江戸時代

狂犬病は最凶死の病〜致死率100%の恐怖は江戸時代に持ち込まれた

1885年(明治十八年)7月6日は、フランスの細菌学者ルイ・パスツールが狂犬病ワクチンを初めて人間に接種したとされる日です。

19世紀はさまざまな病気のワクチンが開発され、その中で最も重要なものの一つといえるでしょう。

狂犬病は感染・発症後の治療法がないため、ワクチンによる予防が唯一の対策だからです。

感染後でも、すぐに摂取すれば発症を防ぐことはできるそうですが……狂犬病の特徴からすると、それはかなりの賭けになります。

本稿では狂犬病の歴史を見ていきましょう。

 


感染源は犬だけじゃない ほとんどの哺乳類から伝染る

狂犬病とは、狂犬病ウイルスから発症する【人獣共通感染症】のこと。
犬から人に感染る病気です。

犬がウイルスを保有していることが多いのでこの名前がついていますが、猫やコウモリ、ハムスター、馬などほとんどの哺乳類が感染しますね。

人間も哺乳類ですから、哺乳類なら何でもかかる病気といったほうが正しいでしょうか。

空気感染はしないそうですが、ウイルスを持っている動物に噛まれるなどして、唾液を介して感染します。
たとえ噛まれずとも、もともとあった傷口、もしくは目・唇などの粘膜を舐められた場合も感染の可能性が高くなります。

噛まれた場所から、一日につき数~数十ミリの早さでウイルスが神経の中を進むとされています。

足の先を噛まれた場合は、顔や首を噛まれた場合よりも発症が遅くなりますね。
発症までの期間は短くて2週間、長くて数ヶ月~2年だとか。

日常生活では人間同士での感染はしませんが、ごくわずかに角膜や臓器移植での感染例があります。

保有者が増える一方で研究が進みつつあるHIVより、狂犬病ウイルスのほうがある意味、恐ろしいかもしれません。

 


水をおそれる恐水症と風を怖がる恐風症が特徴

狂犬病ウイルスに感染し、発症すると特徴的な症状がいくつか現れ始めます。

初期は風邪に似た症状と、噛まれた部分の傷がうずいたり熱を持ったりするそうです。

急性期には水を恐れるようになる「恐水症」と、風の動きを恐れる「恐風症」が起こり、他の病気との鑑別がしやすくなります。
残念ながら、その時点でもう助からないことがほぼ確定するようですが……。

恐水症とは、水などの液体を飲み込む際に喉の筋肉がけいれんして強く痛むため、液体を避けるようになるというものです。
恐風症は風の動きに過敏に反応するとか。

ほかに、興奮性、麻痺、精神錯乱などが現れ、数日後に脳神経や全身の筋肉が麻痺し、昏睡・呼吸障害によって死亡するとされています。

恐水症などが出ずにそのまま麻痺していく場合もあり、その場合は狂犬病と他の神経疾患と鑑別できない……というのが恐ろしいところです。

 


1732年の長崎で初の狂犬病 30年後には青森へ拡散

日本では、江戸時代の享保十七年(1732年)に長崎で初めて狂犬病が発生したといわれています。
おそらくはオランダ商人の連れてきた動物が発生源でしょう。

その後、宝暦十一年(1761年)に東北最北端・下北半島まで広がったのだとか。
たった30年で致死率100%の病気が全国に広まったなんて、恐ろしいにもほどがありますね。

他の病気や飢饉、災害もあったわけですし。

近代に入ってからも、明治六年(1873年)の長野県をはじめ、たびたび流行。
関東大震災があった大正十二年(1923年)から三年間が特に規模の大きな流行で、全国で9000頭以上の犬が感染していたとか。

これを受けて野良犬の駆除や法律の制定が進められましたが、戦争末期から戦後にかけても再び大流行。
犬の他に牛、馬、羊、豚などの家畜にも感染個体が多かったそうです。

GHQもこれを受けて、狂犬病対策の法律制定を日本政府に命じました。
その割に、狂犬病予防法が制定されたのは昭和二十五年(1950年)で、主権回復の二年前なのですが。

