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その日、歴史が動いた 世界史データベース

乱獲や駆逐で絶滅していった生き物たち フクロオオカミ・ニホンオオカミ・ドードー・ステラーカイギュウ等

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歴史を追いかけていくうえで、時代が進んでいくことは現在に近づくことであり、親近感を増していくケースが多いですよね。
しかし、戦争や疫病など、「えぇ……!?」と思うような、悲惨な出来事もままあります。
本日は人間以外の生き物に降りかかった、悲しい出来事のお話です。

1936年(昭和十一年)9月7日は、フクロオオカミが絶滅させられた日です。

「それ何?」と思われた方が多いかと思いますので、どんな生態の生き物だったのかというところから始めていきましょうか。

フクロオオカミ/wikipediaより引用

フクロオオカミ/wikipediaより引用

 

タスマニア島で家畜を襲うからという理由で

フクロオオカミとは、オーストラリアの東南部にあるタスマニア島に住んでいた、狼のような動物です。
「フクロ」とつく通り、狼でありながらカンガルーなどと同じ有袋類でもあるという、珍しい生態を持っていました。ユニークな顔で有名な、タスマニアデビルと近い種類だったそうです。

最近、タスマニアデビルが伝染病で絶滅の危機から急速に進化を遂げ、回復の兆しが見えてきた――なんて報道がYahoo!ニュースなどでも駆け巡りましたが、覚えてらっしゃる方もおられますかね(NATIONAL GEOGRAPHICの記事はコチラ→絶滅危機のタスマニアデビル、「死の病」克服の兆し)。

しかし、フクロオオカミのほうは、タスマニア島にヨーロッパ人が入植すると、羊などの家畜を襲うからという理由で虐殺されてしまうことになります。
1933年には野生の個体は絶滅しており、1936年のこの日は、オーストラリアのホバートという場所で飼育されていた最後の個体が亡くなった日でした。

 

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「送り狼」の語源にもなったというニホンオオカミ

似たような理由で絶滅に至った動物として、ニホンオオカミが挙げられます。
縄張りに入った人間の後をつける習性から、「送り狼」という言葉の語源になったともいわれていますね。
飼い犬や馬・人家を襲うこともありましたが、一方で山間部では鹿・猿など他の害獣を食べるため、信仰の対象ともなりました。こういうのって地域性がうかがえて面白いですよね。

しかし、享保十七年(1732年)あたりに狂犬病が流行し、人家の被害が広がったことで、駆除される数が格段に増えました。
明治二十五年(1892年)までは上野動物園で飼育されていた個体がおり、その後生き残りがいたかどうかは不明です。一般的には絶滅したものとされています。
たまに目撃談がありますけれども、多くは他の動物を誤認したものです。

フクロオオカミやニホンオオカミの場合は過剰防衛という感が強いですが、ただ単に人間の欲のために絶滅に追いやられた動物もたくさんいます。
何とも胸糞の悪い話ですが、その実例をいくつかご紹介しましょう。
()内は生息していた地域です。

和歌山県立自然博物館保管標本のニホンオオカミ/wikipediaより引用

和歌山県立自然博物館保管標本のニホンオオカミ/wikipediaより引用

 

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狩猟で絶滅に追い込まれた動物たち

・リョコウバト 1906年野生個体絶滅・1914年飼育個体絶滅(北アメリカ)

全長40cmほどの、渡りを行うハトです。
インディアンも食用としていたそうですが、西洋人の入植以降、食肉・羽毛の採取を目的に乱獲の度合いが激増し、1890年代にはほとんど見られなくなってしまいました。
それまでは「地球上で最も個体数を増やした鳥類」とまで言われるほどの生息数を誇っていたといいます。一方で繁殖力が弱く、生息地だった森も破壊されたため、さらに繁殖しにくくなり絶滅してしまったのだとか。
推定で50億羽いたとされていますので、人間の業の深さが如実に出ているというか何というか……。

リョコウバトの標本/wikipediaより引用

リョコウバト/wikipediaより引用

・オオウミガラス 1844年絶滅(北大西洋・北極海)

ペンギンに似た生態を持っていた、大型の鳥です。飛べないのもペンギン同様でした。
8世紀頃からたびたび食用として狩りの対象になっていたのですが、16世紀=大航海時代あたりから、西洋人による大乱獲が始まり、一気に数を減らしてしまいます。
1750年頃までは複数の繁殖地がありながら、1820年頃にはアイスランド沖の一ヶ所だけになっていたそうです。しかも1830年には付近の海底火山噴火により、そこでの繁殖ができなかった上、さらに個体数を減らしていきました。
そのために希少価値がさらに上がり、金に目がくらんだ好事家やハンターによる乱獲が更に進んだといいます。
最後のつがいは抱卵中に殺され、卵も割れてしまったそうで。ひどすぎる。

