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その日、歴史が動いた 世界史データベース

欧州No.1の珍アダ名「偏在する蜘蛛」と称されたルイ11世って、どんな人?

更新日:

 

人の心の内はわからないものです。
犯罪に関するニュースでも「あの人がそんなことをするなんて」という話はしょっちゅうですし、いざというときに本性が出て後々揉めた……なんてことも珍しく無いですよね。

歴史の場合、残されている史料や俗説から人物像を探ることになるわけですが、「ワケワカメ」としか言えないような人もたまにいます。
本日はヨーロッパの、そんな王様のお話です。

1483年(日本では戦国時代・文明十五年)8月30日は、フランス王・ルイ11世が亡くなった日です。

「ルイ◯◯世」というと太陽王・14世と最後の王様・16世が有名すぎて、他の人のことがサッパリわからないですよね。
フランス史もなかなかややこしいので仕方のないことではあるのですが、11世の場合は、覚えられそうなポイントがいくつかあります。
本日はその辺を中心にご紹介していきましょう。

【TOP画像】ルイ11世/wikipediaより引用

 

その1・奥さんの扱いがひどすぎる

ルイ11世は、二回結婚をしています。
最初はスコットランド王家のマーガレット。彼女は詩作を好む風流な人で、しかも美人でした。

しかし、何故かルイ11世はマーガレットを嫌い、「お気に入りの貴族と浮気している」「子供を産むのが嫌で、わざとコルセットをぎゅうぎゅうに締めている」といった、中学生レベルの悪口を言い続けていたといいます。
それを気に病んで、マーガレットは21歳の若さで亡くなってしまっていました。現代で言うところの心身症の何かでしょうかね……。

マーガレット/wikipediaより引用

マーガレット/wikipediaより引用

二番目の結婚相手は、現在のイタリアにあったサヴォイア家(フランス語でサヴォワ)のシャルロットでした。
このとき、ルイ11世は28歳。対してシャルロットは8歳……と、現代であれば確実に警察事案ですが、この時代は合法です。
ルイ11世は、シャルロットに対しても決して温かく接したわけではないにもかかわらず、結婚から7年後(シャルロット15歳)以降は多くの子供に恵まれています。
……子供を産める年齢まで待っていたというのなら紳士的なんでしょうね。ただ、他にエピソードがないので、どうにもこうにも良い印象は持てません。

シャルロット・ド・サヴォワ/wikipediaより引用

シャルロット・ド・サヴォワ/wikipediaより引用

 

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その2・トーチャンとの仲が悪すぎる

ルイ11世は、シャルル7世の息子です。
シャルル7世は百年戦争で勝った人、もっといえばジャンヌ・ダルクを登用した人として有名ですね。ジャンヌを見殺しにしたのかどうかは意見の分かれるところですが、戦後は荒れた国内の復興に力を尽くしました。

ルイ11世はこのトーチャンとも何故か折り合いが悪く、「シャルル7世は息子に毒を盛られるのを恐れて食事に手を付けず、飢え死にした」なんて説もあるほどです。
親子が対立するのは珍しくないにせよ、ちょっと方法が陰湿というか、経緯がわかりづらいのが不気味ですよね。

父のシャルル7世/wikipediaより引用

父のシャルル7世/wikipediaより引用

 

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その3・だが残酷ではない

百年戦争で勝ったシャルル7世を父に持つということは、ルイ11世の時代もまたなかなか不穏な世の中だったということになりますよね。

下手をすればまた国内全土でドンパチが起こりかねない中、ルイ11世はブルゴーニュ公シャルル(当時フランスにあったブルゴーニュ公国のトップ。百年戦争ではフランス王国の敵)と直接やりあわず、政争によって解決しようとしました。
兵をほとんど連れずに敵地に乗り込み、和議をするフリをしながら敵方の一部に反乱を起こさせようとしたこともあります。なかなか大胆ですね。
これはブルゴーニュ公にバレて、逆にルイ11世が捕虜になってしまうのですが、自ら乗り込むあたり度胸がスゴイ。

彼がどんな考えでそんな大博打に出たのかは定かではありませんが、結果として戦死者が減っているのですから、割といい王様だった一面も持ちあわせていたのではないかと。もうちょっと優しさがうかがえる話があれば、評価も上がりそうなんですけどね。

 

奇妙なアダ名が多い欧州の中でも飛び抜けている

敵や一般人からすれば、政争で解決を図るような王様は「不気味で仕方がない」「男らしくない」と受け取られるでしょう。
いつだって、勇敢な人物ほど良い印象を持たれるものですからね。それがどんなに犠牲を出していようとも。

他にも「鉱山開発・印刷術・養蚕を保護・奨励した」とか「珍しい動物の収集が趣味だった」とか、いろいろなことが伝わってはいるのですが、まとまりがなさすぎて「よくわからん人」としか。

ヨーロッパの王様には奇妙なあだ名が多い、という話を以前も扱わせていただきましたが、ルイ11世には「偏在する蜘蛛」というワケワカメNO1なあだ名がつけられています。

古今東西、蜘蛛には吉兆・凶兆両方の意味が混在しているので、その辺が何となくルイ11世と似ている、とされたのでしょうか。

「慎重王」という、もう少しマシなものもあるのですけれども。

長月 七紀・記

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参考:ルイ11世/wikipedia マーガレット・ステュアート/wikipedia シャルロット・ド・サヴォワ/wikipedia

 




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