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その日、歴史が動いた

身近だけど意外と知らない「薬草&薬」の歴史 昔から毒にも薬にもなっていたようで……

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「常識」は、多くの人が知っているものですが、思わぬタイミングで覆されるものでもあります。
一昔前は公園でよく遊ばれていた遊具が、一つの事故をきっかけに全国で撤去された、というのはごく当たり前に起きていますよね。遊んでいた世代にとっては寂しい話ですが、安全性を重視するならば致し方ないことでもあります。
今回はそれと似通っている……かもしれない、安全と危険に関するとあるモノのお話です。

推古天皇十九年(611年)5月5日は、推古天皇が大和・兎田野で薬草を採取する「薬狩り」を催した日です。

これにちなんで、5月5日は「薬の日」なんだとか。
というわけで、本日は薬に関する歴史的なポイントをみていきましょう。

推古天皇/wikipediaより引用

 

薬用語に「服」の字がつくのはお守りにして持ち歩いたから!?

人類が薬草などを意識的に利用し始めたのは、紀元前5000年以降のこととされています。古代史でおなじみのエジプトやギリシアでは、紀元前のうちに数百種類の薬が用いられており、専門書もありました。
中国でも、「神農」という医療と農耕の神が古くから存在しています。日本でも祀られているので、ご存じの方もいらっしゃるでしょうか。
小説の「封神演義」でもたびたび「敵に病原体を撒かれたので、神農に薬を貰いに行きました」というエピソードが出てくるので、そちらで知った方も多そうですね。私もです。

仏教にも「薬師如来」という仏様がいらっしゃいますね。奈良・薬師寺の三尊像などでテストに出ることもあるあの仏様です。
日本では昔から「死んだ後より、この世での苦しみから救ってほしい」という現世利益の考え方が主流でしたので、薬師如来や薬に対する関心も強いものだったと考えられます。

推古天皇の薬狩りも、その流れでしょうね。

洋の東西を問わず、現代のように飲む・塗るなどの用法はもちろん、古代においては「薬をお守りのように持ち歩き、病をもたらす邪気を祓う」……という使い方もあったとか。
「内服」「服用」など、薬を用いることを示す単語に「服」の字がつくのは、こういった観点の名残なんだそうですよ。

古い歴史を持つ薬といえば、漢方薬もありますね。
日本で使われている漢方薬の多くは、中国から伝わった薬を元に、日本で研究され江戸時代に発展したものです。
最近「漢方薬が西洋薬よりも効く場合がある」として注目されていますが、「日本で発展したので日本人の体質に合いやすい」ということなのでしょう。西洋薬と同様、全ての人に絶対に効くとは限りませんが。

 

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ケシを原料とするアヘン・モルヒネ・ヘロイン

しかし、「毒にも薬にもならない」という表現がある通り、薬と毒は紙一重な部分があります。

同じケシを原料とするアヘン・モルヒネ・ヘロインが最たる例でしょうか。アヘンやヘロインは危ないおクスリの代表例ですが、モルヒネは正しく使えば鎮痛・鎮静剤になります。
精製度と使用量によって、毒にも薬にも”なる”典型といえましょう。

実は、トリカブトも似たような感じです。サスペンスもののドラマや小説・マンガでたまに出てきますので、割と有名な毒物ですよね。
トリカブトの根は、毒性を弱めて漢方薬にすることができます。そのままだと心臓麻痺などの致命的な症状を起こすようなものが、処理によっては人の命を救うのですから、自然というのは実に絶妙にできているもんです。
トリカブトの花は深い紫色や淡い黄色などをしていて、とても綺麗です。綺麗な花には棘……ならぬ毒がある、というわけですな。恐ろしい。
日本でも自生しているため、セリなどと間違えて誤食してしまう事故もたびたび起きているとか。山菜採りなどに行かれる方はご注意ください。

確かに色鮮やかなトリカブト

 

水銀がmercuryと呼ばれた理由がわかるようなわからないような……

少し離れますが、歴史上で薬と毒といえば、金属中毒も挙げられます。
特に多かったのが、水銀や鉛の中毒です。どちらも現在では「人体に有害である」と知られていますが、以前は中毒死がかなり多く発生していました。
まずは水銀から見てみましょうか。

日本では「みづかね」、英語では”mercury”と呼ばれ、古くから知られていた金属です。なんで水星と同じ名前なのかというと、「ギリシア神話で水星の守護神であるヘルメスの移り気な性格と、水銀の“金属でありながら液体”という性質が似通っている」と思われたんだとか。
わかるような、わからないような……。

中国や日本では、硫化水銀を主成分とする辰砂(しんしゃ)を不老不死の薬や化粧品に使っていました。
また、梅毒の治療薬と思われていた時期もあります。どれも、効果としては真逆でしたが。

他にも、水銀の化合物は冶金や写真の現像、農薬など様々な用途で用いられてきており、そういった仕事に従事する人の体に蓄積することも多く、水銀中毒の死者は非常に多かったのです。少し違いますが、公害の水俣病もその一つですね。
水銀化合物の毒性は非常に強く、アメリカでは1996年に「とある化学教授が、ゴム手袋越しに触れたジメチル水銀水滴で水銀中毒を起こし、治療を行ったが、半年以内に亡くなった」という事故が起きています。

現代で身近なところでは、体温計や朱肉、蛍光灯などに水銀が使われています。

昔「口で体温を測るとき、体温計を噛まないように」と言われたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
体温計に使われている水銀は毒性の低いものではありますが、安全を考えると、やはり用心に越したことはありませんね。

ちなみに、こういった水銀を含んでいるものをうっかり”燃えるゴミ”に出すと、排ガス中の水銀濃度が基準値を超えてしまい、焼却炉が暫くの間操業停止となることがあります。きちんと有害ゴミの日に捨てましょうね。

ラストに鉛のお話も少々。

 

ベートーヴェンの聴覚を奪ったのは鉛だった――なんて説も

鉛は柔らかく加工しやすいため、古代においては食器や水道管に使われていました。ローマの水道管などが有名です。

しかしその鉛が水や食品に溶け出し、多くの人が鉛中毒で亡くなりました。
少量であれば排泄できますが、日常的に使う食器や、そもそも水が通っている水道管に入っていては、蓄積しないわけがなく……。

ヨーロッパでは、ワインの味付けに鉛の酸化物を使っていた時代もありました。
「ベートーヴェンが聴覚を失ったのも、ワインに添加されていた鉛が原因ではないか」という説があるほどです。
現代では無鉛化が進んでいるため、ワインには鉛を入れることはありませんし、日常生活で鉛中毒になることはほとんどないでしょう。

しかしその一方で、鉛は工芸品や防音・免震、銃弾、放射線防護などさまざまな分野で有効活用されてもいます。
鉛や水銀も、薬にはなりませんが、役に立つものではあるわけです。

今後も「実は毒物じゃなくて薬になるものでした」もしくは「口にしておkと思われてたけど有毒でした」というものが見つかるのかもしれません。
最近は「○○は実は健康に良くない!」という話が流行りやすいですが、正しい専門的知識を持った方や、専門機関の情報を信じたいものです。

長月 七紀・記



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参考:日本製薬工業協会 薬学史/wikipedia 漢方医学/wikipedia トリカブト/wikipedia 水銀/wikipedia 水銀中毒/wikipedia 鉛/wikipedia 無鉛化/wikipedia 鉛中毒/wikipedia

 

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