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その日、歴史が動いた キリスト教

聖書の翻訳ってどう広がったん? ヒエロニムスはじめ人類が苦労して伝えた叡智の足跡を辿る

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「常識」っていつの間にか変わるものですよね。
世代間の差もありますし、たった数年でも言葉の意味が変わっていたり、新しい意味が加わったり、といったことは珍しくありません。

となると、古い時代から伝わっているものであればあるほど、大小さまざまな変化をしている可能性が高い、ということになりますよね。
本日はその最大の例……になっているかもしれない、とある書物のお話です。

420年9月30日は、聖書を初めてラテン語に訳したヒエロニムスという人が亡くなった日です。

これだけだとピンときませんが、いろんな意味で実はスゴイ話だったりします。
何がどうスゴイのか、当時の情勢を交えつつ見ていきましょう。

ヒエロニムス/wikipediaより引用

ヒエロニムス/wikipediaより引用

【TOP画像】死海文書/wikipediaより引用

 

当時の聖書はヘブライ語やギリシャ語しかなかった

ヒエロニムスはダルマティア(現在のクロアチア)で、キリスト教徒の両親の元に生まれました。
しかし、本人はどちらかというとキリスト教よりも学問に熱心で、これが後の偉業にも関わることになります。

ローマへ留学して文章表現や哲学、ギリシア語、古典文学を学んだ後、アンティオキア(現在のトルコ・アンタキヤ)で病気になったことがあり、それから信心深い質になったようです。
まず、神学を学ぶためにヘブライ語を学びました。ヘブライ語は旧約聖書の最も古い原典に使われている言語ですので、学問としてキリスト教に関わるのであれば、必須となる言葉だったからです。

こうして学問を修めるとともに信仰を深めていったヒエロニムスは、382年にローマへ行き、その後教皇ダマスス1世に重用されるようになります。
そして、一世一代の大仕事、聖書のラテン語訳に取り組みました。

ラテン語といえば現代では死語であり、生物などの学名にしか使われない言語ですが、当時は公用語でした。
それまでの聖書はヘブライ語とアラム語、そしてギリシア語版しかなかったため、これらの言語が使われていた中東近辺の人・ギリシア人と、ごく一部の知識層しか聖書を読めなかったのです。

しかし、この時代の最も強大な国といえばローマ帝国。その国の中で聖職者がごくわずかしかいないのでは、いろいろと不都合が生じます。そこで便宜を図るため、ラテン語版の聖書が求められたというわけです。

ヒエロニムスはできるだけ原型に近い翻訳をするべく、旧約聖書の訳書として当時主流だったギリシア語版だけでなく、ヘブライ語版も使って翻訳をしました。
元が学者であるだけに、複数のソースを用いたほうがより正確なものになると考えたんでしょうね。普通の聖職者だったら、この発想は生まれなかったかもしれません。

 

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最古の旧約聖書は死海文書 1947年に羊飼いが見つける

現在、最も古い時代=原型に近いとされる旧約聖書は、1947年に見つかった「死海文書」です。
地元の羊飼いが近所の洞窟で偶然見つけたものとされているので、もしかしたら、似たような状況の写本がまだあるかもしれません。
もしも、死海文書やその類型をヒエロニムスが手に入れていれば、おそらくそっちを使ったでしょう。

新約聖書については旧約聖書より後の時代にできているためか、原典に最も近いのはギリシア語版といわれていいます。
ヒエロニムスも、新約聖書についてはギリシア語版をラテン語に訳しました。

ヒエロニムスは二十余年をかけて、旧約・新約両方の聖書をラテン語に訳しました。これを「ウルガータ」と呼びます。
上記の通り、彼は文章表現についても学んだ人ですので、ただの翻訳ではなく、文章の質もかなりのものでした。そのため、ウルガータはその後長い間、聖書の原典と同じ扱いを受けるようになります。

ついでに、ウルガータ以降の聖書の翻訳を主軸にして、世界史をみてみましょう。キリスト教のアレコレが透けて見える点がちょくちょくあります。

『死海文書』発見時の様子を再現したもの/wikipediaより引用

『死海文書』発見時の様子を再現したもの/wikipediaより引用

 

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教会のお偉いさんが「ラテン語以外の聖書は禁止」

ウルガータができて間もない4~5世紀には、アルメニア語、シリア語、グルジア語など、さまざまな言語に聖書が訳されていました。
7世紀ごろには中国にネストリウス派キリスト教(景教)が伝わっているので、聖書も伝わったはずですが、まとまった中国語の訳は残っていません。
また、10世紀にはアラビア語に訳されていたことがわかっています。既にイスラム教ができた後の話なので意外な気もしますね。