オオウミガラス/wikipediaより引用

オオウミガラス/wikipediaより引用

・ドードー 1681年以降絶滅(マダガスカル島沖モーリシャス共和国)

オオウミガラス同様に陸上で暮らす、大型の鳥でした。某ゲームのように頭は2つありません。
こちらも大航海時代にこの島へ寄港したヨーロッパ人により、捕獲されるようになりました。
煮込むと肉が固くなるため、最初は好まれなかったのですが、そのうち塩漬けにしてから調理するとウマイということがわかりり、乱獲が進んでしまいます。
地上で生活しているからには、巣を作るのも地上なわけで、これがまた数を減らすことになってしまいました。ヨーロッパ人に持ち込まれた犬や豚・ネズミによって雛や卵が食べられてしまい、繁殖が大きく阻害されたのです。
ドードーの姿を描いた絵は複数ありますが、標本はチェコ・ストラホフ修道院内の図書館の一羽分しか現存していません。しかも保存のためか、木炭で全身を覆われてしまっていて、在りし日の姿をうかがうことはできません。

ドードー/wikipediaより引用

ドードー/wikipediaより引用

・ステラーカイギュウ 1768年以降絶滅(北太平洋)

ロシアの探検隊の船が座礁し、壊血病で苦しんでいた中で見つかった巨大なカイギュウ(ジュゴンやマナティーなどの大型海生哺乳類)です。
1頭あたり3トンほどの肉と脂肪を入手することができ、皮・ミルクも有用という万能な動物でした。遭難中にこんな動物が現れたら、古代であれば「神の恵み」として尊ばれていたでしょうね。
「ステラー」はこのとき遭難した人々を指揮していた医師の名前でした。
しかし、生還したステラーたちからこの動物の話を聞いた毛皮商人やハンターたちがこぞって乱獲をし、たった30年程度で絶滅してしまったそうです。
仲間が傷つけられると集まってきて助けようとする習性があり、そこを利用されたとか……。

ステラーカイギュウ/wikipediaより引用

ステラーカイギュウ/wikipediaより引用

 

ペット用に乱獲された動物たち

・ゴクラクインコ 1927年頃絶滅(オーストラリア)

体の部分ごとに青・赤・黄緑の色鮮やかな羽毛を持ったインコの仲間でした。全長(頭の先から尾羽の先まで)で30cmくらいだったそうなので、だいたいハトくらいの大きさです。
ペット用の乱獲・生息地の開発による環境破壊により絶滅したとされています。
1927年に卵が確認されたものの、親鳥が巣を放棄してしまったため、その後に絶滅したと考えられています。
よく似た名前の「ゴクラクチョウ」は「フウチョウ(風鳥)」という別の鳥の異名なので、ゴクラクインコとは直接関係はありません。生息域は近いですけどね。

ゴクラクインコ/wikipediaより引用

ゴクラクインコ/wikipediaより引用

 

日本も決して人事ではありませんでして

他にもたくさんありますが、気分が害される一方ですのでこの辺にしておきましょう。知れば知るほど人という生き物が嫌になりそうです、自戒の念もこめまして(´・ω・`)

むろん、現在も人間の行いによって、多くの動物が絶滅寸前に追いやられています。上記ではヨーロッパ人によるものを多く紹介しましたが、日本も人事ではありません。

「奄美大島でハブ退治のためにマングースを入れたら、アマミノクロウサギなどの天然記念物ばかり狙うようになった」
「ブラックバスの放流によって、他の魚がほとんどいなくなってしまった」

他の地域でも、「捨て犬や捨て猫によって、元々住んでいた生き物が絶滅一歩手前まで追いやられている」というケースは珍しくありません。
「他の国のオオカミを連れて来て、ニホンオオカミを復活させよう!」という試みもあったようですが、実行に至っていないのはこのためです。

外国の例だと、象牙のためにゾウの乱獲が進んでいるという話が有名でしょうか。最近、象牙の密輸出で(不名誉に)有名になってしまったケニアとガボンの大統領が、8000本の象牙を燃やして抗議活動をしていましたね。

トキやジャイアントパンダのように、人間の手で繁殖が試みられている動物もいますが、本来であればそんな状態になるのがおかしい話です。
今後はそういうことがないといいのですが。絶滅させるのは病原菌だけでお願いしたいものです。

長月 七紀・記

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参考:フクロオオカミ/wikipedia 絶滅/wikipedia 8000頭分の象牙を焼却 ケニア大統領が着火し密猟根絶アピール/ハフィントンポスト

 




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