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北海道の松前藩はニシン漁で大いに潤った

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道産子も知らない!遠山の金さんパパが北海道開拓の元祖

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テレビドラマ『江戸を斬る』で有名な、桜吹雪の南町奉行「遠山金四郎景元」。

若い頃江戸でさんざん旗本連中や博徒と遊び回っておりまして、いたずらで入れ墨を入れたとか…。

遠山金四郎は「テレビドラマだべさ」・・・じゃないって!

では、その父といえば、遠山金四郎景晋(かげくに)といいます。なんと、47歳で北海道(当時のエゾ地)の視察を行ないました。それ以前は長崎奉行、そしてロシアの南下を食い止めるために働きつづけました。彼がいなければ、今頃北海道はロシア領だったかも…

北海道民は驚く事に、歴史に興味がない人が圧倒的。小学校の教科書にも、中学校の社会科の教科書にも遠山金四郎の「金」の字ひとつ載っていません…。

そのため、遠山金四郎は「テレビドラマだべさ」と疑わぬ人が多い。
ったく!

そのオヤジが北の果て、宗谷にまで来たことなぞ、学校でも習わない。一緒にやってきた部下の「間宮林蔵」の銅像はあるのだが…、これじゃあ、金さんも浮かばれませんぜ…。

北海道の松前藩はニシン漁で大いに潤った

北海道の松前藩はニシン漁で大いに潤い「ニシン御殿」が建っていた

偉そうにお座りになる金パパの人形

偉そうにお座りになる金パパの人形

 

ひっそりと説明されています

ひっそりと説明されています

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蝦夷地を直轄領にしてしまう交渉力

余市(よいち)には 運上屋というニシン御殿があり、ここに金さんの人形が座しておりやす。ものすごい数のニシンが群れになって、浜に押し寄せたので、北海道を支配していた松前藩は相当儲けたにちがいない。

当時、松前藩は北海道の「日本海側」の魚場を抑えていました。江差、石狩、そして宗谷にいたるまで海岸線まるごとです。

石狩では鮭が沢山取れたのですが、ある年一気に漁獲量が減りました。そのことを聞いた金四郎(父)は、石狩を視察。持ち前の交渉力で幕府は蝦夷地を直轄領にしてしまいます。
ですが、残念ながら、北海道にはこういった史跡は存在しません。

これは、北海道のはじまりは「明治政府が開拓した」ということになっていて、それ以前の侍の時代はなかったことになっているのです。

戊辰戦争に破れた旧幕軍、そしてそれに参戦した尾州徳川家、北陸と東北の各藩の落ち武者達が北海道にやってきましたが、原始林そのままの地で、作物も取れず、冬の雪で凍死…。
その後、明治政府による開拓史がすっかり「江戸時代の仇敵の功績」を消し去りました!

それが、いまだに尾を引いているのです…。

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名刀たけみつ・記 (北海道在住)




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