということで許可が出たそうで。それで珍しい生き物を見つけるんだからスゴイですよねホント。

第三海堡は、第一・第二から少し離れた横須賀市観音崎沖に建設されました。
地形上の問題で工事に30年もかかったのに、たった2年で関東大震災により1/3が沈没して使えなくなるという、踏んだり蹴ったりな目に遭っています。船でもそうですが、いくつか似たような形状で作られたものって、だいたいそのうち一つに不幸が連続しますよね……。
しかも残ったものが海難事故の原因になってしまい、2000~2007年に撤去工事が行われています。陸揚げされたものは当時の技術を研究するために使われ、一部は国土交通省の施設などで展示されているとのことです。

下関戦争で占領された長州藩の前田台場/wikipediaより引用

下関戦争で占領された長州藩の前田台場/wikipediaより引用

 

三笠公園から発着できる猿島の台場は人気スポット

なお、初めての台場となった猿島は戦後接収され、その後海水浴場になりました。

一度は閉鎖されたものの、横須賀市が管理委託を受けてから整備され、現在は再び公開。レンガ造りの要塞が某天空の城を連想させるとして、最近ではちょっとした人気になっていますので、現地に行った方もおられるのではないでしょうか。

猿島への船は戦艦・三笠が展示されている三笠公園から発着していますし、プチ歴史ツアーとして楽しめそうです。猿島・第一海堡・第二海堡はグーグルマップでも見ることができますね。

テレビ局や買い物ができる新しいスポットも良いですけれども、都心にもこういう歴史的なポイントがあるのですから、気軽に歴史に触れるチャンスとして整備していただきたいところですね。

今だと例のスポットになってたりするんでしょうか。モンスターを捕まえつつ、自由研究のネタにしたらいいかもしれません。

……えっ、言うのが遅いって? HAHAHA。

長月 七紀・記



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参考:台場/wikipedia お台場/wikipedia

 

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