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グリニッジ天文台

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イギリス その日、歴史が動いた

グリニッジ天文台は何のために作られたん? 大英帝国の躍進を陰から支えた航海術

更新日:

新しい仕事を作るのも、なかなか難しいものです。
雇用創出や失業者救済という話ならばもちろんですが、純粋な需要に応じて作った仕事でも、最初からうまくいくなんてことはないですよね。
それが国に関わることであれば、尚更です。

1675年(日本では江戸時代・延宝三年)5月4日は、イングランド国王チャールズ2世がグリニッジ天文台の建設を命じた日です。

現在でも、経度や時刻の基準となっている場所として有名ですよね。厳密には今は違うそうですが……。
さて、当初は何のために作られたのだったのでしょうか。

 

航海術発展のために作られたグリニッジ天文台

結論を先にいってしまうと、グリニッジ天文台は航海術発展のために作られたものでした。

当時のイギリスは、植民地戦争に乗り出した頃。
しかし航海術が未発達だったため、目的地に着く時間や安全性の向上を図る必要に迫られていたのです。

大陸や島が多い海域ならともかく、南北アメリカ大陸やアフリカまで行くには、船の位置を正確につかむことが不可欠です。
これよりもう少し前の時代には、「世界は平らだから、海の端っこまで行くと落ちてしまう」というような迷信がありましたから、ただでさえ(ヨーロッパから見て)外洋に行きたがらない船乗りもいたでしょうしね。
実際には「海の端っこで落ちる」ということはないにしても、大西洋ではほとんど波が立たない海域があるため、そこにハマってしまえば似たようなものだったでしょうし。

そこで「陸が見えないところで基準になるもの」として、候補に上がったのが、夜空に浮かぶ星です。中でも、おおよそ真北を示す「北極星」は、長い間船乗りたちの命綱にも等しい星として尊ばれました。
といっても、「北極星」という名の星があるわけではなく、「天の北極」という地点に最も近い星が、便宜上そう呼ばれています。

photo by bslmmrs

 

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西暦1万3000年頃にまたベガが北極星になるそうで

例えば、「織姫星」の異名で有名なこと座のベガ(こと座α星)も、紀元前1万年以上前には天の北極に最も近い星でしたので、当時における北極星でした。
日本では縄文時代、世界史でいえばスペインのアルタミラ洞窟の壁画が描かれた頃です。

その時代に長距離航海をしていた人々がどのくらいいたかはわかりませんが、「いつもあの方向に同じ星が見える」ということは気付いていたかもしれませんね。
ベガは、地球から見える星の中で5番目に明るい星ですから、電気のない時代であれば一際目立っていたでしょうし。

その後少しずつ星の運行によってずれていき、いくつかの星が真北に移動しました。
現在の北極星は、こぐま座のポラリス(こぐま座α星)です。人類にとって北極星という概念ができてから、ポラリス以外の星が天の北極に接近したことがないので、ポラリス=北極星とされることが多いですね。
西暦3100年頃から別の星になるそうですが、その頃には学術界で一悶着あったりなかったりするのかもしれません。人類社会が存続していれば……の話ですが。
現在の予測では、西暦1万3000年頃にまたベガが北極星になるそうです。へぇへぇへぇ。

話を地上に戻しましょう。

アルタミラの洞窟壁画(複製)photo by MatthiasKabelWikipediaより引用

 

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ケンブリッジやオックスフォードの卒業生が務める

現代でも、天文学は医学と並んで、理系の学問の難関として知られていますよね。
グリニッジ天文台のトップも「王室天文官」といい、ほとんどケンブリッジやオックスフォードの卒業生が務めています。

初代はジョン・フラムスティードという人でした。
1666年と1668年の日食予測を成功させた天文学者で、その功績で王室天文官になっています。

篤心ある人物だったようで、グリニッジ天文台の器材を揃えるために、自分の給料から費用を捻出していました。それでも足りない分は、自ら家庭教師などのアルバイトをしてまかなったといいます。王立の施設なのに、王様ケチりすぎやろ。
この人は妙なところで運が無いらしく、晩年にはニュートンにイチャモンをつけられていたりして、何かと損をする立場になってしまっていたようです。
天文学者が妙な星の下に生まれてしまったものですね。

 

一般人も数多く活躍している天文学の世界

現在に至るまで15人の王室天文官がいますが、特筆すべきは2代めと12代めの方でしょうか。
2代めは、「ハレー彗星」の軌道を計算したエドモンド・ハレーです。

12代めはマーティン・ライルという人なのですが、就任までの経緯が少々スッキリしません。
というのも、このときの「グリニッジ天文台長」は、マーガレット・バービッジという別人だったのです。名前の通り女性です。
彼女は初めてグリニッジ天文台長に就任した女性なのですが、当時は(も?)天文学界では女性の研究者の功績が認められにくい時代でした。
オックスブリッジ出身ではなかったことも、悪い方に働いたかもしれません。

つまらない嫌がらせをするくらいなら、いっそ始めから女性を台長にしなければいいのに……という気がしますね。既にエリザベス2世(現在のイギリス女王)の代になっていたので、おおっぴらにいえなかったんでしょうか。

学者さんの世界というと、いかにも「頭のいい人たちだけの限られた空間」という気がしますが、天文学の世界は一般人も多く活動しているのだそうです。

特に、望遠鏡が発明されてからは「天体観測を趣味とする一般人が、偶然新しい星を発見した」という例が数多く存在します。それをきっかけに、より専門的な知識を持つ人々によって新しい法則が見つかったり、さらに別の星が見つかることもあるわけです。

であれば、「女性だから」というだけで専門知識を持った人に嫌がらせをするというのは、全くもっていただけない話ですね。

バービッジ氏以降、女性の天文台長や王室天文官は出ていないようなので、今後は似たようなことがないといいのですが。

……とまあ、そんなこんなで始まったグリニッジ天文台の研究は、やがて緯度の正確な把握法と、航海術の飛躍的な発展をもたらしましたとさ。

長月 七紀・記

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参考:グリニッジ天文台/Wikipedia

 




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