その後しばらくは「聖職者だけ読めたほうが有利」という理由で、他の言語への翻訳が進みませんでした。ゲスい。
ただし、イギリスでは法律に聖書のエピソードが用いられているため、10世紀頃には古英語へ訳されていただろうといわれています。皆が知らなかったら、比喩表現にしても成り立ちませんしね。
また、14世紀にチェコ語訳が出されているなど、例外はありました。

しかし、教会のお偉いさんが「ラテン語以外の聖書は禁止」と言い張り続けたため、あまり他の言語に翻訳されなくなっていきます。反発してわざと訳す人もいたが、大きな流れにはなりませんでした。

 

活版印刷の発明と宗教改革が起点となり……

時が流れ、ルネサンスの頃から「ウルガータってホントに正しいの?」と考える人々が現れ始め、それ以前のギリシア語聖書が脚光を浴びます。
ちょうどこの時代に活版印刷が発明されたことも、後押しになりました。

そして、いよいよ宗教改革の時代。ルターがウルガータではなく、ヘブライ語版の旧約聖書をベースにドイツ語訳を作ったことで、大きなターニングポイントとなります。
宗教改革自体が原点に帰ることを目的としているので、聖書の翻訳についてもそれにのっとったのでしょうね。
フランス語訳もドイツ語訳とほぼ同時期に出ています。

このドイツ語訳の後から、オランダ語などヨーロッパの他の言語にも多く訳されるようになりました。
ちなみに、ヒエロニムスの地元・クロアチア語に訳されたのもこの頃です。1000年近く後進が出てこなかったんですね。

 

日本では江戸初期の禁教までに一度出版された

さて、日本では、キリスト教伝来~江戸時代初期に禁教とされるまでの間に一度聖書が出版されたことがありました。

が、現存はしておりません。
長崎の隠れキリシタンが口伝で教えを伝えてきたのも、聖書の断片すらを手に入れることができなくなっていたからでしょうね。元になるものがあれば、マリア観音などのように、形を変えてでも守ったはずですし。
開国後、まだキリスト教が禁教扱いだった明治の初期から、再び邦訳されるようになっていきました。この時期の翻訳者は、ローマ字でおなじみのジェームス・カーティス・ヘボンなどがいます。

現在、聖書の原典扱いになっている訳は、旧約・新約それぞれひとつずつあります。
旧約聖書は、ドイツ語の「ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア」、略称BHSです。現在日本で売られている旧約聖書も、おおむねこれを元にしています。
BHSは1008年に作られたとされるヘブライ語版聖書「レニングラード写本」のドイツ語訳です。何やらややこしい話ですが、これは19世紀後半からロシアで保管されていることによる通称だそうで。
いっそ「1008年ヘブライ語版」とかでいいのに(´・ω・`)

旧約聖書自体が紀元前からあるものなので、1000年代でも新しく感じてしまいますね。しかし、日本の書物で例えるとすれば、源氏物語の原本が現在まで残っているようなものです。すげえ(小並感)
ついでにいうと、源氏物語が文献に初めて出てくるのも1008年だったりします。奇妙な符合ですね。
新約聖書のほうは、ギリシア語版の「ネストレ・アーラント」を元にしていることが多いようです。
1913年に初版が出て、現在28版まで出ています。こちらも日本語訳聖書の元になっています。
新約聖書は、ずっとギリシア語版が起点になっているんですね。

 

アダムとイブやモーセの話も公式ではないとか!?

まあそんなわけで、聖書はさまざまな人の手で、多種多様な言語へ翻訳されてきました。

しかし、本当に最初書かれたものと同じかどうかは、今のところ誰にもわかりません。「偽典」と呼ばれるサブストーリーのような扱いの部分にも共通点がなかったりします。
場合によってはアダムとイヴの話やモーセの話、アブラハムの話など、旧約聖書の超有名エピソードですら「いやそれ公式じゃないんで」(超訳)といわれていることすらあるほどです。恣意のかほりがプンプンしますね。
もしかしたら、現在我々が知っている聖書も、いつの頃からか全く違う訳やエピソードになっている部分がある……かもしれないわけです。

たぶん正真正銘の原典が出てくるまでは似たような状況が続くでしょうね。
最初に聖書が書かれたであろう時代の筆記用具というと、石版・粘土板・パピルス・羊皮紙くらいしかないので、保存性の面からすると絶望的ですけれども。

まあ、これはどの本でも同じ話ですが、いつの日か正真正銘の原本が見つかったら、面白いことになりそうなヨカーン。
例によってタイムマシンの発明とどちらが先か、待ち遠しいものです。

長月 七紀・記

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参考:ヒエロニムス/wikipedia ヴルガータ/wikipedia 聖書翻訳/wikipedia 七十人訳聖書/wikipedia

 




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