いずれにせよ、同法の成立により飼い犬の登録とワクチン接種が義務づけられ、1950年代のワクチン接種率は90%を超えていました。

同時に野犬の駆除も進んだことで、昭和三十一年(1956年)以降、日本国内で犬や人が感染した例はありません。
1970年にはネパールへ、2006年にはフィリピンへ旅行した人が旅先で感染し、帰国後に発症・死亡した例はあります。

 

現在は清浄地域になっている

狂犬病について、日本は厚生労働大臣の定める「清浄地域」とされています。

しかし、日本で飼われている犬への狂犬病ワクチン接種率は、現在約40%程度になってしまったそうです。

国内での発症例が60年以上ないことと、「もったいないから」と感じている飼い主さんがおおいからだそうですが……野生動物から犬に感染する可能性はゼロではありません。

台湾では2013年に野生のアナグマが狂犬病ウイルスを持っていることがわかっています。

日本の野生動物でも、狂犬病ウイルス保有個体がいるかもしれません。
首都圏でもコウモリやネズミなどはいますし、そういった動物から飼い犬に感染し、やがて人間に……ということもありえなくはないでしょう。

また、ボリビアで2002年にペット用のハムスターが狂犬病を発症した例がある他、2015年にブラジルの馬からも見つかっています。
上記の通り哺乳類ならばどんな生き物でも感染する可能性がありますので、どこから入ってきてもおかしくないのです。

日本では、感染した個体は狂犬病予防法や家畜伝染病予防法が適用され、処分されることになっています。
最悪の場合、「ワクチン接種をサボったばかりに愛犬を殺さざるをえなくなる」わけです。

愛犬と自分、そして人を含めた全ての生き物を守るためにも、犬を飼っている方はワクチン接種をしたほうが賢明といえましょう。

あまり気分のいい言い方ではありませんが、接種していない犬が狂犬病を発症したり、人を噛んで発症させた場合は狂犬病予防法により罰金刑などの対象となる可能性がありますし。

 


ペットショップでワクチンを義務付ければ?

より広くワクチンを普及させるためには、国が接種料金を補助するか、ブリーダーやペットショップでの接種を義務付けるかまでしないといけない気がします……。

そのぶん価格に反映させればいいわけですしね。
それで「高いから飼いたくない」というなら、それはそれで悪質なブリーダーや飼育放棄・多頭飼育崩壊が減って良いのではないかと。

また、厚生労働省でも、

「日本に狂犬病を診た医師はほとんどいないので、診断と治療が遅れる可能性があります。そのためにもワクチン接種は大切です。」
厚生労働省検疫所FORTHホームページより引用)

としています。

 

アジア・アフリカでは毎年数千人の死者がでる国も

犬を飼っていない方も、海外旅行の際は厚生労働省による「狂犬病の発生状況」などをチェックしておいたほうがいいでしょうね。

狂犬病の発生状況/厚生労働省HPより引用

ご覧の通り、基本的には
「デカイ大陸にある国は全部ヤバイ」
くらいに思っていてもいいくらいです。

厚生労働大臣が狂犬病清浄地域と認めた国は、日本の他だとアイルランド・アイスランド・スウェーデン・オーストラリア・ニュージーランド、そしてグアムやフィジー、ハワイなどの島々だけ、とごくわずかですから。

中でも、数千人単位の患者が出ているのはインド・中国・エチオピア・パキスタン・バングラデシュ・インドネシアです。
数百人単位なら、清浄地域以外のほぼすべての国といっても過言ではありません。

一行でまとめると「狂犬病は天然痘のように根絶されたわけではなく、海外ではありふれており、日本で再興してもおかしくない病気」と認識しても良いかと。

少々大げさですが、病原体対策は本来そのくらいでいいんですよね。

長月 七紀・記

狂犬病の歴史
狂犬病の恐怖と歴史~古くは養老律令(718年)でも警告されていた

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【参考】
ルイ・パスツール/Wikipedia
狂犬病/Wikipedia
狂犬病/厚生労働省
台湾における狂犬病の発生について/農林水産省
狂犬病臨床研究会


 



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